ミューズの声聞こゆ

なごみと素敵を探して
In search of lovable

このたびの東日本大震災で被災された多くの皆様へ、謹んでお見舞い申し上げます。

大震災直後から、たくさんの支援を全国から賜りましたこと、職員一同心より感謝申し上げます。 また、私たちと共にあって、懸命に復興に取り組んでいらっしゃる関係者の方々に対しても厚く感謝申し上げます。

中秋の名月

2020年10月05日 | 珠玉

 今夜は中秋の名月だと思いながらも仕事が長引いて、事務所から外へ出たのは深夜になっていた。

見上げると玉のような月が夜空に高く昇っていて、庭は昼間のように明るい。

 

 千世ふべき 玉のみぎりの 秋の月 

    かはす光の すゑぞひさしき

 

 月きよみ 玉のみぎりの 呉竹に 

    ちよを鳴らせる 秋風ぞふく

 

「いい歌ね。」

頭の中で声がしたので振り向くと、遠く庭の隅の方に、ざしき童子が立っていた。

薄茶のセーターに淡いミントグリーンのプリーツスカートといういでたちのせいか、以前よりさらにほっそりとして見えた。痩せたかも。いやいや、心を読まれるから何も考えないことにしよう。

「あなたが詠んだの?」

そうだよ、と言いたいところですが、藤原定家の作品です。

「そう、どちらも私の名前の字が入っているので、私のために作ってくれたのかと思った。」

相変わらずしょってますね。

そういえば、そちらから戻ってきたアマンダとビエラが言ってましたが、カタカナで長い名前のNGOと月に一回、被災地支援の情報共有会議を行なっているんですって?

僕は自分の声にイライラのトーンが混じるのを隠せなかった。

「あの二人が言いつけたのね。そうよ。気になる?」

いいえ、と言おうとしてやめた。こんな月の光が美しい夜に、嘘をつくのは気が引けた。

ええ。

「なんでもないわよ。よくある、都会のボランティア団体。大丈夫よ。」

彼女は嬉しそうに笑うと、ふんわり舞い上がった。スカートのすそがさらさらと揺れた。

また来るね。それ、よかったら食べて。作ってみたの、栗とゴルゴンゾーラのリゾットよ。秋らしいでしょ。

庭のモミの木の先まで登ったところで、ざしき童子は消えた。

それじゃ、かぐや姫でしょう。そうつぶやきながら、僕は庭石の上に置かれた、いい匂いのする白い皿を両手でうやうやしく押し戴いた。

コメント
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