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みどりの野原

野原の便り

3月16日 ②与楽寺の梵字池 天神社の勧請縄

2021年03月16日 | Weblog

昨日見た八幡神社の珍しい勧請縄(見瀬町 八幡神社 昨日のブログ参照)の話しをしたら、息子が「面白いのがある」と連れていってくれたのは・・


与楽寺(ようらくじ)広陵町広瀬
建物は新しそうに見えたが、弘法大師の叔母が開いたと伝わる。
重要文化財 マユミの木で作った十一面観音像(体内仏)が収蔵庫に収められているらしい。

「梵字池」が有名だそうだが知らなかった。




弘法大師が掘ったといわれる梵字池。
近くで見ても「梵字」の形はわからない。


地図で見ると・・これが「うん」の梵字なのか・・

天神社は与楽寺から少し東にある。


天神社の杜が見えた。(綱もうっすらと見える)


南側の入口に架かる勧請縄 下げもの?飾り?がついている。
両側の2本の細い縄の先にはワラを束ねたもの。中の3本のサガリにはマツの葉が通してある。 
特段変わったところはいないが・・・


天神社 拝殿


変わっているのは、その綱が神社の杜を囲むように伸びて、杜を1周していること。


木から木へ。次の木へ・・ぐるりと1周 すごい!


北側の入口には、下げもの?飾り?がついている。

こじんまりした杜とはいえ、1周すると・・ネットでは200mの記載も・・
これは珍しい。

毎年1月初旬に「天神社の綱打ち」が行われるそうだ。
綱編みも大変だ。

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3月16日 曽我川周辺 ①松塚の方へウォーキング。

2021年03月16日 | Weblog

磐余橋から松塚へ ウォーキング。


曽我川緑地から下ると近鉄の鉄橋の下をくぐれる。下は曽我川。
上本町行き急行が通った。大阪へはずいぶん行ってないなあ。


曽我川 磐余橋 付近「堆積土砂撤去工事」中。

磐余橋を渡ると、大和高田市に入る。
曽我川の左岸を南へ。


近所の人たちと子供たちを連れてお花見に来た公園は公民館が建って様変わり。


水路が曽我川に流れ込んでいる。初めて見た。


ナヨクサフジが咲き始めている。


今日も道々タンポポ調査 畑の跡地の草原 ここは雑種ばかりだ。
今日のウォーキングで7個体採った。


新型名阪特急「ひのとり」が通った。運転回数が増えてよく見かける。


堤防の下の道 草は刈って通れるようになっている。
全く人気のない道。


捨てられたダイコンに花

曽我川緑地公園に戻る。


クヌギ 冬芽 もうすぐ花が咲きそう。

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3月15日 天孫降臨の話 & 寄り道で見つけた勧請縄

2021年03月15日 | Weblog

天孫降臨の話、むつかしい。
帰って、何回か読んだ田辺聖子の古事記などと合わせながら・・・

(天界) 高天原の、天照大神と高木神が、皇太子の 「(略)忍穂耳命」に(地上)葦原中国を治めるように仰せられたが、
忍穂耳命は「生まれた子供 邇邇芸命(ににぎのみこと) を下そうと思う」とおっしゃり・・
そこで、天照大神は改めて、(孫)邇邇芸命(ににぎのみこと)に葦原中国を治めるように詔を下された。
道案内には猿田彦命。その他たくさんの神々をお供に、八尺の勾玉・鏡・草薙剣の「3種の神器」を授かり・・
天照大神が「この鏡を私の御魂と思って大切に守るよう」仰せになった。

・・そして、邇邇芸命(ににぎのみこと)は高天原から地上・築紫の日向の高千穂の峰に降り立たれ、
そこを気に入られ、岩に届く太い柱、天に届くような立派な宮殿をお建てになった。

この天孫降臨の話の中に、三大神勅(天照大神のお言葉)1.天壌無窮の神勅(皇位は永遠に栄える)。2.宝鏡奉斎の神勅(鏡を大事に祀る)3.斎庭の稲穂の神勅(神聖な稲穂を授ける)・・などが含まれているそうだ。

天上から地上に天下った邇邇芸命(ににぎのみこと)の子孫が初代神武天皇である。・・というお話。
神様の系図もある。

天孫降臨の記述は、日本書紀よりも古事記の方が詳しく書いてあるらしい。

田辺聖子古事記で読んだ神話では、イザナギの命が黄泉の国から逃れ帰り、穢れた体を川で洗う。
その汚れからもたくさんの神が生まれるのだが、左目を洗った時に生まれたのが「天照大神」だという。

神話の話は面白いような、わけがわからないような・・・

帰りはちょっと頭を切り替えて、タンポポ調査をしながら一駅歩くことにした。
でも道端にタンポポは全くなかった。

途中の公園に立ち寄る。


雄花序が目立つ木はイヌシデ?

