本当に久しぶりに妻女山へ。台風19号の影響も気になりましたが、倒木は処理されていました。週末にトレランの大会があるのでしょう。標識やテープがあちこちにありました。
妻女山展望台からの西の仁科三山の鹿島槍ヶ岳。左に爺ヶ岳、右に隠れて五竜岳。古代の縄文人や弥生人もこの風景を見ていたのです。もちろん上杉謙信や武田信玄もこの景色を見たことでしょう。真田の殿様らや佐久間象山も見ていたに違いありません。
その右に白馬三山。右手前に茶臼山。対岸の河原では、台風19号で堆積した土砂を削除しています。手前の町並みは篠ノ井。高句麗から渡来した豪族の篠井氏が名の由来です。高句麗の王族、前部秋足(ぜんぶのあきたり)が延暦18年(799)に篠井性を下賜(かし)されています。それが現在の篠ノ井の名称の元でしょう。この時、多くの高句麗の豪族が帰化しています。高句麗人はツングース系で馬産と石の文化を持ち、現在の半島の人とは異なります。長野市には高句麗式積石塚古墳として大室古墳群が、多くが破壊されましたが妻女山にもあります。千曲市には堂平積石塚古墳群があります。
東の松代方面。霧がかかっています。奥の根子岳や四阿山は白くはないですが、初冠雪はありました。左手前の大きな山は、拙書でも紹介している奇妙山。母校の松代中学も水害に遭いましたが、なんとか復旧したようです。スーパーのツルヤは21日開店のようです。洪水の爪痕はあちこちに見られます。善光寺平の初雪は、毎年11月下旬か12月上旬です。明日はスタッドレスタイヤに交換しましょう。インパクトレンチがあるとはいえ、3ナンバーでタイヤが重いので重労働です。
(左)普通のひとは全く入ることのない藪山へ。なにこれ!シロシメジかシロノハイイロシメジか。前者ならホンシメジ以上の賜物。後者ならスカンクの臭いの毒キノコ。似ていて同定が本当に難しい。違いは、傘の中央の色が薄茶ならシロシメジ、薄灰褐色ならシロノハイイロシメジ。難しいです。シロシメジでした。実はもっと大きな群生地を見つけたのですが、増やすために採りませんでした。苦味があると書かれていますが、当地のものは全く苦味はありません。ボリュームが有り非常に美味しいキノコですが、同定して採る人はいないと思います。(右)台風19号でしょうか。コナラやヤマザクラが10本以上倒れています。2、3年後にはウスヒラタケ、ムキタケ、クリタケ、ナラタケ、ナメコなどがでるでしょう。
(左)倒木にビョウタケかモエギビョウタケか。菌類の同定は難しい。(右)ムキタケ。優秀な食菌です。袋いっぱい採れました。鍋に、煮込みうどんに。
知っているシロを巡ってやっと森の貴婦人ムラサキシメジを見つけました。フランスでは、ピエブルー(pied bleu)と呼ばれる高級キノコ。バターやクリームと相性がいいのですが、日本では豆腐とすまし汁にするのが最も風味を味わえる食べ方かもしれません。その他に鍋やおやき、炒めもの、炊き込みご飯などに。30本ほど採れました。今年のキノコは不作です。天然舞茸は採れましたが。ムラサキシメジは、一日で150本採ったこともありました。キノコは気まぐれです。
昼は友人のログハウスへ。北アルプス仁科三山の鹿島槍ヶ岳。すっかり冬の装いです。眼下は千曲川。台風19号で、1m以上の土砂が堆積。重機が何台も入って土砂を取り除きました。どこへ持っていったのでしょう。熱々のカニの味噌汁で手巻き寿司で昼食。ゆっくりと時間が流れていきます。サウージ・サウダージ(SAUDE! SAUDADE)が浮かびました。ブラジル人が大事にする想いです。健康と懐かしさ。英語の I miss you.に近いかも。逢いたいのに今それはかなわない。失われた懐かしい日々。
(左)来月にはここを借りて妻女山里山デザイン・プロジェクトの納会をしようと思います。(右)脇にある堂平大塚古墳。古墳時代後期の横穴式円墳です。
(左)コシアブラの黄葉。脂分が多いので、透けて見える葉もあります。(右)ナツヅタの紅葉。フユヅタ(アイビー)は、緑のままです。
