昨夜は遅くまで本を読んでいたが、7時前に目覚める。いかにも春らしい天気。外に出て何かをしなければならないという気に駆られる。もう、牧場の仕事が始まるまでに1か月を切ったのだと、そういう思いもして。
思い付いて、物置の奥に放置しておいた自転車を引きずり出す。ちょうど10年前、東京を引き上げる際に持ち帰った荷物だ。2台の自転車と未だ整理のつかない古本の類だけが、愚かしくも情けない彼の地の余情とでも言おうか、捨てきれずに残ってる。
諦めかけていた「春咲く雪の下」
帰ってきたころはあまり働く気もなかった。だから、自転車に乗ってよく色々な所へ出かけた。一番利用したコースは天竜川の堤防に沿って北上する辰野町までの往復25キロだが、「3峠越え」と名付けて、家から高遠―杖突峠―諏訪湖―塩嶺峠―善知鳥(うとう)峠―辰野町―箕輪町、のコースに挑んだこともある。諏訪湖に行くと温泉に入るのがこれまた楽しみで、先行き不明の身を慰めるには一番だとこのコースもよく利用した。
この季節野の花といえば「犬フグリ」ぐらい
あれこれ思い出し考えながら1時間半ばかりを走る。明度の高くなった春の日が、天竜川の水面を照らす。川べりの柳の木々が芽吹くには少し早いようだが、「水ぬるむ」季節がまた巡ってきたのだ。北へ帰りそびれれてしまった鴨らしきが1羽、ひとむらの葦の葉陰の、そこだけゆるんだ流れの中に浮かんでいる。そろそろ田に出始めた人の姿も目に付く。黒々とした冬の田畑が、いつの間にか乾いた明るい黄土色に変わりつつある。雪をかぶった中央アルプスの山々でさえ、今日は澄んだ青い空に春めいて見えている。
やがて此処伊那谷でも桜の花が咲く。里の花と山の花を毎年二度楽しませてもらっているが、それでも明日は一足早い東京の花見に誘われて、行ってくる。