唐史話三眛

唐初功臣傳を掲載中、約80人の予定。全掲載後PDFで一覧を作る。
その後隋末・唐初群雄傳に移行するつもりです。

国に背く

2006-08-16 09:05:43 | Weblog
「なんて馬鹿な事をしたんだ」

「あいつは蛇のような執念深い奴なんだぞ」

「そんな事をしているから君は出世しないのだ」

太常卿權輿は、友人の徐晦を責めていた。

「憑とは俺も親しい、しかしこういう時は知らぬ顔をするのが官界の掟だ」

京兆尹楊憑が、中丞李夷簡の弾劾にあって遠隔地に左遷となった。

前任の江西での悪質な蓄財がとがめられたのだった。

日頃は門前に市をなすほどの賑わいだった友人達も

左遷となると誰も見送りにきていなかった。

ただ徐晦だけが藍田まで見送っていったのだった。

その光景を夷簡は家の陰から密かにみていた。

数日後、人事異動があり晦は一躍監察御史に昇進した。

しかも推薦者は夷簡である。

「処罰されるならともかく、推薦してくれるとは?」

いぶかりながらも晦は上司である夷簡の所に御礼の挨拶に出向いた。

厳酷で知られる夷簡は、晦を見て言った。

「君は自分の利益をかえりみず、逆境の友人に背かなかった」

「そういう君であれば国に背くことはないだろう」
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怯懦

2006-08-15 08:59:24 | Weblog
龐の將呉約が和州城に来寇したのは咸通九年十一月のことであった。

刺史崔雍は賊軍が迫るのをみるやたちまちに賊に嘆願した。

「城中の財宝や女は好きにしてくれ、ただ城は占領せずに見逃してくれ」

賊將はなかば呆れて言った。

「まあそのほうが面倒がなくていいがな」

「しかし官僚共は腰抜けだな」

崔雍と約は城樓上で共に宴会を開き約束を固めた。

「儂とその一族の財産には手をださんでくれ」

「兵隊どもは勝手に処分してくれてよいよ」

と雍はおろおろとしながら頼んだ。

賊軍は城内に乱入し、手当たり次第に掠奪・強姦を始めた。

守備兵八百人はすべて斬られた。

そして雍の財産を除き、すべてを奪うと賊は城を棄てて立ち去っていった。

そして雍は一族・財産とともに安全な潤州に逃げ出していった。
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催促

2006-08-14 08:31:04 | Weblog
四月の初め、宰相達は困惑していた。

「おい、成徳の公主が怒っているぞ」

「留後への任命が遅いので、自ら入朝してお願いすると言ってきた」

「無茶言うなよな、まだ一月しか経っていないんだぞ」

「あの婆さん、気位が高いから、すぐでなかったのが気にくわないのだよ」

咸通七年三月成徳節度使王紹懿が死んだ。後継は兄の子景崇である。

半分自立している成徳のことだから継承はすんなりと認められる。

自立して数ヶ月で留後に、半年後ぐらいに節度使になるのが慣例である。

しかし成徳へ降嫁した壽安公主にとっては嫡孫である景崇が慣例どおりで
あるとは承服できなかった。

「わらわの孫じゃ、皇帝にとっても一族にあたる」

「母上が生きておられれば、こんな薄情なことはなさるまいものを」

どんどん思いがつのり、老軀をむち打って入朝しようとしていた。

成徳の幕僚達にとっても悪い話ではないので止めはしなかった。

「来られたらうるさいし出費だ、早く任命してしまえ」

いそいで宰相達は景崇を留後にする手続きに入った。
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自主帰郷

