プロ野球 OB投手資料ブログ

昔の投手の情報を書きたいと思ってます

原口哲也

2019-03-21 04:45:57 | 日記
1986年

「原口の器は大きいよ。あとはその大きな器にふさわしい中身だね」というのは西二軍投手コーチ。なるほど、うまいことをいうものだ。原口の器の大きさは、その独特の球質にもうかがわれる。速球が、右打者の場合、内角はシュート回転、外角はスライドして、まことに打ちにくい。こういう球をシンでとらえるには相当の技術がいる。そう、第二の東尾なのだ。球質が素直では、揺さぶり型の投手にはなりにくい。その点、原口は大いに有望なのだ。この原口、肩、ヒジを高校時代に故障、プロでの将来性に疑問符をつけるスカウトが多かったが、西武は敢然と指名した。「私たちの仕事は、プロで活躍できる逸材を取ること。高校時代どうこうは関係ない」こう語るのは浦田チーフスカウト。故障があったって、治してから素質を開花させればいいじゃないか。スカウティングは長期的展望に立つべし、これが西武の基本方針なのだ。原口は、シーズンの3分の2は治療に専念。投げ始めてからまだ3ヶ月だ。「投げることがこんなに楽しいとは、思ってもみなかったですよ、ホント」と原口はうれしそうに語ってくれた。西武の試合を見に行くと、原口はいつもバットの片付け役。そんな辛い日々を送ったあとのピッチング解禁。そりゃ、うれしいはずだ。さて第二の東尾、球質以外ではどんな特長を持っているだろうか。まず、ヒジの使い方がうまい。つまり、ヒジの使い方がうまい。つまり、ヒジが柔らかいのだ。だから、腕がムチのようにしなり、打者の手元で伸びるボールが投げられる。ただ、このムチのようなシナリのフォームにビシッと決まるときはいいが、腕が棒のようになると、打ちごろの球になってしまう。「その点、まだまだ完全とはいえないんだな。それに、あんまり東尾、東尾っていわないでよ。東尾だって若いときは攻撃的なピッチャー。初めからかわすんじゃなく、攻めて打ち取る投球をしなくちゃ」というのも日野二軍監督。原口は今シーズン終盤に2試合だけ、投げた。「感触はいいです。やはり、打者がいて初めて野球なんですねえ」と原口。故障ー筋力トレーニング→投球練習を経て、やっとたどりついた実戦のマウンド。その気持ち、わかる、わかる。「速球、カーブ、シュート、スライダー、持ち球全部を投げましたよ」西コーチによれば、いくら怒鳴られても平気な平左の図太い神経の持ち主。大きな器に立派な中身を、早く盛ってほしいものだ。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

長南恒夫

2019-03-21 03:59:54 | 日記
1961年

長南投手といっても知る人は少ない。珠玉のような素質を持ちながら、中央球界に遠い無名のチームに育ち、埋もれてきたからだ。長南が生れたのは千葉県の館山市、東京湾に臨む船形という漁師町だ。長南は館山市が生んだ二人目のプロ野球選手である。もっとも先輩は松竹ロビンスに入り、一年半ばかりで煙のごとく球界から消えてしまったので、彼が大成すれば館山の生んだ最初のプロ野球選手と呼称してもよいだろう。では地元館山は長南ブームにわいているだろうか、いや、そこは静かな波の音がきこえるだけだ。たまりかねた近所の人が「後援会を作ろう」と申し入れたが「いや、まだ激励会で結構です」と長南が受けつけなかった。地味で堅実な彼らしい話である。長南と無名チームとの結びつきはまず安房水産入学とともにはじまる。安房水産は県大会の二回戦でいつも敗退する弱小チーム、もっともここで彼の左腕がさえ、三年生のときは四回戦まで進んだ、四回戦で佐原一高に敗れたわけだが、そのとき長南が投げあった相手が城之内(巨人)だった。「安房水産在学中、千葉商付属とやって三振18とったことがあります。もっともこれもスクイズで1点入れられてまけてしまった・・・」高校を出た長南が入社したのは永幸工場。これは川口市の鋳物工場で従業員二百人のいわゆる中小企業、ただ社長の中瀬さんが大の野球狂で部員二十人の野球部があった。「試合をしても1対0とか2対1で勝ったり、負けたりしているチームなんです。でも野球をする環境では最高じゃなかったかな。家族的で和気あいあいとしていましたからね」この永幸工場というのは小粒でもピリッとしたチームだった。長南のワンマン・チームで同じ埼玉県の日通などは長南の好投でずいぶん苦しめられたものである。だから日通も長南に「ウチにこないか」とずいぶんさそった。だが長南が去ればチームはガタガタになる。だがその野球部もことしいっぱいで廃止という時がきた。後援者の中瀬社長の健康がすぐれないからだ。そして長南も鈴木監督(元東映)の線で巨人、中日の手をふり切って東映入りとなったのである。「ヒノキ舞台で投げたのは日通の補強選手で後楽園に出たのが一回きりです。でもどんな大観衆の前でもユニホームを着ればシャンとしてあがらないでしょう」無口でおとなしい長南もここだけは大きな声でハッキリいった。酒はビールをコップに一杯、煙草は日に二、三本、いかにもボクトツな好青年といった印象だ。得意はカーブ、1㍍78の長身からビュンビュンとほおるこれからの成長株である。

宮沢スカウトの話 体力もあり左投手としてはコントロールもよく、スピードも申し分ない。尾崎君とおなじく来シーズンは十分活躍してくれると思う。長南君の加入で数少ないうちの左投手陣も強化された。これで理想的なピッチング・スタッフができあがったと思う。

永幸工場 鈴木監督 長南君は素直でおとなしい性質の好青年だ。フォームも素直でいいし、球も速い。それに左腕だがコントロールも乱れない。ただこのままプロで通用するかどうかはやはり春のキャンプの修練にかかると思う。たとえばシュートがこれもいったん身につけたものを全部バラバラにしてやり直さなくてはだめだ。それに投球が単調だから投球のコツを修得しなければならない。また球が軽いのでもっと体重をつけた方がいいと思う。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

池辺巌

2019-03-21 03:22:42 | 日記
1961年

中心の池辺投手は体格にめぐまれ、投げれば投げるほどよくなる本格派だ。とくに外角低目を突く速球は重くて威力があり、ときにタイミングを崩すゆるいアウドロが同じコースに決まるし、内角にも入る。

注目の池辺投手はもうすっかり出来上がっている。彼がレギュラーバッティングで登板するとさすがに各選手も遅れ気味。体重が3キロふえたせいか、持ち前の快速球に一段のすごみを加えてきたようだ。またシュートの切れもよく、外角の速球がこれでさらに威力を増してこよう。一試合平均の被安打3.6、三振11、四球3、自責点0.8、防御率0.790という成績が示すとおりA級の力投派だ。ただ彼の欠点は立ち上がりいつもよくないことだ。力みすぎるためだが初回で勝負が決まることの多い甲子園では十分注意せねばなるまい。十九戦無敗、九州のホープだ。

投手はことしの春の選抜大会でも騒がれた池辺が健在。こんどの長崎県大会、西九州大会で28イニング投げ、自責点2、与えた安打16。速球とシュートをおもにしてときおり投げるカーブも鋭さを加えてきた。ただ、あまりコーナーをねらいすぎてかコントロールにもう一つかける。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする