お勝手で話し声、やがて御前さまの夫人が、
「この方のお子さんが 今日明日なの 行っておやり」
山国のきびしい生活は子供の身体にあらわれていて、中学生になっても小学生の体格、それでも五体満足ならいい、背骨の曲がってしまった少女がいた。
「ごめんなさい ごめんなさい」
白い顔が紅潮している、
「なんて 清らかなんだろう」
苦しい息で、
「あたし あたし」
「生まれてきてよかったと思ってるの 生まれてきてよかったと・・・」
「どうだった」
「だめみたい」
すると、老婦人は、
「男は つらくきびしい道を歩くんだよ」
「御前さまは あの子ならきっとやる やってくれる」
「一輪の花を 咲かせてくれる」
「法華経の花を 咲かせてくれる」
その夜、お墓にローソクが立てられた、
「ひとりでさびしいだろう」
その地方の習慣だった。
遠い・遠い日の春の夜・・・