「ガゼルの青年」
彼が、「幼」の編に初めて出てきたときは、終章であんな重要な役割をしてくれるとは、わたしは思いませんでした。
「イエス?あなたは、イエスなのか?」
彼は今も、青船の中で、観測機を覗きながら、刻々と変化してゆく渦の状況を記録し続けている。その渦の中心、風の結界の中にいるその人を、ただひたすら追いかけ、彼が本当は誰なのか、知りたいと願っている。
ある日彼は、渦の中心から、水晶の岩を砕くような痛い祈りが、透き通った鳥となって、矢のように飛び出してくるのを観測した。その衝撃で、観測機の一部の感知器が壊れ、月の世の青年が慌ててそれを直した。一時乱れた画面が治り、彼は渦の中心が吐きだした鳥を追う。そのあまりの激しい痛み、悲しみ、凍えるような孤独、恐ろしいほどの望郷の心を、彼は観測し、記録する。
なんというところだ、ここは! わたしは、誰なのだ! なぜ、ここにいるのか!
鳥が、叫んでいる。
神よ!神よ!神よ! なぜわたしは、ここまで孤独なのか!
ああ、イエス、あなたは、イエスなのか。またも、あなたは、やらねばならないのか!
青年は観測機に映る渦を見つめながら、心の中で叫ぶ。

「緑の目の青年」
ガゼルの青年の友人の、同僚の、緑の目の青年です。
もともとは穏やかな種族である彼らも、修羅の地獄の管理人とあっては、こんな顔をすることもある。一筋縄ではいかないやつらを、常に管理していなくてはならないからだ。
こんな風に体に傷を受けることなど、しょっちゅうだ。
ある日、罪びとたちはまたやりはじめた。石を投げ合い、棒で殴り合い、互いをつかみあって殴り合いを始めた。頭をぶつけあい、拳で顔を殴り、腕をひねりちぎり、しまいに互いの腹に手を突っ込んで、その醜い臓物を引きずり出して投げつけ合い始めた。森の中に生臭い血が飛び散った。
あまりの凄惨な光景に、彼はたまらなくなり、短剣を緑の光に変え、それを彼らに向かって投げつけた。緑の光は彼らの中心に落ち、いっぺんに爆発して、騒ぎは収まり、ひととき、修羅は清められた。
ああ、また、たくさんの罪びとが死んだ。だがもちろん、死にはしない。殺し合いをするには、なんとしても生きていなければならないからだ。そのためにこそ、三日後には必ず生き返る。
緑の目の青年は、お役所に向かい、罪の浄化願いを出す。役人はため息をつき、書類に印を押す。苦しいのは、お互い様だ。
青年は三月の間、ある地獄の中で、氷の岩に鎖でしばりつけられ、目の前にある氷樹の枝にとまった無数の鴉たちの罵声を浴びなければならない。彼は、鴉たちのあざけりを受けながら、ああ、彼らはまだやっているのか、いつになったらやめるのかと、考える。
その地獄の月は、鏡のような銀に光り、涙さえ流せぬ彼の絶望を、何とか癒そうとする。
彼が、「幼」の編に初めて出てきたときは、終章であんな重要な役割をしてくれるとは、わたしは思いませんでした。
「イエス?あなたは、イエスなのか?」
彼は今も、青船の中で、観測機を覗きながら、刻々と変化してゆく渦の状況を記録し続けている。その渦の中心、風の結界の中にいるその人を、ただひたすら追いかけ、彼が本当は誰なのか、知りたいと願っている。
ある日彼は、渦の中心から、水晶の岩を砕くような痛い祈りが、透き通った鳥となって、矢のように飛び出してくるのを観測した。その衝撃で、観測機の一部の感知器が壊れ、月の世の青年が慌ててそれを直した。一時乱れた画面が治り、彼は渦の中心が吐きだした鳥を追う。そのあまりの激しい痛み、悲しみ、凍えるような孤独、恐ろしいほどの望郷の心を、彼は観測し、記録する。
なんというところだ、ここは! わたしは、誰なのだ! なぜ、ここにいるのか!
鳥が、叫んでいる。
神よ!神よ!神よ! なぜわたしは、ここまで孤独なのか!
ああ、イエス、あなたは、イエスなのか。またも、あなたは、やらねばならないのか!
青年は観測機に映る渦を見つめながら、心の中で叫ぶ。

「緑の目の青年」
ガゼルの青年の友人の、同僚の、緑の目の青年です。
もともとは穏やかな種族である彼らも、修羅の地獄の管理人とあっては、こんな顔をすることもある。一筋縄ではいかないやつらを、常に管理していなくてはならないからだ。
こんな風に体に傷を受けることなど、しょっちゅうだ。
ある日、罪びとたちはまたやりはじめた。石を投げ合い、棒で殴り合い、互いをつかみあって殴り合いを始めた。頭をぶつけあい、拳で顔を殴り、腕をひねりちぎり、しまいに互いの腹に手を突っ込んで、その醜い臓物を引きずり出して投げつけ合い始めた。森の中に生臭い血が飛び散った。
あまりの凄惨な光景に、彼はたまらなくなり、短剣を緑の光に変え、それを彼らに向かって投げつけた。緑の光は彼らの中心に落ち、いっぺんに爆発して、騒ぎは収まり、ひととき、修羅は清められた。
ああ、また、たくさんの罪びとが死んだ。だがもちろん、死にはしない。殺し合いをするには、なんとしても生きていなければならないからだ。そのためにこそ、三日後には必ず生き返る。
緑の目の青年は、お役所に向かい、罪の浄化願いを出す。役人はため息をつき、書類に印を押す。苦しいのは、お互い様だ。
青年は三月の間、ある地獄の中で、氷の岩に鎖でしばりつけられ、目の前にある氷樹の枝にとまった無数の鴉たちの罵声を浴びなければならない。彼は、鴉たちのあざけりを受けながら、ああ、彼らはまだやっているのか、いつになったらやめるのかと、考える。
その地獄の月は、鏡のような銀に光り、涙さえ流せぬ彼の絶望を、何とか癒そうとする。