世界はキラキラおもちゃ箱・2

わたしはてんこ。少々自閉傾向のある詩人です。わたしの仕事は、神様が世界中に隠した、キラキラおもちゃを探すこと。

ケバルライ④

2018-08-02 04:10:05 | 風紋


族長の調子がおかしいという話がみんなに広まってはまずい。今は、将来を見て、アシメックが次の族長にシュコックを選んだということだけを伝えておいた。役男たちの間には、それに異論を唱えるやつはいなかった。シュコックは、イタカの野に溝を掘ることに、一番先に賛成したからだ。

シュコックに引継ぎをしながら、アシメックは自分が前の族長の引継ぎを受けた時のことを思い出していた。あの時の族長はかなり老いていた。まだ生きていたが、収穫祭の踊りなどはもううまくできなくなっていた。家の中で踊りの所作を教えてもらいながら、前の族長の目が老いに濁り、よく見えなくなっていることに若いアシメックは気付いた。

あの族長と比べれば、今のアシメックはまだ若く見えた。目も濁っていないし、肌にも張りがある。時々目眩がして動けなくなるくらいだ。だが、死の予感はひたひたと迫っていた。声が聞こえるのだ。あの、どこかから自分を呼ぶ声が。

ケバルライ

その意味は未だにわからない。だが、もうすぐわかるような予感がする。たぶん、それがわかったら、おれは終わりなのだろう。アルカラを思い出し、帰っていくにちがいない。

シュコックへの引継ぎは、冬中やった。収穫祭の踊りの所作も、だいたい伝えた。タモロ沼の稲植えのことも了解を得た。来年もやるのだ。ヤルスベの要求もこなし、みんなの食べる分の米をとるためには、タモロ沼の米も必要なのだ。歌垣の前にみんなで働くことなど、わけもないことだ。村の新しい習慣にしてしまえばいい。




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ケバルライ③

2018-08-01 04:10:36 | 風紋


変調がおさまってくると、アシメックは深いため息をついた。そしてまた沼を一望すると、くるりと背を向け、村へ向かって歩き出した。シュコックに会わねばならない。

シュコックは自分の家で、アシメックを待っていた。まだ誰にも教えていないが、アシメックは少しずつ、族長の仕事をシュコックに引き継いでいたのだ。体の調子がおかしいことは、シュコックだけには教えていた。

「おれは、いつアルカラに行くかわからない」
アシメックが言った言葉を、シュコックは寒い気持ちで聴いていた。いつかこんな時が来るだろうことは知っていた。だが、来ないで欲しい、来るはずがないとさえ、思っていた。彼がこの世からいなくなると思うだけで、シュコックは世界にたった一人で残されるかのような寂しささえ感じるのだ。

だが、人間は永遠に生きられるものではない。カシワナカは、寿命というものをこしらえている。そのほうがいいのだ。新しいものが次々とこの世界に生まれてくるのを、古いものがさまたげてはいけないのだ。

アシメックはシュコックの家に入っていくと、挨拶もそこそこに、いつもの話に入った。族長としてやっていることを、細かくシュコックに教えているのだ。

「ケセンの漁師には、ヤルスベとのケンカは絶対にするなと、会うたびに言うんだ。うるさいと思われるが、言う方がいい。オラブのことがあってから、いろいろ難しいことになっている」
「それはそうだ。物分かりのわるい奴はいるからな。口をすっぱくして言ったほうがいいことは、言ったほうがいい」
「何でも、族長は言うことが大事だ。正しいことを、はっきりと言う。そうすれば、みんなが信じてついてくる」
「おお、そうだな」

シュコックは時に感動しながら、アシメックの話を聞いていた。そういう引継ぎをしていることは、セムドやほかの役男たちには、それとなく話しておいた。アシメックの変調のことだけは言わなかったが。




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ケバルライ②

2018-07-31 04:11:26 | 風紋


「うまそうだな」
「うん。青菜がなくなってきたから、干したニドの芽を入れた。ちょっと苦くておいしいよ、あにや」
「おお、ありがとう」
礼を言って、アシメックはソミナの差しだす土器の碗を受け取った。うまそうな粥が湯気を立てている。木のさじですくって食うと、これがまた涙が出るほどうまかった。体の芯から温まってくるようだった。

「うまい」
とアシメックは心から感動して言った。米ほどうまいものはない。今まで何度も食っては来たが、こんなうまい米を食ったこともない。

ヤルスベが欲しがる気持ちがわかる。こんなうまいものを食ったら、食べないでいる暮らしなんて考えられまい。

食い終わって碗をソミナに返すと、アシメックは化粧を直し、外に出た。キルアンの肩掛けをつけているが、外の風は寒かった。ミコルのところに行って、風紋占いを聞き、今日はそれに従って、イタカの野に行った。タモロ沼を見に行くのだ。