2006-08-13 08:09:43 | Weblog
「三年で交代っていう約束だったじゃないか」

「もう六年にもなるぞ」

「こんな暑苦しいところにはあきあきした」

「はやく帰ってかあちゃんにあいたいよ・・」

「俺の顔が子供にわからなくなっているだろうぜ」

雲南蠻に備えて桂州に駐屯する徐州兵の兵舎

六月の炎暑とともに不満が渦巻いていた。

もとより食い詰めて兵隊になった連中であり、根は盗賊とかわらない。

徐州に帰ったとて職があるわけでもないが

やはり家族や知り合いには会いたい。

ところがいっこうに交代にならない。

最初のうちは給与はでるのだから失業よりはましと思っていたが

「おい趙佶聞いたか、また一年延びるんだとさ」と龐

「なに!、俺はもうがまんならんぜ」

「観察使の崔の野郎、交代の経費をけちってため込んでいやがるんだ」

「俺たちは一生戻れないかもしれんぞ」

「なんと言われてももう帰るぞ」

八百人の徐州兵は一斉に離脱して徐州へ戻り始めた。

制止した都將はたちまち殺された。

桂州観察使は転任で不在であり、他の駐屯軍はなにもせず見送った。

咸通九年、唐を揺るがした龐の乱が始まった。
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末世

2006-08-12 08:37:20 | Weblog
「なんという皇帝だろう、父の宣宗皇帝とは大違いだ」

京兆尹の温璋は嘆いた。

「治療にミスがあったとしても、一族まで投獄するとは」

懿宗とその愛妻である郭妃は娘の同昌公主を溺愛していた。

夫であるというだけで韋保衡もたちまちに宰相に登用されたくらいである。

その娘が重病にかかり、皇帝夫妻は狂気のように心配した。

医師達も必死で治療したのであったがどうすることもできなかった。

公主が死ぬと、皇帝は見境なしに医師達二十数人を殺した。

さらにその親族三百人を投獄し、処刑しようとしたのであった。

「これでは法もなにもあったものではない」

と宰相劉瞻が諫めると、たちまち関係者もろとも左遷になった。

温璋が強く諫めると

「朕は皇帝だ。朕が決めるのだ。余計な口はきくな」
と皇帝は激怒し狂乱した。

「もう唐も終わりだ、こんな世に生きていたくはない」

璋は左遷の通達をまたずに毒を仰いで自殺した。
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わからぬ

2006-08-11 08:50:25 | Weblog
石演芬は西域の胡人、武勇に優れて朔方軍の将として李懷光に仕えていた。

奉天の役、懷光ははるか河北より駆けつけ皇帝を朱の包囲から解放した。

演芬も必死に走り、戦った。

ところがである。

「なに、殿が反逆者の朱に通じておられる、そんな馬鹿な・・・」

「連合して陛下を攻めることに・・・」

「なんのために、この間まで戦ってきたんだ!」

將士の間ではうわさが沸騰していた。

朴訥な演芬にとってはすべてが理解できなかった。

そこで周囲の薦めにより皇帝に通報することにしたが

その疎漏な行動はすぐ懷光の知るところとなった。

「おまえは。なぜ儂に背く、恩を感じないのか」と懷光

「皇帝の恩を受けながら背く殿が、なぜ俺を責めるのか」と演芬

「これにはいろいろと訳があるのだ」

「俺のような胡人にはわからぬ、わかるのは俺は賊ではないいうことだけだ」
と演芬は言い放った。

激怒した懷光は
「バラバラに切り刻んで食ってしまえ」と命じた

しかしなにか割り切れぬものを感じている將士は

忠烈の士として遇し一刀で首をはねて埋葬した。
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宰相暗殺

2006-08-10 09:24:07 | Weblog
元和十年六月未明、まだ真っ暗な長安の街

入朝しようとした宰相武元衡達の列を十数人の賊が襲った。

「やれ、元衡と裴度を討ち取れ」という叫びが

宰相の列とはいっても武装もしていない数人の供

賊の勢いに怯えてたちまちに逃げ散った。

賊は元衡を馬から引きずり下ろし首をとった。

「よし宰相はやった、度は俺がやる」

「お前らははやくずらかれ・・」と賊首

そして溝に転落した度を斬ろうとせまった。

その時、度の供である王が果敢に賊に組み付いてきた。

「くそ、お前もぶった切るぞ」

その時

「何事だ、何が起こったのだ!!」

街路を警護する金吾兵が近づいてくる気配がしてきた。

賊は組み付いている王の腕を斬り捨て走り去った。

急報を聞いて皇帝は驚き激怒した。

「京師で宰相を襲わせるとは前代未聞だ」

京師に戒厳を張り、家宅捜索を徹底したが

捕まったのは下っ端ばかりであった。

「王承宗のやつか、李師道のやつだ」

憲宗には討伐を主張する元衡達を除こうとする
成徳・平盧のたくらみであることがわかっていた。

「ゆるさんぞ、絶対討伐の方針は絶対変えん」

皇帝はただちに生き残った裴度を宰相に抜擢した。

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落馬

2006-08-09 08:36:48 | Weblog
「いっちょうやるか」と董重質

「腰抜け官軍共、お公家さんを脅かしてやろうぜ」

「宰相の捕らえて引き回すのもおもしろいぜ」

淮西軍の陣中は大いに盛り上がっていた。

近々の敗戦はあったが、まだまだ官軍を呑んでいる

官軍による淮西征討は敗戦の歴史だ。

今回は本気らしく、宰相裴度が自ら総大将となってきた。

すこし落ち込んでいた淮西軍の志気はかえって盛り上がった。

翌日、度が陣地の工事を視察に現れた。

突然周りの草むらから潜んでいた淮西兵が斬りかかる

周囲の官軍はたちまちに逃げ散った。

「お逃げください」さすがに度の従兵は宰相を逃がそうとした。

度は乗りなれてない馬を必死で走らそうとする。

淮西兵はそれをめがけて切り込んでくる。

度は落馬し、溝に転げ落ちた。

「もうだめだ、やられる」

その時、田布が率いる魏博軍の精鋭がなだれこんできた。

さすがに一時の驚きがすぎると官軍は多い。

忠武兵も必死に盛り返してくる。

「深入りするな、もう十分だ」と重質は下知した。

淮西兵はたちまちに撤収していく。

泥まみれの度は溝の中から茫然とそれを見送った。

「なかなか難しい・・・・」
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奇襲

2006-08-08 08:07:05 | Weblog
「蔡州!」

「蔡州といったのか?」

「まさか本気か・・・・」

李愬の兵達に戦慄が走った。

淮西を攻めること四十年。

官軍は敗北を続け、近づいたこともない蔡州城

愬はそこを襲撃すると命令したのだ。

横なぐりの吹雪がつづく張柴の村であった。

強襲して駐屯していた淮西兵を潰滅させた後

「五百はここを守れ」

「五千は俺と共に蔡州を攻める」

と愬は命令した。傍らには李祐の姿が。

「はたして祐の計に嵌められたか」と監軍は呻いた。

前の戦で淮西の勇将祐を捕らえた。

祐は残虐で、官軍の憎しみの的だった。

諸将は、当然だだちに誅殺になると期待していた。

ところが愬は祐を優遇し、二人でひそかに謀議を重ねていた。

「祐など信用できるか・・・」と諸将は思っていた。

「ここまで深入りしてしまったのだ、行くしかないぞ・・」

諸将や監軍達も逃げ帰ることなどできないことはわかっていた。

祐は言った。

「蔡州城はがら空きだ」

「官軍が攻め寄せてこれるなどとは夢にも思っていない」

「精鋭は郾城にすべて出払っている」

「いくぞ」と愬は馬を走らせた。

たちまち激しい吹雪がそのすがた隠した。

「蔡州・・・へか!」監軍達は必死で馬を走らせた。
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宦者の死