(左)落葉松の黄葉も少しずつ進んでいます。12月になるとチリチリと音を立てて葉の雨が降ります。(右)上杉謙信が七棟の陣小屋を建てたと伝わる陣馬平の大きなクマノミズキの実。森の珊瑚と私は呼んでいますが、冬の小鳥たちの大事な食料になります。
妻女山松代招魂社。戊辰戦争以降の戦没者を祀った神社です。真田の六文銭が見られます。春は桜の名所で、近隣の小学生がたくさん遠足に訪れます。BBQをする人もいますが、絶対に直火はしないでください。
千曲川の堤防から見る斎場山(旧妻女山)。左の高みが斎場山古墳山頂。右は御龍願平(ごりょうがんだいら)。転訛して竜願平ともいいます。古代科野国の聖地です。拙書では、その名前の由来や歴史を詳しく紹介しています。この日も拙書を持った夫婦が、斎場山へ登っていきました。拙書やブログを見て、斎場山や陣馬平、堂平大塚古墳や鞍骨城へ訪れる人が増えています。これから迎える落葉期は、見通しがよくなるのでおすすめです。
◆『信州の里山トレッキング 東北信編』川辺書林(税込1728円)が好評発売中です。郷土史研究家でもあるので、その山の歴史も記しています。地形図掲載は本書だけ。立ち寄り温泉も。詳細は、『信州の里山トレッキング 東北信編』は、こんな楽しい本です(妻女山里山通信)をご覧ください。Amazonでも買えます。でも、できれば地元の書店さんを元気にして欲しいです。パノラマ写真、マクロ写真など668点の豊富な写真と自然、歴史、雑学がテンコ盛り。分かりやすいと評判のガイドマップも自作です。『真田丸』関連の山もたくさん収録。
★本の概要は、こちらの記事を御覧ください。
★お問い合せや、仕事やインタビューなどのご依頼は、コメント欄ではなく、左のブックマークのお問い合わせからメールでお願い致します。コメント欄は頻繁にチェックしていないため、迅速な対応ができかねます。
インタープリターやインストラクターのお申込みもお待ちしています。シニア大学や自治体などで好評だったスライドを使用した自然と歴史を語る里山講座や講演も承ります。大学や市民大学などのフィールドワークを含んだ複数回の講座も可能です。左上のメッセージを送るからお問い合わせください。
妻女山展望台からの西の仁科三山の鹿島槍ヶ岳。左に爺ヶ岳、右に隠れて五竜岳。古代の縄文人や弥生人もこの風景を見ていたのです。もちろん上杉謙信や武田信玄もこの景色を見たことでしょう。真田の殿様らや佐久間象山も見ていたに違いありません。
その右に白馬三山。右手前に茶臼山。対岸の河原では、台風19号で堆積した土砂を削除しています。手前の町並みは篠ノ井。高句麗から渡来した豪族の篠井氏が名の由来です。高句麗の王族、前部秋足(ぜんぶのあきたり)が延暦18年(799)に篠井性を下賜(かし)されています。それが現在の篠ノ井の名称の元でしょう。この時、多くの高句麗の豪族が帰化しています。高句麗人はツングース系で馬産と石の文化を持ち、現在の半島の人とは異なります。長野市には高句麗式積石塚古墳として大室古墳群が、多くが破壊されましたが妻女山にもあります。千曲市には堂平積石塚古墳群があります。
東の松代方面。霧がかかっています。奥の根子岳や四阿山は白くはないですが、初冠雪はありました。左手前の大きな山は、拙書でも紹介している奇妙山。母校の松代中学も水害に遭いましたが、なんとか復旧したようです。スーパーのツルヤは21日開店のようです。洪水の爪痕はあちこちに見られます。善光寺平の初雪は、毎年11月下旬か12月上旬です。明日はスタッドレスタイヤに交換しましょう。インパクトレンチがあるとはいえ、3ナンバーでタイヤが重いので重労働です。
(左)普通のひとは全く入ることのない藪山へ。なにこれ!シロシメジかシロノハイイロシメジか。前者ならホンシメジ以上の賜物。後者ならスカンクの臭いの毒キノコ。似ていて同定が本当に難しい。違いは、傘の中央の色が薄茶ならシロシメジ、薄灰褐色ならシロノハイイロシメジ。難しいです。シロシメジでした。実はもっと大きな群生地を見つけたのですが、増やすために採りませんでした。苦味があると書かれていますが、当地のものは全く苦味はありません。ボリュームが有り非常に美味しいキノコですが、同定して採る人はいないと思います。(右)台風19号でしょうか。コナラやヤマザクラが10本以上倒れています。2、3年後にはウスヒラタケ、ムキタケ、クリタケ、ナラタケ、ナメコなどがでるでしょう。
(左)倒木にビョウタケかモエギビョウタケか。菌類の同定は難しい。(右)ムキタケ。優秀な食菌です。袋いっぱい採れました。鍋に、煮込みうどんに。
知っているシロを巡ってやっと森の貴婦人ムラサキシメジを見つけました。フランスでは、ピエブルー(pied bleu)と呼ばれる高級キノコ。バターやクリームと相性がいいのですが、日本では豆腐とすまし汁にするのが最も風味を味わえる食べ方かもしれません。その他に鍋やおやき、炒めもの、炊き込みご飯などに。30本ほど採れました。今年のキノコは不作です。天然舞茸は採れましたが。ムラサキシメジは、一日で150本採ったこともありました。キノコは気まぐれです。
昼は友人のログハウスへ。北アルプス仁科三山の鹿島槍ヶ岳。すっかり冬の装いです。眼下は千曲川。台風19号で、1m以上の土砂が堆積。重機が何台も入って土砂を取り除きました。どこへ持っていったのでしょう。熱々のカニの味噌汁で手巻き寿司で昼食。ゆっくりと時間が流れていきます。サウージ・サウダージ(SAUDE! SAUDADE)が浮かびました。ブラジル人が大事にする想いです。健康と懐かしさ。英語の I miss you.に近いかも。逢いたいのに今それはかなわない。失われた懐かしい日々。
(左)来月にはここを借りて妻女山里山デザイン・プロジェクトの納会をしようと思います。(右)脇にある堂平大塚古墳。古墳時代後期の横穴式円墳です。
(左)コシアブラの黄葉。脂分が多いので、透けて見える葉もあります。(右)ナツヅタの紅葉。フユヅタ(アイビー)は、緑のままです。
(左)落葉松の黄葉も少しずつ進んでいます。12月になるとチリチリと音を立てて葉の雨が降ります。(右)上杉謙信が七棟の陣小屋を建てたと伝わる陣馬平の大きなクマノミズキの実。森の珊瑚と私は呼んでいますが、冬の小鳥たちの大事な食料になります。
妻女山松代招魂社。戊辰戦争以降の戦没者を祀った神社です。真田の六文銭が見られます。春は桜の名所で、近隣の小学生がたくさん遠足に訪れます。BBQをする人もいますが、絶対に直火はしないでください。
千曲川の堤防から見る斎場山(旧妻女山)。左の高みが斎場山古墳山頂。右は御龍願平(ごりょうがんだいら)。転訛して竜願平ともいいます。古代科野国の聖地です。拙書では、その名前の由来や歴史を詳しく紹介しています。この日も拙書を持った夫婦が、斎場山へ登っていきました。拙書やブログを見て、斎場山や陣馬平、堂平大塚古墳や鞍骨城へ訪れる人が増えています。これから迎える落葉期は、見通しがよくなるのでおすすめです。
◆『信州の里山トレッキング 東北信編』川辺書林(税込1728円)が好評発売中です。郷土史研究家でもあるので、その山の歴史も記しています。地形図掲載は本書だけ。立ち寄り温泉も。詳細は、『信州の里山トレッキング 東北信編』は、こんな楽しい本です(妻女山里山通信)をご覧ください。Amazonでも買えます。でも、できれば地元の書店さんを元気にして欲しいです。パノラマ写真、マクロ写真など668点の豊富な写真と自然、歴史、雑学がテンコ盛り。分かりやすいと評判のガイドマップも自作です。『真田丸』関連の山もたくさん収録。
★本の概要は、こちらの記事を御覧ください。
★お問い合せや、仕事やインタビューなどのご依頼は、コメント欄ではなく、左のブックマークのお問い合わせからメールでお願い致します。コメント欄は頻繁にチェックしていないため、迅速な対応ができかねます。
インタープリターやインストラクターのお申込みもお待ちしています。シニア大学や自治体などで好評だったスライドを使用した自然と歴史を語る里山講座や講演も承ります。大学や市民大学などのフィールドワークを含んだ複数回の講座も可能です。左上のメッセージを送るからお問い合わせください。