冬になると、稲は枯れて見えなくなる。オロソ沼では、沼底に根が残っているので、また次の春には生えてくる。だがタモロ沼では、そうはいかないようだった。

アシメックは前に、タモロ沼の底の土を、ヤテクと一緒に確かめ、稲の根がタモロでは伸びていないことを突き止めていた。

水が浅いからだろう。ということは来年も稲植えをやらねばならない。毎年倍の米をとろうとしたら、それくらいの苦労はいるのだ。またやればいい。みんなやり方は覚えている。

アシメックはタモロ沼の岸に立ちながら、そう思った。風が吹いて、沼の水面に文様を描いた。胸の奥で、一瞬心臓が揺れた。目眩がする。だが倒れてはならない。アシメックは目を閉じ、しばらくの間じっとして、変調が終わるのを待った。

ケバルライ

誰かの声が聞こえた。わかる。これはアルカラからの声なのだ。誰かが自分を呼んでいるのだ。だが、まだ行くわけにはいかない。




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ケバルライ①

2018-07-30 04:10:48 | 風紋


賢き者
遠き道をゆけ
難き道をゆけ
正しきものついには勝たむ

歌が聞こえる。コルの声だ。

アシメックは目を覚ました。天井の木組みに光が差していた。朝なのだ。このところ、アシメックはソミナやコルよりも目を覚ます時間が遅くなっている。

目を覚ましてからしばらくは、思うように体が動かせない。寝ている間に冷たくなった足がじんわりと暖かくなってくるまで、しばらくじっとしているしかない。

こんな調子になってきてから、もう二月はたつ。季節はまた冬になっていた。冷え冷えとした家の中の空気が、骨に染みた。

ようやく体が動くようになったので、アシメックは身を起こした。コルはまだ歌っていた。歌えるのがうれしくてならないようだ。それはカシワナカの教えの歌だった。いろんな儀式のときに歌う。ソミナに教えてもらったのだろう。コルは物覚えが良かった。大人が歌うような難しい歌でも、かなりすらすら歌える。

いいやつだ。大人になったら、頭を使う仕事をさせたらいいだろう。ソミナのことも助けてくれる。

アシメックはコルのかわいい声を聴きながら思った。

寝床から立ちあがって、囲炉裏のそばまで来ると、ソミナが中に入ってきた。今日の朝餉は糠だんごではない。米の粥だ。昨日ソミナがついてくれた米を、外で焚火をして煮てくれたのだ。囲炉裏を使うと、アシメックが目を覚ますからだろう。

タモロ沼で米がたくさんとれてから、食事に米が出る回数が多くなっていた。そのせいか、村人はみな幸せそうだ。幾分ふっくらと太ってきたようにも見える。ソミナにもその様子はあった。コルを得てから、いくらか母親らしく丸くなってはきていたが。




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イメージ・ギャラリー㉗

2018-07-29 04:11:07 | 風紋


Pablita Velarde

収穫祭の踊りを踊るアシメックのイメージです。
アシメックはフウロ鳥という鳥の羽根をふんだんにつけ、神カシワナカの扮装をして踊っています。
りっぱな男がいいことをしてくれるのは、部族の喜びでした。




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予兆⑦

2018-07-28 04:10:56 | 風紋


アシメックは腕の先のしびれを感じながら、いつもより派手に手足を動かし、舞った。途中で、一瞬意識が飛ぶことがあった。空が見え、はるかに遠いところに鷲を見たような気がしたが、それは幻影であったかもしれない。

楽が終わり、最後の所作を終えると、アシメックは岩のように広場の真ん中にうずくまり、しばらく動けなかった。足がいうことを聞かない。神よ、と彼は心の中で叫んだ。するとその次の瞬間、体が動いた。

まるで誰かが自分を動かしているかのように、アシメックは飛び上がるように立ち上がった。そしてはやし立てているみんなに手を振って挨拶しながら、下がった。

人の輪の外に出ると、目眩が落ちてきた。だが倒れてはならない。走り寄ってきたソミナを見ながら、彼は自分を律した。一瞬腰が下がった。だが再び立てた。

そんな彼の様子を、シュコックが離れたところから凍りつくような目でみていた。




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予兆⑥

2018-07-27 04:10:59 | 風紋


かつてないほどのたくさんの米がとれたことに、みなは有頂天になっていた。あんな喜びはない。これで、どんなにヤルスベが無茶な要求をしてきても、対応できる。みんなの食べる分も増える。

アシメックはすごい。みんなのためにやってくれたのだ。

楽師は新しい歌を何度も歌った。それに合わせて、自分も歌い出し、踊り出すものもいた。酒に酔って、隣の村人と抱き合って泣きだすものもいた。

アシメックはその様子を見ながら、踊りの準備をした。化粧を塗りなおしてくれるソミナの手を少し煩わしく感じるのは、腕の先が少ししびれているからだ。だが、そんな様子は微塵も出してはならない。

「ようし、いくぞ!」
いつもより大きな声を張り上げ、アシメックはみんなの前に躍り出た。一瞬ふらついたが、片足をすぐに前に出してごまかした。

フウロ鳥の羽をふんだんにつけ、美しく装った男が、広場の真ん中に出て、神のように飛び上がり、舞った。それが一瞬みんなの目に、本当に彼が鳥のように飛んでいくかに見えた。

アシメック!

