施設の駐車場で車止めにつまづいて、盛大に転んでしまった。
メガネがどこかへ飛んで行き、周囲を見回そうにもぼやけてよく見えない。
ともあれ、誰が見ているかわからないので早く起き上がらないと。
「大丈夫?」
後ろから声がした。
ざしき童子だ。
僕が困った時に現れるのはありがたいけれど、よりによってこんな状況を目撃されるなんて、とさすがに少しいまいましく思えた。
僕はやけになり、アスファルトの上にごろんと横になって大声を上げた。
どうにもこうにも、うまく行かなくて、いやになった。
もう、全部放り出したい。
見上げると、青い空の隅に彼女の顔があった。
スカートからはすらりと長い足が伸びている。
「そんな投げやりなことを言わないの。
それに、どうせ叫ぶなら、好きなシェイクスピアでも吟じたら?」
それはいい、と思った。
「馬をくれ!国をやる!」(リチャード三世)
「もう一度!」
「馬をくれ!国をやる!」
「次!」
「生きるべきか、死ぬべきか、それが問題だ!」(ハムレット)
「次!」
「マクベスは眠りを殺した!」
「もっと!」
「落ちめになったと悟るのは、自分で落ちたなと感ずるより早く、他人の目がそれと教えてくれるのだ!」(トロイラスとクレシダ)
「そのとおりね!」
「『今が最悪』と言える間は、最悪ではない!」(リア王)
「ホント、そのとおり!」
「お気をつけなさい、将軍、嫉妬というやつに。
こいつは緑色の目をした怪物で、人の心を餌食とし、それをもてあそぶのです!」(オセロー)
涙と鼻水と、降ってきた自分のつばでひどく汚れた顔をハンカチで拭くと、僕はゆっくり転がって、額を彼女の靴のつま先に載せた。
「―われわれはかつて真夜中の鐘を聞いたものですな、シャロー君、、、。」(ヘンリー四世第二部)
くすくすと笑い声が頭上から聞こえた。
「落ち着いた?」
「、、、ええ。でも、『弱き者よ、汝の名は女なり』って言うけれど、違いますね。くやしいので、このまま上を向こうかな。」
キャッと声を上げてざしき童子は飛びのき、僕は額を地面に打ち付けるはめになった。
映画「オーソン・ウエルズのフォルスタッフ」(1966年)より