地図に載っていたお寺に立ち寄る。


大きな屋根が見えた。
正面に回る。「阿弥陀寺」なんとも普通の寺名だったが、室町時代 開創の歴史のある寺らしい。


阿弥陀寺 観音堂

丘の上にある「八幡神社」に立ち寄る。


八幡神社へ。階段を登る。主祭神は応神天皇


階段を登ったところに、変わった勧請縄が架かっていた。


俵のような形のさげもの。これは「ふぐり 」の形らしい。
子孫繁栄や五穀豊穣を願ったもののようだ。  

初めての珍しいものを見ることができた。

コメント (2)
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3月14日 タンポポ調査 桜 ムラサキサギゴケ オトメフウロ トウモクレン ハクモクレン

2021年03月14日 | Weblog

聞き洩らしか?参加予定の場所が変更になっていて・・
今から歩いていくには時間がかかる。

あきらめて、タンポポ調査をしながら歩くことにした。
風は少し冷たいが、歩くにはちょうど良い。


明日香の野道(車道)のそばはカンサイタンポポが多い。
白花タンポポもあるところには固まっている。
もちろんセイヨウタンポポや雑種らしいものもある。


隣どおしでも花色が微妙に違うものもある。

橿原神宮駅までの間に9個体ほど採取して帰った。
まだ果実ができているものは少なかった。




あちこちに早咲きの桜が咲いていた。種類はわからないが、花色の濃いものも薄いものもある。
ソメイヨシノはまだ。


鉢植えの桜 啓翁桜の名札が見えた。


ムラサキサギゴケ


オトメフウロ 咲きはじめ。


ナラガシワの冬芽 花でも入っていそうな大きい冬芽


ユキヤナギ


モクレンのつぼみをつつくヒヨドリ 現行犯!


トウモクレン


このハクモクレンはもう花弁が散っていた。

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3月11日 西飛鳥 アイスプラント 岩船

2021年03月11日 | Weblog

担当の地元の会員さんの案内で、久しぶりの西飛鳥。

知らない道がまだまだあることを知る。


お知り合いの方のビニールハウス。アイスプラントを栽培しておられる。
見学させていただき、説明を受け、試食もさせてもらった。
以前にも1度見学したことがある。

「アイスプラント」ハマミズナ科の多肉植物。
原産地は南アフリカや西アジアなど。
砂漠の乾燥にも耐え、耐塩性もある。
葉に塩分を隔離するブラッター細胞が発達している。
有明湾沿岸の塩害緩和対策に導入されたらしい。
外国では食用にされていたのが、日本でも食材として注目されるようになった。
各地でブランド名(バラフ プッチーナ ソルトリーフ など)をつけて販売されている。


ハウス内のアイスプラント




葉の表面のブラスター細胞。氷の粒のように見える。
アイスプラントの名の由来

10月初旬に種まき~~植え替え・・ 4月頃まで収穫できるそうだ。
時々? 5%の食塩水を株元に撒くそうだ。

土壌から重金属を吸い上げる性質があるため、安全を期して、土壌の分析検査を受けていて、もちろん、それらは非検出。
アブラムシなどの害虫もあまりつかないため、無農薬栽培。
葉を噛むとかすかな塩気を感じる。サラダにもよい。

夕食の1品に1パック購入。(飛鳥の売店でも買ったことがある)
どんな花が咲くのか気になってネットで検索したら、マツバギクのような白い花だった。(マツバギクも同じ科) 


向こうに牽牛子塚古墳が見える。まだ整備工事中だ。


白橿近隣公園で昼食後、「岩船」へ。急な登り道。


こんな山の中、長さ東西11m 南北8mの巨石 岩船(益田の岩船ともいう)


上部には2個の穴。向こう側の穴には水が見えるが、手前の穴は水は溜まっていない。


側面の下部(上の全体写真の手前の下部) 
格子状の切り目を入れて削ろうとして、途中で削るのをやめたようだ。
上部は平滑に仕上げられている。

この石の用途ははっきりしない。
近くに築造された益田池に関係するものとの説。
水漏れしたために放棄された石槨との説もある。
なるほど、ごろりと起こせば2つの墓室のようだ。