誰かが叫んだ。サリクの声だ。それはわかった。あいつはいつも、あんな声でおれを呼ぶ。まぶしそうな目でおれを見る。信じているのだ。おれを。裏切るわけにはいかない。




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予兆⑤

2018-07-26 04:10:47 | 風紋


明日は収穫祭だ。みなの前で踊らなければならない。アシメックはそれに、少し不安を感じていた。目眩を感じることが、最近頻繁になってきているのだ。無事にやれればいいが。

稲蔵にいっぱいに並んだ米の壺を見渡しながら、アシメックは隣のシュコックにぼそりと言った。

「シュコック」
「なんだ?」
「おれが死んだら、次の族長をたのむ」

シュコックははっとして、アシメックの顔を見た。

髪に差したフウロ鳥の羽が少し傾いていた。頬の化粧も少し剥げている。気づかなかった。アシメックは疲れている。

シュコックは、しばし答えられなかった。だが、何かを言わなければならないと思った。アシメックの目が真剣だったからだ。

「……わかった」

シュコックは静かに言った。

収穫祭はいつもよりずっと盛大に行われた。酒造りの女が喜んで、いつもよりずっと多い酒の壺をだしてくれたのだ。みなが自分が蓄えていた栗や干しグミなどを出しあい、みなで大いに喜んだ。




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予兆④

2018-07-25 04:11:07 | 風紋


季節は夏を越え、秋になった。サリクはまた、コクリが咲いたことを、アシメックに知らせに来た。一度言われてから、必ずそれを守るようになったのだ。アシメックは、コクリの花を持って、嬉しそうに自分の家を訪れてきたサリクを、今年ばかりは抱きしめたいほどだった。稲刈りだ。新しい稲刈りが始まる。

オロソ沼には稲舟を出し、いつもと同じやり方で稲を刈らせた。それがあらかた終わったあと、アシメックはみんなをタモロの方に導いた。

タモロはオロソよりずっと浅い。舟は使えない。みんなは沼の中に足をつけ、稲を刈っていった。腰に茅袋をつけ、刈った稲の穂先をそれに入れていくのだ。それを考えたのはセムドだった。

舟の上に稲を置くことができないからには、新しい工夫が必要だ。そしてそういうことを考え付くものは必ずいる。

やってみれば、必ず何かが見つかるのだ。

楽師たちの労働歌に合わせながら、みんなはリズムよく稲を刈っていった。その様子を、アシメックは岸に立ちながら満足そうに見ていた。涙がにじんでくるのは、年をとったからなのか。

これでいい。これでいいんだ。おれがいなくても、かならずみんなはなんとかなる。

その年とれた米の収穫量は、去年の倍だった。壺の数が間に合わないほどだ。エルヅは数えながら、半狂乱になるほど喜んでいた。

「これだけあれば、ヤルスベもなんとかなるよ!」

その様子を見ながら、シュコックは稲蔵を増築しなければならない、と嬉しそうに言った。隣にいたアシメックもそれに同意した。




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予兆③

2018-07-24 04:10:54 | 風紋


ネオもだんだんとたくましくなっていた。年の割には体が大きい。大人になりたいと強く思う子供は、早く成長するのだ。十七になったら狩人組に入りたいと言っていたが、最近は違うことを考えていた。

「タモロ沼で、稲の仕事をしたいな」
「ふうん、タモロで?」
「うん。ヤテクはオロソ沼でいっぱいだろう。おれ、タモロの稲を見ていたら、あそこで稲の世話をしたくなった。魚釣るのもおもしろいけど」
「うん、ネオがそうしたいんなら、そうしたらいいわ」
モラはいつも、静かな声で、ネオに賛成してくれた。それがいいのだ。そこが好きなのだ。モラのほかの女は、こんな声で、こんなことを言ってくれない。

ひとりの女にこだわることを、今もサリクにからかわれることがある。ほかにもいい女はたくさんいるのに、もったいないぞと。だけどネオは、本当に、モラのほかの女と交渉するのは嫌だった。

「ネオがそうしたいのなら、そうすればいいわ」

ずっと一緒にいたいというと、モラはそう言ってくれる。そういうモラがいい。ほかの女なんて嫌だ。

ネオは、もう自分はこれでいいと思っていた。少しくらいほかと変わっていても、かまわないんだ。オラブみたいにみんなに迷惑かけるわけじゃない。みんながそうしてるからって、おれはやっぱり、モラのほかの女のところにいくことなんて、できない。

こんな自分を、みんなは時々変な目で見るけど、アシメックだけは暖かな目で見てくれる。
「変わった奴だな。だがいいやつだ。おもしろい」
ネオは、アシメックのその声が、心底好きだった。あんな男になりたい。すっごくいいことをして、あんないい男になりたい。




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