1965年
勝利投手賞のビール二ダース、電気カミソリが須崎の手に押しつけられた。「とっておいてくれよ」勝利投手渋谷からの贈りものだ。次から次へとさしのべられる太い腕。勝利投手賞をかかえて握手を受けた。いまにも泣きだしそうな口もと。昨年暮れ、近鉄を自由契約、そして産経に拾われたいままでの苦しみが胸の中をかけめぐっていたのだろう。「小淵さんが代打に出たとき、次はぼくだと思いました。打った球?外角、シュートだったと思います。ねらっていたんですよ。その前内角を攻められたので、次はアウトコースだと確信していました」ゆっくりと、ひとことひとこと、味わうようにいった。吹き出る汗をぬぐおうともしない。「何年ぶりだろう」ポツンといった。近鉄入りした三十七年の初安打は、南海の杉浦から奪った本塁打。デビューは花やかだった。「二打席目だったと思います。二年目の春、左足首を骨折して・・・」苦難の道はそこから始まる。多摩高時代から関根(近鉄ー現巨人)の熱烈なファン。東京生まれの東京育ちだというのに在阪球団の近鉄にはいったのも、関根といっしょにプレーしたいためだったという。川崎の関根選手宅に日参して、やっと入団したものの、故障、そして自由契約。ハデなデビューに似合わぬさびしい退団だった。「去年の暮れだって、まさかクビになるとは思っていもいなかった。でも、関根さんがやめてしまって・・・。お前もクビだというので・・・」とおりがかりの豊田が声をかけた。「どうや、ワシのいった通りやってよかったろう」豊田のアドバイスは「バットを短くもて。あとは死に物狂いでボールに当てろ」という乱暴なもの。「でもあれで気分が落ち着きました。トヨさんのいう通りにしたんですよ」こわばった横顔にやっと笑いが浮かんだ。前日決勝のホーマーを打った同室の福富が、須崎の横をウロウロしながら「よかったな、よかったな」とくりかえしていた。「14号室は連日ヒーローづいているな」というナインのことばに二人は顔を見合わせた。
勝利投手賞のビール二ダース、電気カミソリが須崎の手に押しつけられた。「とっておいてくれよ」勝利投手渋谷からの贈りものだ。次から次へとさしのべられる太い腕。勝利投手賞をかかえて握手を受けた。いまにも泣きだしそうな口もと。昨年暮れ、近鉄を自由契約、そして産経に拾われたいままでの苦しみが胸の中をかけめぐっていたのだろう。「小淵さんが代打に出たとき、次はぼくだと思いました。打った球?外角、シュートだったと思います。ねらっていたんですよ。その前内角を攻められたので、次はアウトコースだと確信していました」ゆっくりと、ひとことひとこと、味わうようにいった。吹き出る汗をぬぐおうともしない。「何年ぶりだろう」ポツンといった。近鉄入りした三十七年の初安打は、南海の杉浦から奪った本塁打。デビューは花やかだった。「二打席目だったと思います。二年目の春、左足首を骨折して・・・」苦難の道はそこから始まる。多摩高時代から関根(近鉄ー現巨人)の熱烈なファン。東京生まれの東京育ちだというのに在阪球団の近鉄にはいったのも、関根といっしょにプレーしたいためだったという。川崎の関根選手宅に日参して、やっと入団したものの、故障、そして自由契約。ハデなデビューに似合わぬさびしい退団だった。「去年の暮れだって、まさかクビになるとは思っていもいなかった。でも、関根さんがやめてしまって・・・。お前もクビだというので・・・」とおりがかりの豊田が声をかけた。「どうや、ワシのいった通りやってよかったろう」豊田のアドバイスは「バットを短くもて。あとは死に物狂いでボールに当てろ」という乱暴なもの。「でもあれで気分が落ち着きました。トヨさんのいう通りにしたんですよ」こわばった横顔にやっと笑いが浮かんだ。前日決勝のホーマーを打った同室の福富が、須崎の横をウロウロしながら「よかったな、よかったな」とくりかえしていた。「14号室は連日ヒーローづいているな」というナインのことばに二人は顔を見合わせた。
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