ツルの日記

38歳からはじめたバレエ。49歳の今年はポワントでバリエーションを踊り動画アップがノルマです

今年の課題は柔軟性の向上

2007年01月21日 | Diary
バレエをはじめてちょうど2年になった。ほんとうに時間がたつのは早い!
まだとてもバレエには見えないけれど(もともとの骨格の問題もある)、以前から友人と先生に指摘されていた足を締めるという感覚がやっとわかるようになってきた。そしていわゆるインナーマッスルも多少使えるようになってきた(!?)


ここにきて私の課題は何より柔軟性の向上。やっぱダンスという限りは避けられない。でもなかなか思ったようにはやわらかくならない!足の柔軟性が足りないのはもちろん、肩関節、胸椎上部の柔軟性も改善したい!


そして昨日もいつもどおりキューバダンスのレッスンに行ってきた。ショーダンスはひたすら基本のムーブメント。骨盤を後ろにそらせるのはできるけど前側にはできない。腸腰筋の柔軟性か、股関節周囲の腱の問題か。筋肉は柔軟性が改善できるけど腱なら無理。でもそのあたりの筋肉が複雑に交差しているのでいろいろな角度からのストレッチが必要。さあどこまでできるでしょう。


ルンバは先週突然、「つま先、かかと、かかと、つま先」というのを習って驚いたんだけど、昨日は腕と肩の使い方がを徹底して練習した。最初は「何だろう」と思ったけど、途中で「あっ、これって最初のころ習った」(すごく注意された)と思い出した。結局1年できていなかった(笑)。


キューバに行ってルンバを見て、もともとそういうダンスとは知っていたけど「やっぱりえぐいな」と感じ(文化が根本的に違う!!)、続けるか迷ったんだけど、レッスン自体は体育会系でみんな必死にやってるのでキューバ人がみたら笑えると思う。まあ生徒に男性もいないし、ムーブメントはまだまだ習うことばかりなのでまあアフロキューバ系ダンスの基礎として気長に続けようと思う。
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百聞は一見にしかず

2007年01月18日 | Diary
1ヶ月以上もブログをほったらかしにしてしまった。
いまさらですが読んでくださってる方、今年もよろしくお願いします。


12月30日、キューバから帰国し、時差ぼけのまま両親の家に。そこで5年ぶりに米国から帰国した弟の家族とにぎやかに正月を過ごし、「さあ仕事」と思ったら父が救急車で運ばれた。「心筋梗塞かも、ご家族の方を呼んでください」ということで朝4時に連絡が。その後はばたばた。


結局心筋梗塞ではなく肺炎&胸膜炎だったのだけど、かなり重症でみていてつらかった。でも私より先に病院に駆けつけてくれた弟は涙目。そう、彼はとても優しい性格なのでとても動揺していた。母も明け方父に起こされあたふたしている。でも父が救急車で運ばれたのはこれで2回めなので必要なものやプロセスはてきぱきと片付けている。


自分でも冷たいと思うけどダンナの両親の入院が長かったので私はそういうとき妙に冷静なのだ。完全看護なのと、父の希望で私たち兄弟は何もしなかった。せいぜい母に毎日電話したくらいだ。それから病気の原因、検査、治療法をネットで調べた。


父は一週間抗生剤の点滴を受け様子を見たけどなかなか熱が下がらず胸水が増えて痛みで呼吸が困難だったので結局肺にチューブを入れ水を出すことになった。そうなると看ている母が動揺してくる。


胸膜炎は高齢者の場合通常肺がん等がんの合併症だけど、父は毎年人間ドックも受けていて原因となるようながんはない。弟は「がんではないか」とひたすら心配していたが、胸膜炎を起こす位になるならがんはすぐみつかりそうなもの、ということでその可能性はとりあえず排除。それに熱がでているので結核性かと思ったが、結核菌は検出されず。


父は(私たち兄弟も)もともと呼吸器系が弱いので抵抗力が落ちて肺炎がひどいのが問題だったようだ。要するに父の自力回復力にたよるしかなかったんだけどようやく先週後半から回復のきざしがみえはじめたということで、昨夜仕事の後両親の家に行き、今日2週間ぶりに父を見舞った。(今年から週3日勤務だけどこういうときは本当によかったと思う)


父はだいぶやせていたけど、顔がだいぶ元気になっていた。ごはんも食べられるようになった。明日はいよいよ肺のチューブを抜き、傷の回復が順調なら来週退院できそうだ。電話で母から「だいぶよくなってきたわよ」とは聞いていたけど、実際に父の顔を見て一安心。お見舞いなのか自分が安心したのかよくわからない。


病室は海が見え、リゾートホテルのよう。病気なのが本当に残念。でも母も弟はすぐ涙ぐんじゃって役に立たない、父は結構わがまま等、ほっとしたのかグチもでてくるけど入院当初の緊張感はなくなごやか。


逆に早く帰りなさいとせかされ早々に病院を出たけれど、帰りの新幹線の中で思わず涙がでそうになった。


いずれにしても元気な両親との時間はそれほど長くはないと実感。

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