11月14日(木) ○ 就航 高気圧に覆われ穏やか
11月15日(金) ○ 就航 貨物船入港
11月16日(土) ○ 就航 条件付き、無事に入港
11月17日(日) 日曜運休
11月18日(月) × 欠航
11月19日(火) × 欠航
―――(ここから予想)―――
11月20日(水) × 欠航
11月21日(木) × 欠航 南西からの風が強く、無理かも・・・
11月22日(金) ○ 就航 貨物船入港
11月23日(土) ○ 就航
11月24日(日) 日曜運休 高気圧に覆われ、穏やかですが・・・日曜運休。
11月25日(月) × 欠航 再び冬型配置、波が出てくる。
11月26日(火) × 欠航
11月27日(水) × 欠航 冬型配置はこの日まで。夕方から波は穏やか?
11月28日(木) △ 就航(就航確率60%)4割は欠航の可能性あり
私は気象予報士ではありません。気象庁や波高予想、2年前、去年のパターンなど様々なデータを収集し、予想してみました。万が一、外れても私に責任は持てません。悪しからず。
広報あおがしま11月号です!!
トップページの写真は、わが故郷の山口県下関市の三菱造船で行われた進水式の様子でした。
今の還住丸は119トン。来年の1月からは499トンの大きな船に引き継がれます。
小さな還住丸は黒潮を横切るのに、客室はぴょんぴょん飛び跳ねるので、横になったほうが楽です。今度の新しい船は揺れることはあまりなさそう。快適な船旅になるかも知れません。
今度の新しい船は「あおがしま丸」と命名。実は、今の還住丸が出る前の船も村営「あおがしま丸」。
木の葉のようにゆらゆら・・・沖合では欠航になってもおかしくないくらいの白波。昔はこのような状況でも、無理やり就航し、当時は短かった旧堤に寄港。
今だったらちょっと波が出たくらいで安全航路のため欠航するので、信じられないほど。
1940(昭和15)年、市町村制が敷かれ、八丈青ガ島ではなく地方自治体の「青ヶ島村」が置かれたときの人口は407人。
中学のときから長年の憧れだった青ヶ島へ上陸できた1999(平成11)年当時は200名ちょっと。ところが、今は165人に減ってしまいました。
今のご時世、伊豆諸島最南端、絶海の孤島なので就職できる場所がなく、やむを得ず本土へ行っているかも知れません。村役場は比較的若い人が多く、1つの課にいくつか兼務しているので、多忙になっているようです。都会は1つの課にその課に関する仕事なんですが、青ヶ島村は総務課と産業建設課、事業課の3つしかありません。住民票や戸籍に関するところは「市民課」、国民健康保険に関するところは「国民健康保険課」、介護保険は「介護保険課」だけど、青ヶ島は全部まとめて「総務課庶務民生係」。カウンターは1つしかなく、用件を伝えれば担当している人が対応という形になります。広報を作っているところは、たぶん庶務民生係かな??1人の職員がいくつかの仕事を兼務しているので、ものすごく大変かも知れません。日本一秘境の村役場だから、さそがし暇なんだろうと思ってはいけませんっ!!