もう一度、近代美術をボロクソに言う記事で、ブログを書く。
何故なら、自分も近代美術が始まりであり、観念的な主題の扱い方に疑念を持たなかったし、「表現すること」を真剣に考えるキッカケが見つからなかったから、近代美術から現代美術の流れが当然なことと、そのまま思考停止した自分であっただろうと「恥」ているからだ。
近代の歴史的転換期(フランス革命や産業革命など)に起きた社会現象の影響で、美術家たちの生き方が当然のように変わり、制作の目的やモチベーションにいたるまで、それ以前の在り方と大きな変化があっても当たり前であるが、19世紀と20世紀の社会と価値観、思想などから良いことばかり取り上げ、不毛の時代でもあることを考えなければ、今の我々を知るきっかけを失うであろう。
まず美術の創作行為は結果を伴う。その結果は言葉で補って良いものではない。ものの実際はそれ自体で、それ以上でも以下でもないところにある。創作されたものには「他者より優れた洞察力と感性によって得られたもの」があるとされた長い歴史が近代以前まである。それは実力主義の時代であり、「無いものを在るがごときにする」能力を争った時代であり、その点では健全な時代であった。
ところが近代に入ると「イズム」が必要になってくる。そうなる要因にはいくつかある。人々は革命による自由、民主主義、平等、を得るが、産業革命によって、多くの者が労働者(労働力)つまりプロリタリアートになって、自分であることを制限されるようになった。「個であることの自覚」を得たにもかかわらず、経済格差や最終的な身分格差がのこった。(特にフランスは今日なお階級主義が残っているように)
画家も一プロレタリアートである時代になり、特権階級や富裕層から注文が生活を支える時代ではなくなっていた。画家自身もサロンで権勢を誇った者も社会基盤を失って没落する。
親の遺産を食いつぶし、好きな主題を描き続けることが出来た裕福な作家もいれば、売り絵に埋没する貧乏を絵にかいたような者も多く登場する。美術学校を首席で卒業しようが、社会の民衆が要求する作品の「画題」にこたえることで生きようとする画家は注目されなかった。この時代には誰もが「個人」を意識し、自律しなければならなくなっていた。
ここで必要になったのが「イズム」であり、制作のためのコンセプトとして鑑賞者に訴える「キャッチ」が必要になった。アカデミーでデッサン力を評価されるほどの描写力の持ち主ではなく、機転を利かして「アイデア」を得ることが、作品の流れを変える事に成ったのだ。
創作する者にとって、はたしてそれでよかったのだろうか? 歴史の流れを見ると、描写(デッサン)の上手かった者と下手であった者との二つに分かれ、描写が上手かった者は「左程面白くないテーマ」を描き続けたが、へたくそは「イズム」で乗り切ろうとし「自然主義」「写実主義」「印象主義」など立ち上げる。何をどう表現するかという実技者にとって最も大きな命題は、個人的に探す時代になってしまって、誰もがそれらの一つに加わるか、新しくイズムを「発見」するほかなかった。
見渡せばいつの間にか「素人」に近いデッサン力の画家たちが主役となって、大衆受けする主題にイズムを重ねていた。大衆にとって気取ったサロンの画家たちの実力主義的な作風より、身近な風景や日常生活を「軽く」描いたものに共感を覚えるのは、近代の社会から影響を受けている現代の個人の意識を見れば、それとなく理解できる。ルーブル宮殿が解放され、美術館として誰もが巨匠の作品を見ることが出来る時代になっても、もはや巨匠の影響を受けようとは思わなかったのである。
現代人がルネッサンスや近世の作家たちの「力のすごさ」について分からないのは、社会生活の中に「彼らが表現したもの」が無いからである。無論いずれの絵画も虚構であり、現実を表したものではないが、近代の画家たちが主題にした風景や日常生活は一般人の素人感覚に近く違和感がないから、それが絵画だと思う安易さがあるのと、美術評論家や美術史家は歴史の流れから「否定的な要素」を紹介しないから、現代の作家までもが、時流に反するような異議は持たないのである。(冒頭で述べたように、私も駆け出しのころには異議がある立場ではなかった)
しかし制作する立場を持続するさせるために様々な疑問に自ら答えを出しながら生きようとすれば、己にとって必要と不必要に分け、消去によって合理的な回答を得ようとするのは避けられなかったはずだ。そうした者が己の生き方を「イズム」によって支える事に成ったのだ。(私も同様な生き方しかないように思うから、こうして精神浄化を試みようとしているのだろう)
要するに結果として、美術における創作行為は結果を伴うが、「イズム」であることが明確な結果をもたらしていないことは、数々の近代を代表する画家たちの作品を見れば分かる。それが近代現代に引き継がれて、流れが断ち切られることはない。
何故、中途半端だと思うかと言えば、「イズム」には観念的と言える主題性や「これまでにない新しい表現性」を発明しようとする「人の能力の限界」があるからである。こうした流れで必然的に、現代では美術の流れの主流だと思われている「美術ではない観念アート」が生まれたのである。
観念アートについては、美術と異なる表現方法として、試みを続けるエネルギーがあって面白いと思うが、小中学校の図画工作の時間の延長としか思えず、例えば「戯れ」としてPortour Chevale(フランスの片田舎に住み、郵便配達の職業ながら、配達の傍ら、道端の石を拾い集め、家の庭に石でできた宮殿を作った)のような遊びをしたいと思うが・・・・観念アートより具体的過ぎて「観念性」が失われてしまう。そういう意味では、表現の具体性に欠ける観念アートは「格好つけ」が目的であろう。誰も見ない場所では自尊心が働いてやらないだろう。
近代現代美術の末路について考えると近代の巨匠とされる画家たちの成果について語るべきだろう。近代絵画に最も大きな影響を残したと言われているセザンヌから始めよう。彼に感じたのは個人としての「頑固さ」であり、信念に従って一生を自分の信じる絵画に向かっていった。アカデミーで絵を学んだ時には、あまりにもデッサンがへたくそで、印象派の絵画も身に着かなかったし、やはり何かを発明しなければならなかった。その画法は粗野でモチーフはリンゴや玉ねぎなどを静物画として、また故郷のプロバンスの風景が題材であったが、描写は対象が何かわかる程度に描き、何かを見出そうとするために繰り返し描いたのだが、その目的が理解できるほどの仕上がりではない。抽象絵画の基礎をなしたと言われるが、その内、彼は対象物が三角だの図形に置き換えられると考え始め、水浴の女たちを画面いっぱいの樹木の三角に並べて描いた。どういう訳か、この作品は彼の絵画を代表する偉業として扱われている。「扱う」のは評論家であり美術史家であるが、絵を描かない人たちであることが最も大きな要点である。
たしかにセザンヌは抽象絵画を興したと言える。近代絵画にそれまでなかった「独立した抽象画」(具象絵画の抽象性を描いた人はいた。例えばスルバランが皿のオレンジや鉢を並べた無機的な表現をして見せたように。またアドリアン・コールテ(オランダ17世紀の静物画家)は貝殻をこじんまり描くことで、抽象性を実現した。)として、それまであった「描写の絵画」からはなれて、抽象的存在感の要素を表現しようとした。がしかし、理念は理念である・・・・創作には結果が求められる。私がいつも言うように「無いものを在るがごときに」「芸術表現はこの現実から離れ、自律した虚構としての空間」を作り出さねばならない。この視点から私が彼の業績として感じ取れるのは、現在オルセ美術館が所蔵している「青い花瓶にケシの花」が描かれた作品のみである。
かつて私の上司であった高階秀爾元館長はフランス近代美術の専門家であるが、彼が著書の中で「セザンヌ、ゴッホ、ゴーガンは天才」であると書かれている。私にはこの発言に異論がある。高階先生に反論するのは申し訳ないが「天才というのは誰にも真似できない偉業を成した者」を意味すると私は長年そう理解してきた。つまり天才というのはレオナルドやミケランジェロのような力がなければならないと思っている。そしてその影響は追随者が手本として(実際は不可能であっても)崇めるだけの結果をもたらすことが条件だろう。
セザンヌ、ゴッホ、ゴーガンは天才ではない証拠に多くの者が真似をして制作できるからである。何故なら彼らの作品は感性より観念的な作法でこなせるからだ。レオナルド、ミケランジェロの作品はどれをとっても、感覚的に優れた描写によって作られている。セザンヌの感覚的に優れた作品は、先に述べた「青い花瓶のケシの花」だけだ。だがこの手法も現代ではそこいら中にあり、真似は簡単である。
ある東京の私立美術館のコレクションに初期のゴッホ作とされる「風車」を描いた作品があり、ゴッホとサインまで入っているが、とびっきり上手く描かれてはいないが、ゴッホにしては上手に描かれてい過ぎなので、多くの研究者も新作であることを疑っている・・・・日本の研究者は明確に言わない・・・・能力的に目利きでなくて言えない人も多いのだから・・・。いずれにせよゴッホがどの程度へたくそな画家であるか判断が出来ない人が多いために贋作が作られるほどの画家でしかない。彼の真似できない晩年の感性の作品は「彼の精神を病んだ時と薬の効いている時に描かれたものだと言える。誰も彼の異常な精神状態まで真似はできない。近代美術評論家にとってゴッホの買いがの評価は彼の人生の悲惨によって価値が倍増している。「評論は詩のように扱え」と言ったボードレールの言葉のように「文学的」でないと気が済まないのだ。70年頃、迷う画学生は「画家は悲劇的な人生を送らねば良い絵が描けない」と思って、故意に荒れた生活を送る者もいた。モジリアニ、ユトリロなどのようにアル中や梅毒患者であることが「美徳」だと・・・・。
ゴーガンは他者に先んじて、画面を平面的に扱う表現を行ったが、どこが天才なのかさっぱりわからない。
モネは印象派の語源となった人だが、モチーフの形を曖昧にし、形を色彩に置き換えた。「光の画家」と評論家は言うが、光の画家はカラヴァッジョから、レンブラント、ジョルジュ・ドゥ・ラトゥールなどバロックの画家のような功績はないし、取り立てて彼の生涯の目標でもなかった。むしろ彼が形を色彩に置き換えて表現した近代絵具の豊かさのバリエーションを生かした功績を取り上げるべきだ。しかし天才とは言えない。
天才でなくてはいけないのは、自分の専門分野を巨大に見せようとする美術史家の欲であって、歴史は事実のみ認められれば良いのでは。
そこで結局「何が近代美術なのか?」と。
我々が近代美術を語るとき、最も大きな要素は社会変化の大きさであり、その速さである。精神的に落ち着いてじっくり美術について考える間もなく、飛び交う情報に自律を失わせられる。主観より客観の方が比重が大きいとされ、個人の実感が無視された時代であり、己の感性に自信を失って迷い続けている。「イズム」にすがって生きるのも「人」の逃げ道だろうが。
過大な結果を求めて「すべては試しの行為」と現実離れしている人の弱さは、「無いものを在るがごとき」に勘違いしてしまうこともあるだろう。
命に限りがあって、生きているうちに「自己満足」したいなら、目に見える結果を求めるべきだろう。それがどの時代にも美術なのだから。
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