意を決して外に出て農作業に従事した。と言って、たいしたことはしていない。花壇の草を抜いた、耕しながら。風が吹いて寒くて、しばらくするうちに、指先が悴んで感覚がなくなってしまった。
意を決したのは、目白さんが食べる蜜柑が食い尽くされてしまっていたから。慌てて、また小蜜柑を半分に切り裂いて、これを梅の木の枝に刺してあげた。目白さんはよろこんだ。次々にやってきて腹を満たしたようだった。その後で草取りにかかった。草取りのほかにも、日が暮れるまで、あれやこれやの細かい仕事をした。満足した。
これだけでよかったんだ。さぶろうが満足するにはこんなことでよかったんだ。プランターや鉢に植えた幾種類もの花たちにも、肥料を遣り水を撒いてあげた。さぶろうを待ていてくれるのは、残念ながら人間ではない。物言わぬ植物たちである。
ぐっすりだった。炬燵の中で座ったままの居眠り。小半時で目が覚めた。いい気持ちがする。しめしめ。読書に親しんで、ここで珈琲タイムをする。東京とらやの最中が一個。小豆の餡がおいしかった。めでたさも中くらいなりおれが春。一茶のように名句は詠めないが、おらが春にも中程度のおめでたさが付帯している。まんざらではない。玄関先の花壇にクロッカスの黄色い花が２輪だけこんにちはをしている。
① わくわくすることがあったらいいなあ。
② ほんとはいっぱいあるはずなんだけど、今朝のさぶろうはわくわくしていない。
③ どうしてなんだろう？ ぬぬぬぬぬ？
④ 息を吸って吐いて生きているんだし、目で見て耳で聞いているんだし、わくわくすることだらけのはずなんだがな。手があって足があるんだし、ハートもあってエモーションもあるんだし。わくわくしていい条件はすべて揃っているんだけどなあ。
（外は小雪がちらちらしているだけ）
⑤ さぶろうは炬燵の中で外を見ながら、じっとしている。
⑥ わくわくすることって向こうからこっちへ歩いて来てくれるものなのかな？ それともこっちから歩いて行って、捕虫網みたいなもので、よいしょと捕まえるものなのかな。
⑦ どっちでもいいから、とにかく、わくわくしたい。ほがらかになりたい。幼子のように顔を紅潮させてきゃっきゃっと飛び跳ねていたい。
⑧ 過去にあった楽しいことを思い出したらいいのかな。これから先に訪れて来るものを待っていたら、そんな気分になれるのかな。
⑨ 「いま此処で」という具合にはいかないのかな。いま此処にいることが最高にわくわくすること。これが真理であって真実なんだけどな。
（やっぱり小雪がちらちらして舞って、寒いだけ）
⑩ もしかしたら、さぶろうの胸の内に熱い「love」があったら、これまでの疑問はたちどころに泡になってしまうものかもしれない。
（さぶろうの胸の内でいまにも消えてしまいそうにしている「love」のストーブに薪を加えて、全身全霊が暖かくなるまで、とにかく燃やそう。生きているってもっとわくわくすること、そのはずなんだ）
何か端緒が欲しいなあ。ここを飛び出して駈け出していく具体的現実がほしいなあ。
ゲットセット！ ド～～～ン。スタート！
ふう。溜息を漏らす。さぶろうは大草原にいる。人間をしている。初めは足の短い犬の数匹に追いかけられていたが、金縛りに遭ったようにしているばかりで、防御策がまるで打てない。吠えられているばかりだ。そのうちそれが狼になり、歯をむき出して襲いかかってきた。それでも逃げられない。それが昂じて最後は前後左右から図体のあるイグアナに攻め立てられて、とうとう背中の肉を食いちぎられてしまった。万事休す。ぎゃあああ、あああ。そこでやっと目が覚めた。夢とは言え、溜息ふう、だ。疲れた。寝ていてもこうやって夢を見せられて逃げ惑っている。ぶざまだ。
怯えの感情がこれでまた一つ洗い流されて、去って見えなくなり、消えて行った。夢は浄化法だ、と思うことにしよう。洗い流して、消して、浄化して、さぶろうは明るい方へ朗らかな方へ一歩一歩進んで行っている。
雪片が横軸にふうらふうら浮遊している。水平運動ばかりではなく、下から上へ浮き上がってもいる。降っているというさまではない。風もないのであろう。空は青いし、日も射してきた。そう寒くはなるまい。とかなんとか言いつつ、さぶろうは炬燵の中でしっかりからだを縮めている。新しい週が明けた。新しい活動をもくろもう。
