プロ野球 OB投手資料ブログ

昔の投手の情報を書きたいと思ってます

冨田勇

2019-03-16 23:23:23 | 日記
1984年

「もうミエハルなんて呼ばないでくださいよ」-胸を張って先輩にこう訴えているのは冨田勇。昨年、大宮高から入団した2年生だが、ウエスタンで最下位に低迷している阪急にあってキラリと光る存在に成長した。「どうしてなんでしょうかねえ」と、冨田は急成長の秘密を聞かれて恥ずかしそうに笑った。ルーキーの昨年は0勝1敗で防御率は5.70。ファームでもまったく目立たない存在だったが、ことしは早くもチーム最多の5勝をあげ、目下ファームのエース。「秋季キャンプで、生まれて初めて肉体の限界に挑戦したことがいまの結果につながっているみたいです。それに、同期の榎田には負けたくない意地もありますからね」榎田を抜きジュニア・オールスターにも選ばれて順風満帆の冨田に悩みがあるとすれば、それはミエハルというニックネーム。「昨年はいわれても仕方なかったけど、ことしは困ります」と断固、返上。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

依田政彦

2019-03-16 21:26:37 | 日記
1984年

依田政が岡本監督ら首脳陣の目をクギ付けにしている。ことし、米国アーバイン大学を中退し、近鉄入りした異色サウスポー、シーズン終了後の教育リーグで、メキメキ頭角を現してきた。「依田はおもしろい。コントロールはまだまだだが、あいつのチェンジアップは上(一軍)で使えるよ」中継ぎでもう一枚左腕が欲しいと嘆いていた岡本監督は、この依田の急成長に目を細めている。そんなわけで、10月26日から宮崎県日向市で行なわれる秋季キャンプが、来季一軍入りのステップ台だ。得意のチェンジアップに磨きをかければ、来春のオープン戦一軍デビューも夢ではなくなるだろう。「早く上で投げたい。今度の秋季キャンプで制球力さえつければ・・・。とにかく頑張ります」と表情を引き締める依田政。かた言しかしゃべれなかった日本語もピッチング同様、流ちょうになった。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

佐々木幸男

2019-03-16 21:07:53 | 日記
1961年

阪急ブレーブスは二十日午後四時大阪梅田の航空ビル内レストランシルバーでノンプロ東北電電公社出身の佐々木幸男投手(19)=金足農高卒、右投右打、身長1㍍76、体重74㌔=の入団を戸倉監督、木地相談役立ち会いのうえ、宮田体表補佐から正式発表した。佐々木投手は高校時代の昨年夏の県大会予選でノーヒット・ノーランの記録をつくっている。またことしの都市対抗東北予選の優勝戦では常盤炭鉱に敗れたが、1安打に押える好投をみせ、本格派投手として将来を期待されていた。

佐々木投手の話 阪急は投手がいいという評判だから、みんなの指導をうけて一日も早く一軍に出たいと思っています。入団した以上はチームのエースを目標にがんばるつもりです。

阪急戸倉監督の話 ものすごく球が速いそうだ。正統派で球が速いということは将来が楽しみだ。一応変化球も投げられるそうだが、いろんな球を投げる必要はない。得意のストレートに制球力をつけるようにすればよい。まだ若いのだから勉強することはたくさんあると思うが、できるだけ早くプロになれることだ。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

杉本喜久雄

2019-03-16 20:45:51 | 日記
1962年

オープン戦二度目のマウンドを踏んだ杉本は、左腕の成長株である。この杉本が好投した。「要は自信をつけることだ」と門前監督はいっているが、この日のできはこうした精神面でも大きなプラスを引き出したといえる。杉本はことし二年目。一見ヌーボーとして「この二年組がいちばん図太い」と藤村コーチを困らせたひとりだ。昨年の対巨人戦で七回を投げ抜いたが、それもこの強心臓がモノをいったらしい。ピッチングも一応マスターし、ただスピード感がとぼしかった。しかしことしの杉本はこの点でも大きく進歩している。「ちょっぴりノビが出た。腕が上から出たからだ。コントロールを乱したのは上体が突っ張っていたためだが、呉の近鉄戦よりよかった」と野崎コーチも目を細めている。「はじめはスピード感をつけるようにといわれていたので、スライダーとシュートを軸にした。球としてはスライダーがよかったが、シュートもストライクにならないまでもコース近くにうまくいった」好投の杉本はケロリとしてこう答えた。そして「ヤッパリ直球のスピードですよ」とニヤリと笑った。門前監督も「フィニッシュのキレを注意しているが、徐々に効果がでている」と杉本の成長に満足そうだった。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

黒田能弘、西条勝男

2019-03-16 18:02:44 | 日記
1961年

近鉄バファローは十六日午後二時から大阪市阿倍野の球団事務所で西条勝男外野手(18)=岩手県盛岡高、1㍍80、77㌔、右投右打=とさきに巨人を自由契約になった黒田能弘投手(21)=北見北斗高=の二選手の入団を発表した。西条外野手は盛岡高入学の一年から四番を打ち、三年間県下のベスト・ナインに選ばれ、通算打率3割9分7厘を打ち大洋、国鉄からもさそわれていた。昭和十八年五月二十三日生まれ、背番号68。
黒田投手は三十四年巨人に入団、三年在籍したが、日の目をみず、ことしかぎりで巨人を自由契約になった。近鉄では別当監督、野口コーチが藤井寺球場でこのほどテストし採用が決まったもの。身長1㍍80、体重74㌔、右投右打、昭和十五年六月十五日生まれ、背番号64。

黒田投手の話 藤村さん(元阪神)の引退試合では竹下君とバッテリーを組んだ。多摩川でいつもいっしょだった。球速は前より乗っているし、肩は三年間こわしたこともないので、自信はある。落ちるシュートをマスターし、第一線に出られるよう一年生のつもりでがんばる。

西条選手の話 プロ野球はテレビでしか見たことがありません。プロでやりたいと思っていました。投手もやったことはありますが、肩と走ることには自信があります。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする