ぬえの能楽通信blog

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『隅田川』について(その3)

2007-05-02 02:02:24 | 能楽
作物が大小前に据えられると、ワキが幕を上げて登場し、笛が「名宣笛」を吹いてその登場の情趣を高めます。

ワキは東国の一介の船頭さんで、装束も素袍上下という、能では位の低い役の装束を着ています(素袍の長い裾を引きずりながら、どうやって船を漕ぐんだ? という突っ込みはナシでお願いします。シテも足袋で長旅をしているんですから。。)。しかし舞台常座での名宣リは かなりシッカリ謡います。習物の曲でも軽い位のおワキの場合は、登場からそれほど重くは謡わない曲も数多くあるのですが、『隅田川』は おワキの役が船頭さんであっても重く謡われますね。曲の位への敬意というよりは、むしろこの曲の暗く重いテーマの伏線なのでしょう。前述したお客さまの不安感をかき立てる、という「仕掛け」が、流儀を越えて通底している証左なのだと思います。

名宣リでは、福王流のおワキでは「またこの在所にさる子細あって、大念仏を申す事の候」と「大念仏」がある事を言いますが、宝生流の場合はそれに触れません。その代わりに福王流にはない「この間の雨に水気に見えて候」という文句があって、川が増水している事を述べます。続く「大事の渡りにて候ほどに、旅人の一人二人にては渡し申すまじく候」と呼応して、やはりこれもお客さんに不安感を与える要因の一つになっているでしょう。曲に重要な「大念仏」を冒頭に説明する福王流と、あえてそれには触れずに、川が増水している、と短く説明するだけで、遠回しに不吉な印象を舞台に充満させる宝生流と。行き方の違いがとても面白いですね。この曲は、「不安」という軸線をずっと保ちながら、その理由がずっと解らないままに進行していって、ワキの船中の語リで突然のカタストロフを迎え、そしてそれがさらに意外な展開に発展していく、多重的な「仕掛け」があるから、ぬえは どちらかといえば宝生流のおワキのやり方の方が好きです。

名宣リを謡い終えたおワキは地謡の前に着座し、笛が鋭く「ヒシギ」を吹いて「次第」の囃子が打たれます。第二の登場人物「旅人」の登場です。

ワキツレの旅人は、これまたちょっとした問題を持つ役です。福王流ではこの役を「都人」としていて、東国にいる知人を訪ねて下向している途中、一方宝生流ではこの役は「東国の人」で、こちらは福王流とは逆に都での商用を終えて東国に帰ってきた人なのです。この役柄の違いは、着ている装束に端的に反映されています。いわく、「都人」の福王流では白大口に掛素袍、笠をかぶるという仰々しい姿なのに対して、「東国の人」。。つまり当時としては田舎の者である宝生流では素袍上下で、笠もかぶっていません。

ところが、現在では実際の舞台では上記とはちょっと違う演じ方がされています。すなわち、ワキツレが福王流の場合でもこの役は宝生流と同じく素袍上下の姿で登場するのです。なぜそうなるのか。一番大きな理由は、「都人」だというだけで立派な装束を着てしまうと、おワキとのバランスが取れない、という事でしょう。また素袍であれば頭には何もかぶらないのですが、掛素袍・大口の姿の旅人となると、これは笠をかぶるのが原則。そうなってしまうと、後にシテが船に乗ったときに、そのすぐ後ろに寄り添うように乗船するワキツレと、笠が重なってしまうのです。そんな様々な理由から、現在では「都人」であっても福王流のワキツレは素袍上下の姿で登場します。

もっとも素袍上下を着てしまうと、今度はワキと同装になってしまうのです。もちろんワキツレはワキよりも少し格を落とした装束を着るのですが、それにしてもまったく同じ姿になってしまう。シテの姿と「付く」か、ワキと同じ装束で「付く」か。先人は悩んだことでしょう。そして、最後にはシテに譲ってワキとワキツレは同装、ただし格に差をつける、という演出に落ち着いたのでしょう。かつて福王流のおワキを座付きとした観世流の謡本では、今でも大口姿のワキツレの姿を挿絵に見ることが出来ます。