再び黄昏のきのこ狩り。豊作の年なら林道脇でもどこにでも出ますが、今年のように不作だとかなりの山奥でないとありません。特急で前回採り残した時候坊の幼菌が育っているはずの場所へ。いつもは鋏で石突きを切るのですが、忘れてしまったので時候坊は石突きの上で折って採取しました。石突きまで持ってきた場合は、切り落として生やしたい場所にばらまきます。こうしてシロを増やしていくのです。地道な作業ですが、結構効果があります。紫が出るシロもひとつずつ丹念に探って行きます。ポツポツと袋が埋まっていきます。
写真の美しい紫占地は、濡れ落ち葉の下に隠れていたものです。ですからこんなに鮮やかな紫色をしているのです。普通このように全体が出ていることは希で、ほとんどの場合枯葉に埋もれて一部が見えるだけ。ですからきのこ狩り初心者には、全く見えなかったりします。いわゆる「きのこ目」が要るのです。濡れて鮮やかな紫ならまだしも、成菌になって淡い灰紫になると、ますます枯葉との区別が難しくなります。
紫占地は菌輪を作り、発生場所は一年で1mずつ移動するそうですが、このシロは幅が2m、長さが15mぐらいあるので、全体が動くというより、この中で小さなシロが少しずつ動いているという感じがします。薄く紫色の膜が張ったシロは、それだけでも大変美しいもので、森の中の神秘のヴェールという感じです。
土壌のせいなのか、気候のせいなのか、樹種のせいなのか分かりませんが、当地の紫は土臭さがほとんどありません。希にそういうものがある程度です(老菌は特に)。ですから極上の出汁が出る紫占地の調理法は、豆腐と吸い物にすることです。枯葉を栄養分とするため、ほのかに枯葉の香りがしますが、それこそが森を食べているという醍醐味なのです。それが分からない人は、このきのこを食べる資格はありません。
里山を知らない人は、山道というのは一本だけと思っているかもしれませんが、実際は一本の尾根の片側の斜面だけでも何本もの山道が平行に走っていて、所々にそれらをつなぐ斜めの道が交差しているのです。その山を熟知しているとショートカットの道とか、この道はこのポイントで曲がればあそこへ出るとか分かるわけです。例えば、史実かどうかは別にして、第四次川中島合戦の武田別働隊にしても、清野氏など地元の武士や足軽がいたわけですから複数の経路は当然頭に入っていたはずです。後年、上杉景勝や直江兼続も辿ったかもしれないのです。
倉科の大村越(清野では倉科坂)には、兵馬と呼ばれる場所があります。里俗伝で武田別働隊の軍勢が、斎場山(妻女山)一帯の上杉軍を奇襲するために、分かれて戸神山脈を越えてきた各隊を集めて隠れたところといわれています。ここから斎場山へは天城山を巻いて月夜平経由、芝山から堂平経由など幾筋ものルートがあります。この辺りの山を知らない歴史家やマニアには想像もつかないほどいくつもの山道があるのです。そのいくつかは、えぐれた沢道や細い獣道となり残っています。戦国時代には、鏡台山を中心として、上田、坂城、松代を結ぶ軍道が何本もあったと思われます。そのひとつが、五里ケ峯の勘助道(勘助横手)ではないでしょうか。
夕日に輝く錦秋の森を帰路に就くため、そんな昔の細い山道のひとつを歩いていると、目の前に丸く黒い動物の陰。一瞬熊かと思って緊張します。藪で目を突かないようにとゴーグルのみで、メガネをしていないので何か確認できません。それでも20mほど先の樹間の動物を見ると、どうやらニホンカモシカのようです。ホッとしました。
帰る方向がそちらなので進むと、ジッとしています。距離が6mぐらいになるとシュッと威嚇音を発します。そして逃げるのですが、オーイと声をかけると立ち止まって振り返ります。進んで6mぐらいになると、またシュッと威嚇音。その繰り返しが4度ほど続きました。林道に出るため斜面を上がるとニホンカモシカは下の森へと消えていきました。いつも出会っていたマダムの子供が独り立ちしたようです。6月に見かけて以来だったので、変わらぬ元気な姿を見ることができてホッとしました。
日本羚羊は、万葉の時代にもいたのでしょうが、深山にいて馴染みはなかったのでしょうか。鹿を歌ったものならあります。鹿(しか・しし)を詠んだ歌は68首あるのですが、その中からひとつ。
「射ゆ鹿を つなぐ川辺の 和(にこ)草の 身の若かへに さ寝し子らはも」 作者不祥(巻16 3874)
矢で射止めた鹿を追っていった川辺の若草。その若草のように若かった頃、抱いた乙女たちよ。今はどうしているだろう。(しっかりその辺のおばさんになってます…)
ブラジルでは、「veado」は鹿、「viado」はオカマ。発音が似ているので鹿野郎といえば…。また、Jogo do Bichoというロトでは、動物に番号がついていて鹿は24番。ヴィンチ イ クアトロ(24)といえば、これもオカマという意味になって、Jリーグへ来てこの番号をつけろと言われたら、ブラジル人選手は絶対に断ると思います。
中国には、「鹿を逐う(追う)者は山を見ず」ということわざもあります。
「逐獣者、目不見太山、嗜欲在外、則明所蔽也」『准南子』
秋の夜長、身につまされる話です…。
★きのこ料理は、MORI MORI RECIPE(モリモリ レシピ)をご覧ください。色々あります。
★ネイチャーフォトは、【MORI MORI KIDS Nature Photograph Gallery】をご覧ください。キノコ、変形菌(粘菌)、コケ、花、昆虫などのスーパーマクロ写真。滝、巨樹、森の写真、特殊な技法で作るパノラマ写真など。トレッキング・フォトルポにない写真もたくさんアップしました。
●妻女山駐車場の奥、斎場山・天城山・鞍骨城跡・倉科へのあんずの里ハイキングコースの林道入口に「杖」を置きました。返却不要です。ハイキングにお使いください。