
モカドが声をあげた。みんなに緊張が走った。見ると、少し離れたところで、トカムが群れを離れて出てきた若い雌に近づこうとしていた。草を食べるのに夢中になっている鹿に狙いをつけ、無様な格好で弓を構えている。不用心なことに草の上に頭が丸出しだった。
「あいつ、わかってないぞ!」
レンドが声を殺して叫んだ。
「やめさせろ!」
シュコックが言った時にはもう遅かった。キルアンに気付かれたのだ。
群に緊張が走った。鹿たちは浮足立ち、草を食べるのをやめてそぞろに逃げ始めた。その中を突っ切って、キルアンが出てきた。青みがかった鹿の毛皮が、怪しく燃えているように見えた。
「危ない! トカムを狙ってる!」
「逃げろ、トカム!!」
それを聞いて、トカムはやっと気づいた。哀れな叫び声が起こった。キルアンが走って来る。アシメックは反射的に立ち上がった。
次の瞬間みんなが見たのは、トカムとキルアンの間に飛び込んだアシメックの姿だった。
サリクは弓をつがえた。毒をつけている暇はない。夢中で打った。だがキルアンには当たらない。アシメックはトカムをかばい、キルアンの体当たりをまともに受けた。
体躯に衝撃が走った。鹿の頭突きは予想以上にきつかった。骨がきしみ、内臓が揺れるのを感じた。だがアシメックはこらえた。衝撃を腰で受け止め、態勢を崩さなかった。後ろにトカムがいるからだ。角が刺さった肩のあたりが燃えているようだったが痛みを感じている暇はない。彼はほとんど無意識のうちにキルアンの角をつかみ、それを渾身の力でねじり返した。
キルアンは思わぬ反撃に驚いたのか、二、三歩退いた。アシメックは腰のナイフを抜いた。
サリクが金切り声のような叫びをあげているのが、奇妙に長く聞こえた。