
昨日のことだが、桜餅と草餅が容器に2個づつ入って売っていたので買ってきた。まだ1個草餅が残っていたのに気づき、今朝は久しぶりに茶を淹れて一緒に味わった。ここらに桜の花が咲くのは、早くても4月の初旬だったと思うが、毎年のことながらそんなこともはっきりとしない。TDS君に電話で聞いたら、今年の高遠の花の開花予想は4月3日だと教えてくれた。
昨年はcovid-19のせいで上京を諦めたが、その前の年は靖国神社で開花宣言が出た日に偶々そこにいて、報道関係者が1本の桜の周囲に蝟集しているのを遠くから眺めた。3月の19日から22日までの在京だったからその間のことだが、多分20日だったと思う。
そんなことを記した手帳があって、それには北原のお師匠と身延山の久遠寺へ出掛けたことも書いてあった。3月の24日のことで、富士川沿いの桜並木や久遠寺の見事な桜を思い出した。あの日も甲府盆地に入ると、信州で感ずるような大気の鋭さが消えて、和らいだ春の日射しに一足早い長閑な花の季節の到来を感じたものだ。神社仏閣を訪ねることは結構やってきたが、その中でも身延山久遠寺は寺ばかりか、山の中の門前町の雰囲気も含めて好きな寺の一つとしている。今年も師のお供をするにやぶさかではないが、さてお師匠、どうなさる。
膝元の高遠城の花見は、今年も花の下での賑やかな宴会は自粛が求められと思うが、詳しいことはよく分からない。牧場が20日に始まり、そのころも高遠城の花を遠く近くにに眺めることはできるが、気持ちは里から山へと移り、残雪の中で目にする木々の芽吹き、鳥の囀り、コブシの真っ白な花ときて、そしてようやく待望の山桜となる。
昨年はド日陰の大曲り、そしてさらにはテイ沢と、たくさんの倒木に手を焼かされ、手許の手帳には山桜のことには一言も触れていない。作業日誌を見れば分かるはずだが此処にはなく、手帳には5月20日にヤマナシの花が咲いたとあるだけだ。この花が先行し、コナシの花が咲くわけだが、やはり今年も6月前後だろう。
桜餅から、独り言が思いがけない方に行ってしまった。ともかくも、まだ花の季節を迎えるまでには日があるから、それまでには少しづつ活動を昼に移していかなければならない。
昨年は3月の3日に上へ行ってる。この1日前にはHALの診断をしてもらって、赤血球が少ない以外は体温が1度高いくらいで他は正常だと言われて連れ帰って来た。しかし、それで気が休まったわけではなかったことを覚えている。
こうして過ぎた年の春を思い出していると、ここには敢えて触れてないことも含め、いろいろとあったとしみじみ思う。
本日はこの辺で。明日は沈黙します。