子供の頃の思い出などの話を聞いた。


ネコヤナギ すっかり穂は開いてしまった。


タチツボスミレ


ノジスミレ 


キランソウ


アケビもつぼみ
今日は暖かい春日だ。


なくなったかと思っていたタコノアシが2本 枯れ姿で残っていた。

久しぶりでよく歩いた。

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3月9日 十二柱神社~十二神社へ 

2021年03月09日 | Weblog


旧初瀬街道沿いにある 十二柱神社 
神代7代 地神5代を祀る。
昔は神殿はなく、山の上方にある磐座を拝んだらしい。

武烈天皇 泊瀬列城宮(はつせなみきのみや)の伝承地の説明板あり。




狛犬は4人の力士によって支えられている。

ここ出雲は相撲発祥の地と言われ、近くには「野見宿禰塚」跡もある。


元は、野見宿禰塚にあったという巨大な「五輪塔」高さ2.85m

のどかな上り坂を十二神社まで歩く。


十二神社 祭神はよくわからないが古い神社。
境内に「雄略天皇 泊瀬朝倉の宮 伝承地」の説明板
伝承地は他に、黒崎の「白山神社」「脇本遺跡」「天の森」などの説も。


同行の妹に教えられた屋根瓦 虎に笹 ボタン 珍しい。


前に見逃した、境内の下の「銀名水」水が見えた。
ここからは宇陀への古道があるらしいので、旅人はここで喉を潤したかな?

違う道を下る。


ミツマタ


トサミズキ


ウメかと思えば桜の仲間
ちょうど人が出てこられたので尋ねると、サクランボ とのこと。
「小さいがたくさん実がなります」と言われた。楽しみだろうな。


フキノトウ だいぶ遅く、茎も伸び、花が咲いていた。
でも、今年初めてのフキノトウ 摘んで帰っててんぷらにした。
春の香りがした。


ツクシも遅い。胞子が飛んでしまったものが多い。それにちょっとやせっぽち。
・・といいながら・・卵とじに。やっぱり1回は食べたい春の味覚。

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3月7日 万葉歌碑を巡る

2021年03月07日 | Weblog

巻向駅から三輪駅まで、ウメやツバキやアセビを見ながら説明付きの万葉歌碑めぐり。


朝臣柿本人麿公 屋敷跡の碑 JAならけん纏向支店前
ここに屋敷があったかどうかはわからないが、この辺りに住んでいたのは確からしい。
15・6?の歌碑を巡ったが、やはり柿本人麿の歌が多い。
柿本「人麻呂」と書かれる時と、柿本人「麿」と書かれることがある。
この辺では「麿」が多いですねと言われ、そうなんか~。あまり考えていなかった。



巻向川沿いのこのあたりを車谷というらしい。
ウメはちょうど見ごろだった。


歌碑「痛足河(あなしかわ)河波立ちぬ巻目(まきもく)の由槻が嶽に雲居たてるらし」柿本人麿
途中、東に巻向山や弓月が嶽を見た。
「痛足」で「あなし」と読むのも不思議だが、そばを流れているのは巻向川と説明があったような・・
帰ってから見返してみたら新たな??が。
調べると、巻向川は穴師川とも呼ばれたとわかり、そうだったのか~。


横道に入った果樹の下に伸びて花盛りのフキノトウ。え~っ。もうこんなに?


ネコヤナギもすっかり花穂が開いていた。(古名 かわやなぎ)


井寺池 上池 カルガモとコガモがいた。


井寺池のそばの歌碑「香久山は畝火ををしと耳成とあいあらそひき・・」天智天皇  東山魁夷 揮毫

歌碑で、「高山は」と書いてあるのを「香久山は」と読ませる。
香久山が女性 畝傍山が女性 2通りの説があるらしいのは知っていたが・・。
「畝火ををしと・・」はいろんな解釈が出ている。惜しい。愛しい。雄々しい。男らしい。・・など。
詳しい説明はなかったが、一番身近な歌なのに、わからないことがいっぱい。


同じく井寺池のそばの歌碑「大和は国のまほろば たたなづく青垣 山重れる大和しうるはし」 倭建命  川端康成 揮毫


ウメは紅梅や白梅 あちこちで満開

新元号「令和」の出典として有名になった、大伴旅人が赴任先 太宰府の館で開いた「梅花の宴」の序文
その続きを初めて聞いた。
そして、梅花の歌32首(招いた31人の客の歌と旅人の歌)の内のいくつかの紹介もあった。

その内、聞き知っているのは、主人(大伴旅人)の歌「我が園に梅の花散る ひさかたの天より雪の流れ来るかも」
同じく太宰府にいた筑前守 山上大夫(山上憶良)の歌。「春されば まづ咲く宿の梅の花 一人見つつや春日暮さむ」

 
    白いアシビ      ピンクのアシビは花が少し大きい。


サンシュユ 満開


下に落ちていたツバキの花 これで一つの花 いくつかの花を寄せ集めたような。


音符付きの歌碑「大和はくにのまほろば・・」揮毫者は黛敏郎さん。


大神神社 


巳の神杉 樹齢は400年を超えるらしい。卵やお酒が備えてある。

ここで解散となり、三輪駅へ。

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3月6日 天理ダム

2021年03月06日 | Weblog

午後からちょっと歩ける場所を・・と天理までドライブ。
天理ダムの周囲の短距離ウォーキング。


天理ダム 放流はしていない。
このダムは、多目的ダムで、洪水調整の他、天理市上水道の水源にもなっているらしい。


ダム湖の端一面にアゾラらしきものがびっしり覆っている。


堰堤の上から下流を見る。ダム提の高さは60.5m
下にさっき通ってきたヘアピンカーブの道路(国道25号線)が見える。


ダム湖は青垣湖の愛称がついている。
水面までずいぶん高さがあるのにマガモ達が私たちの姿を見て?泳ぎ出す。


見えていた橋(芋洗橋)を渡って対岸へ。


川がダム湖へ流入しているところ。


天理ダム運動公園・ 風致公園 の方へ登ってみた。
サクラがたくさん植えられていた。お花見にはよさそう。

駐車場の方へ戻る。
特に見るものもなく、花もない。
道路のコンクリート擁壁や道の端にコケはいっぱいついていた。


これは先日教えてもらった シノブゴケかな?


ツクシがたった1本。カボチャの煮物に入れて食べた。
せめて10本ぐらいあればよかったけれど・・
今年はツクシに出会わない。

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3月4日 曽我神社 磐余神社 天高市神社

2021年03月05日 | Weblog

近場の散歩

宗我坐宗我都比古神社(そがにますそがつひこじんじゃ)


宗我坐宗我都比古神社 普段は曽我神社と言っている。
曽我氏にまつわる祭神、曽我都比古神 曽我都比売神を祀る。
この辺りは、今は住宅地が広がっているが、弥生時代~古墳時代前期の遺構「中曽司遺跡」があった所。


拝殿  前の左右にある四角いものは?


田に見立てた四角い箱 中の砂には稲に見立てた松葉が並ぶ。
見に来たことはないが、お田植え式があるようだ。


ケヤキの老木 芯は空洞になっているが、台風にも耐えて残っている。
手前は万葉歌碑「真菅よし曽我の河原に鳴く千鳥・・」真菅・曽我町の名の由来になっている歌

境内は以前はもっと木が繁っていたが、だいぶ前の台風でやられ、スカスカになった。
明るくなった境内に、最近はいろんな花木を植えておられ、春には次々に花が咲く。


ロウバイが咲き終わって、今はサンシュユが満開


これはアンズかな? 満開だった。
他にも、シモクレン(もうすぐ咲きそう)・ジンチョウゲ・ツバキなど。

公園

アオギリが植えてあるのはこの辺では珍しい。


磐余橋 ここを左に渡れば大和高田市だ。


磐余橋の近くにある磐余神社(いわれじんじゃ)
境内の森


磐余神社 拝殿 祭神は神日本磐余比古命(神武天皇)
屋根瓦や拝殿に菊の紋章 


本殿 
他にも厳島神社や如来堂などもある。


神社の森にはヤブツバキ。ここでもヤブツバキが満開だった。


曽我川堤防を下ると、近鉄大阪線の鉄橋の下に出る。

坂を少し登ると、曽我川緑地公園に出る。 
洪水予防策として曽我川を付け替え、遊水池を兼ねた緑地公園になったところ。


公園の花壇 大きいツバキが咲いていた。
花が重すぎて、地面に倒れこんでいた。


寒咲きアヤメ? 満開


カワヅザクラ 満開

川沿いを南へ。


落葉している木はクワかな?

天高市神社(あめのたけちじんじゃ)


天高市神社 曽我八幡宮ともいうらしい。式内社
祭神は、品陀別命(応神天皇)・息長帯姫・比売神
たくさんの末社が祀られている。


拝殿 干支の絵馬も飾られていた。

天照大神が天の岩戸にお隠れになった際、神々が天高市の地に集まり「天照大神が岩戸を開き、元の生業にお戻りいただくよう相談された」との伝承があるらしい。

途中で見たもの。


アメリカオニアザミ この場所で初めて見た。


マツバラン 在来のものか、園芸のものか不明
側溝の入口内側に生え、冬も元気に乗り切って生き生きしている。
そばに生えていたのはどうやら枯れてしまったか。


イヌカキネガラシ


貧弱な個体はまるで別物のような感じ。


田んぼの畔のホトケノザとタネツケバナ 満開

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3月3日 ひな祭り

2021年03月03日 | Weblog

今日はうれしいひな祭り~ ・・ったって大人しかいないが。


メインの 有田焼のお雛様 1体の幅10㎝


友達の手づくり雛 左の飾りは自作


貝のお雛様 自作


ここにも小さいお雛様。いただきものや自作のや思い出の雛たち。


シンプルに ちらし寿司とおつゆ 自作

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