なかなか頭には入らないけれど、親しみたいなと思って機会があれば話を聞きに行ったりしている。
少し早めに行って、万葉文化館の庭園の万葉歌碑を巡り、樹木を見たりした。
ケヤキはスッキリと伸びている。 見る機会の少ないカシワがここには植えられている。
残念ながらカシワはどんぐりはできてないようだ。
万葉歌碑を5基見た。そのうちの2基
天橋の長くもがも 高山も高くもがも 月読の持てる変若水 いとり来て 君に奉りて変若しめむはも。
・・変若水・・私もほしい。
右)君を待つ 松帆の浦の娘子は 常世の国の天娘子かも。揮毫者は会社の先輩の書家 松塚糸さん
本番は日本書紀 持統紀
名前は少しづつ聞きなれてきて、前に古事記にあったなあとか、読んだなあとか聞いたなあとかが増えてはきたが・・
帰ってから、持統天皇のことを見直したが・・
昔の天皇や皇后の名前はいろいろあってむつかしいなあ。
持統天皇も ①(韓風諡号)持統天皇・②(諱 少名)鵜野讃良皇女・③(国風諡号)-1高天原広野姫天皇・③(国風諡号)-2大倭根子天之広野日女尊など。
関係する親・兄弟・子・他の妃?もそれぞれ複数の名があるから、注釈を探したり、ネットを見たり・・誰の事だかわかるのに時間がかかる。覚えられはしないし。(いつも言い訳ばかり・・)
持統天皇
夫・天武天皇がなくなって少しの間、称制。
息子草壁の競争相手の大津皇子を自害に追い込み・・なのに息子の草壁は早くに亡くなってしまう。
天武天皇の葬殯宮~大葬のことは詳しく書かれている。
31回も行幸された吉野。どんな思いがあって行幸されたのか・・