CubとSRと

ただの日記

孔子しかない

2019年06月21日 | 重箱の隅
 前回、
 【冷静に考えたら、共産主義の国が儒学を奨励する、と考える方がおかしい。
 逆に(儒学の祖云々は別にして)孔子なら、世界中の人々が知っている。このアイドル性を利用しない手はない。
 「孔子」の名は客寄せパンダ以上の実力を発揮する!】
 と書いて、
 「虚構国家中国の真実」(宮崎正弘 宮脇淳子)
 という対談本を読み進めて行ったら、その辺の事情というか、考え方みたいなものが書かれている部分があったのでまた転載。
 今回は少し長め。
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 「孔子しかない中国の不安」
 宮崎
 国が乱れると危機を克服するのに中国では孔子が復活します。
 宮脇
 孔子は二十世紀になってからだけで三度生き返りました。
 中華民国ができたころ日本などの外国との関係が強くて西洋かぶれだった孫文に対抗した袁世凱、国共合作が破れた直後の蒋介石、そしていまの習近平です。
 まず、清の大臣だった袁世凱です。1911年に辛亥革命が起こり、翌12年に南方で中華民国ができて孫文が臨時大統領に選ばれました。
 孫文は大統領の地位を袁世凱に譲りますが、ふたたび第二革命を起こします。
 その際、袁世凱は孫文などの文化人ー科挙官僚を目指した読書人ではなく外国の力を背景に近代化を目指すーグループに対抗するために、儒教と「四書五経」を言い出すんです。
 つまり、日本など外国の干渉をはねのけるために、孔子と儒教を持ち出した。
 そのあと、孫文を継いだ蒋介石がふたたび儒教と「四書五経」と孔子を持ち出したのは、共産主義に対抗するためです。
 宮崎
 台北に孔子廟を持ってきて、孔子の七十六代目、つまり正統の孔子の末裔を台湾に運んだのは蒋介石でした。
 宮脇 
 では三番目の習近平が何に対抗しているかというと、つまり中国は共産主義を捨てたからです。
 習近平が「中華の夢」とか「チャイナの伝統」とか言うのも、過去で誇れるものといったら孔子しかいないからだと思います。北京オリンピックの開会式でも、漢字と羅針盤と鄭和の遠征を演出していて、毛沢東と共産主義はありませんでした。
 宮崎
 あのクチパクと足跡の花火とテーマソングくらいしか北京五輪の印象は残っていません。
 直後から世界中に孔子学院を開校し、中華悠久の歴史を広報するとした。
 ウラジヴォストークへ行っておどろいたのですが、日本文化センターの隣が孔子学院でした。
 宮脇
 北京五輪で五十五の少数民族の子供たちが仲良く旗を掲げて行進という演出も、服を借りているだけで全員漢族の高級幹部の子弟でした。
 オープニングに漢字をぱっと出したでしょう。シナの伝統といえば、よりどころがもう孔子様しかない。
 宮崎
 煎じ詰めて言えば、漢字にしても昔の繁体字に戻さなければいけないと思います。
 今の簡体字なんて、本字に縁もゆかりもない、ただの記号じゃないですか。速記と同じです。
 宮脇
 意味も何もない。
 
 宮崎
 ぜんぜん読めない字がある、だいたい想像できるのだけどね。例えば横棒三本に縦棒一本[丰]。これなんですか?読めないでしょう?これトヨタの豊って字なんです。
 宮脇
 そうか。だからみんなで悪口言ってて、雲(簡体字=云)には雨がなく・・・・。
 宮崎
 愛(簡体字=爰)には心がない(笑)。
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 「焚書坑儒」は最悪の施策だったように習った記憶があるのだけれど。
 それが文化大革命の時、二度目の焚書坑儒が行われた。「批林批孔」のスローガンの下に、革命の英雄の一人「林彪(りんぴょう)」が徹底批判された。孔子も再び批判され、墓まで暴かれた。
 林彪は裏切り者であり、孔子は旧体制の象徴であるから打倒しなければならない。社会主義革命なんだから当然のこと。
 
 でも、そこまでのことをやって置いて、孔子学院?何だそれ?と思ってたんだ。
 けど、結局は現実主義のシナ人(漢人)としては、共産党が作り上げた組織、機構は打ち出の小槌。最大限生かしてシナの利益を追求したい、と。
 そのためには大いなる後ろ盾が必要なんだけど、それは孔子以外は考えられない。
 四書五経(学者)なんかいらない、儒学者(為政者)も必要ない(社会主義なんだから)。
 でも、世界に知れ渡っている孔子の名前は欲しい。

 これも見方を変えれば「事大主義」、か。


 

コメント
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