オーソン・ウエルズが1966年に監督・主演し、日本では20年後の1986年に公開された「オーソン・ウエルズのフォルスタッフ」(原題は「真夜中の鐘」)を、僕は20代の半ばに六本木シネ・ヴィヴァンで観て、心底驚愕した。すでに10代でいっぱしのウエルズマニアを自負していた自分は、この作品を観ないでそんな大それたことを思っていたのか、と。ウエルズの作品中でも、シェイクスピア戯曲の映画化作品の中でも、稀有の大傑作である。さらに、天衣無縫という形容も付け加えたい。
ウエルズは1939年に「FIVE KINGS」というタイトルでシェイクスピアの「リチャード二世」、「ヘンリー四世 第一部・第二部」、「ヘンリー五世」、「ヘンリー六世 第一部・第二部・第三部」、「リチャード三世」を一本の演劇に織り上げて上演したと伝記等に記されている(この企画はまさに、イギリスで2012年から2016年にかけて制作されたテレビ映画「ホロウ・クラウン」だ)が、この「フォルスタッフ」は、「ヘンリー四世」、「ヘンリー五世」、「ウィンザーの陽気な女房たち」に登場する名脇役キャラクター、大酒呑みで女たらし、さらにはホラ吹きで巨漢の老騎士フォルスタッフのエピソードを織り上げ、主役に据えた野心作である。
国王ヘンリー四世の放蕩息子ハル王子と田舎のあやしげな宿でふざけ暮らすフォルスタッフ。ハル王子は不仲の父王に呼び戻され、王位継承を巡っての戦いに出陣する。そこで敵の猛将ヘンリー・パーシーを見事倒した王子はまもなくヘンリー5世として即位する。その新王は、出世を期待して戴冠式に乱入したかつての悪友フォルスタッフを冷たく拒絶し、追放処分とする―。いつにも増して斬新かつダイナミックなカメラワーク、かつてないほどリアルな戦闘シーン、セリフの大胆な取捨選択、そして胸にしみる結末の余韻。見どころは枚挙にいとまがない。
フォルスタッフ:万歳、ハル陛下、我が国王ハル!
万歳、俺のかわいい坊や!
俺の王様! 俺の宝石!
俺はあんたに話しているんだ!
王: 私はおまえなど知らない、老人よ。
毎日を祈りに捧げなさい。
その白髪は阿呆や道化には似合わない。
私は長いあいだこういう男の夢を見ていた、
こういうふうにぶくぶく太り、年老いて、下品だった。
だが目覚めてみると、思い出すのもいやな夢だ。
これからは目方を減らし、善行を積め。
暴飲暴食はやめろ、分かるな、並の人間用の三倍はある
墓穴があんぐり口を開けておまえを待っている──
馬鹿丸出しの冗談で口答えしようとするな、
今の私をこれまでの私と思ってはならない、
神はご存じだし、世間にも知らせるつもりだが、
私はかつての自分を捨てたのだ、
付き合っていた仲間も捨てる、
私が昔の私に戻ったと聞いたなら、
そのときやって来い、おまえを昔ながらのお前として、
私の放蕩無頼の育ての親、師匠として迎えよう。
それまでお前を追放に処す。かつての悪友たちには
すでに申し渡したが、我が身辺十マイル以内に
近づけば即刻死刑だ。
(「ヘンリー四世 第二部」第五幕 第五場より)
Falstaff Saue thy Grace, King Hall, my Royall Hall
'Saue thee my sweet Boy
My King, my joue; I speake to thee, my heart
King I know thee not, old man: Fall to thy Prayers:
How ill white haires become a Foole, and Iester?
I haue long dream'd of such a kinde of man,
So surfeit-swell'd, so old, and so prophane:
But being awake, I do despise my dreame.
Make lesse thy body (hence) and more thy Grace,
Leaue gourmandizing; Know the Graue doth gape
For thee, thrice wider then for other men.
Reply not to me, with a Foole-borne Iest,
Presume not, that I am the thing I was,
For heauen doth know (so shall the world perceiue)
That I haue turn'd away my former Selfe,
So will I those that kept me Companie.
When thou dost heare I am, as I haue bin,
Approach me, and thou shalt be as thou was't
The Tutor and the Feeder of my Riots:
Till then, I banish thee, on paine of death,
As I haue done the rest of my Misleaders,
Not to come neere our Person, by ten mile.