ミューズの声聞こゆ

なごみと素敵を探して
In search of lovable

このたびの東日本大震災で被災された多くの皆様へ、謹んでお見舞い申し上げます。

大震災直後から、たくさんの支援を全国から賜りましたこと、職員一同心より感謝申し上げます。 また、私たちと共にあって、懸命に復興に取り組んでいらっしゃる関係者の方々に対しても厚く感謝申し上げます。

お嬢様

2018年10月05日 | 珠玉

 これは製材業で財を成した祖父から、亡くなる直前に聞いた話である。

成金、あるいは守銭奴、と呼ばれながら常人の二倍働いていた祖父だったが、ある日突然、妻が卒中で倒れた。

彼はあちこちツテを頼んで県都S市のTH大学医学部から当時名医と評判だったO教授の往診を乞い、了承された。

親類をはじめ、知人も、知人でない者も一様に驚き、どれだけのカネを積んだのか、と聞こえよがしに陰口をたたいた。

 当日、来訪を待ちわびて玄関先まで出ていた祖父は、教授に先立って若い洋装の女性が歩いてくるのを見た。

ざしき童子だった。

彼が目を見開いていると、彼女は頭の中へ話しかけてきた。

「奥様のために努力して、立派ね。心掛けがよろしくてよ。」

 祖母は危機を脱し、意識が戻ったものの、数年寝たきりの生活を送ったのち、夫に感謝しながら世を去った。

 

 話は60年、一気に飛ぶ。

私はひょんなことから街一番のお嬢様にお目通りする機会を得た。

その時彼女はすでに齢80歳を過ぎていたが、とてもお元気で、私のようなしもじもの輩の話にも興味深そうに耳を傾けて下さり、たくさん質問もいただいた。

傍らにはシルバーのロールスロイスが控えていた。

 そういえばね、とお嬢様は言った。

あなたのお名前をお聞きして思い出したの。

随分前になるけれど、わたくし、あなたのお宅へおじゃましたことがあるのよ。

こちらへ嫁いできてまもなくの頃、わたくしは子供時代から体が弱く、TH大のO先生が主治医だったのですが、その先生が今度この街へ来る用事があるので一晩泊めて欲しい、と電話をかけて来られて。まだ先生が学部長、学長におなりになる前だったと思うな。

それでウチに泊まって、翌日、井浦さんというお宅へわたくしがご案内差し上げましたのよ。さしずめ、かばん持ちね。」

お嬢様は楽しげに笑ったが、私はあごがガタガタ震え出しているのを隠すのに必死だった。

私の家の者たちがある意味、最も誇らし気に長年繰り返し語り継いできた成金エピソードを軽く突き崩してしまう本物の良家の方のお話と、祖父が見たというざしき童子が今、目の前にいることに驚愕して。

 

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