ミューズの声聞こゆ

なごみと素敵を探して
In search of lovable

このたびの東日本大震災で被災された多くの皆様へ、謹んでお見舞い申し上げます。

大震災直後から、たくさんの支援を全国から賜りましたこと、職員一同心より感謝申し上げます。 また、私たちと共にあって、懸命に復興に取り組んでいらっしゃる関係者の方々に対しても厚く感謝申し上げます。

千本ノック

2019年03月15日 | シェイクスピア

 施設の駐車場で車止めにつまづいて、盛大に転んでしまった。

メガネがどこかへ飛んで行き、周囲を見回そうにもぼやけてよく見えない。

ともあれ、誰が見ているかわからないので早く起き上がらないと。

「大丈夫?」

後ろから声がした。

ざしき童子だ。

僕が困った時に現れるのはありがたいけれど、よりによってこんな状況を目撃されるなんて、とさすがに少しいまいましく思えた。

僕はやけになり、アスファルトの上にごろんと横になって大声を上げた。

どうにもこうにも、うまく行かなくて、いやになった。

もう、全部放り出したい。

見上げると、青い空の隅に彼女の顔があった。

スカートからはすらりと長い足が伸びている。

「そんな投げやりなことを言わないの。

それに、どうせ叫ぶなら、好きなシェイクスピアでも吟じたら?」

それはいい、と思った。

「馬をくれ!国をやる!」(リチャード三世)

「もう一度!」

「馬をくれ!国をやる!」

「次!」

「生きるべきか、死ぬべきか、それが問題だ!」(ハムレット)

「次!」

「マクベスは眠りを殺した!」

「もっと!」

「落ちめになったと悟るのは、自分で落ちたなと感ずるより早く、他人の目がそれと教えてくれるのだ!」(トロイラスとクレシダ)

「そのとおりね!」

「『今が最悪』と言える間は、最悪ではない!」(リア王)

「ホント、そのとおり!」

「お気をつけなさい、将軍、嫉妬というやつに。

こいつは緑色の目をした怪物で、人の心を餌食とし、それをもてあそぶのです!」(オセロー)

涙と鼻水と、降ってきた自分のつばでひどく汚れた顔をハンカチで拭くと、僕はゆっくり転がって、額を彼女の靴のつま先に載せた。

「―われわれはかつて真夜中の鐘を聞いたものですな、シャロー君、、、。」(ヘンリー四世第二部)

くすくすと笑い声が頭上から聞こえた。

「落ち着いた?」

「、、、ええ。でも、『弱き者よ、汝の名は女なり』って言うけれど、違いますね。くやしいので、このまま上を向こうかな。」

キャッと声を上げてざしき童子は飛びのき、僕は額を地面に打ち付けるはめになった。 

 映画「オーソン・ウエルズのフォルスタッフ」(1966年)より

コメント
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