2006-08-07 08:45:24 | Weblog
宝応元年三月李輔国の讒言により配流されていた高力士が赦された。

蛮族出身の宦官とはいえ、僻地の黔中での生活は身にこたえていた。

玄宗皇帝の信任を得て、開元・天寶の40年間を切り回していた栄華が戻るわけ
ではないにせよ、また玄宗上皇の元に戻ることができる事は雲にも昇る気持ちで
あった。

「早く京師に戻り拝謁したい」

「李輔国も死に、上皇はさぞお喜びであろう」

力士は老齢にもかかわらず旅を急いだ。

しかし山間の道を抜け、揚子江沿の州にたどりつくのにも数週を要した。

そしてそこで待っていたのは

「急ぐことはない、上皇はすでに崩じられた」という報せであった。

無理に無理を重ねていた力士には致命的な報せであった。

「あの世でお仕えすることにしよう」

鄙びた州の一隅で、老宦官は吐血し息絶えた。
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捨て駒

2006-08-06 08:52:26 | Weblog
安禄山の乱、豫州城はひとり敵中に固守していた。

しかし長期の籠城により食糧はつき危機に瀕していた。

「よく脱出してきた、大変だっただろう」と進明

「殿、豫州では半年の籠城で食がつき。婦人や子供の肉を食べています」

「今ではそれも尽き、あと少しで餓死する所です、一刻も早い援軍をお願いいたします」

将軍南齊雲はガリガリにやせて気力だけで立っている

いつまでもこない援軍に危機をつげるため、必死の思いで脱出してきたのであった。

「ご苦労、さぞ腹が空いているだろう、さっそく宴会を開こう」

河南節度使賀蘭進明は愛想はよいが、軍をだそうという気配はない。

あと少しで大反撃が始まるのだ。ヘタに突出して動くと損害が大きい。

豫州には気の毒だが犠牲になってもらうしかないという腹だ。

齊雲は泣いて訴えたが聞かれず、怒りのあまり指を食いちぎり進明に投げつけた。

そして引き留めをふりきって?陽にもどっていった。

十月、飢餓により豫州は落城した。

弱り切っていた守將張巡や齊雲らは捕らえられ殺された。

十一月、総反撃が始まり東都は回復され、賊は敗走した。

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黒鴉軍

2006-08-05 08:40:13 | Weblog
「こんな兵どもじゃあ、いつまでたっても京師回復は無理だ」

「敵がくれば逃げる、隙をみつければ放火略奪するし」

「指揮には従わず、物欲だけは強い」

「良民を捕まえて、敵に食糧[人肉]として売りとばすしまつだ」
河中節度使王重栄は嘆いた。

「黄巣軍のほうがよほどましですぜ」
と義武節度使王處存

「食いつめ者の集団だからな」と都統王鐸

「敵に突撃して穴を開ける集団がいないと」

「穴さえあければ、この雑軍でも数がきいてくるのだが」と重栄

「都監、なにか方法はないのですか」

「ないことはないが」と楊復光はつぶやいた

「しかし、後が大変だが・・・」

「沙陀!」

河東北辺に住む蛮族の沙陀

その首領李克用は反逆者として追討されていた。

黒衣の騎兵集団であるその軍の強さは近隣に鳴り響いている。

「毒には毒をか・・・」

復光は決断して克用赦免の使いを出した。

中和三年六月、克用の率いる黒衣の沙陀軍は南下し、
黄巣軍を一蹴して京師を回復した。
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監軍の奢り

2006-08-04 08:45:46 | Weblog
「誰が節度使なんだ」

「宦官風情が勝手なことをしゃがって」

「配下の連中もしたいほうだいですよ」

昭義軍の中では不満が渦巻いていた。

節度使劉悟は李師道を裏切って帰順した將である。

そのため朝廷にはひけめがあり、監軍劉承偕の命令に忠実に従ってきた。

ところが承偕はどんどんつけあがって、悟を無視して勝手に命令を下すよ
うになってきた。

「野郎、殿を陥れようとしていますぜ」

「磁州刺史の張の奴がくっついて、代わりに節度使になろうとしています」

配下の將達からの注進ががあいついだ。

「しかたがないやるか」

「情勢は有利です。幽州や成徳・魏博が独立して朝廷はこちらの討伐どころ
ではないでしょう」

悟は配下に軍乱をおこさせ、張を斬り、承偕を捕らえて牢にぶちこんだ。

皇帝はそれを聞いて狼狽した。

「承偕は母のお気に入りの宦官だ。救ってやるしかない」

「現在、昭義を伐つ余裕はありません」と宰相達

まもなく武寧でも王智興の反乱が起こった。

しかたなく新しい監軍を送り、事態を追認することにした。

その後、悟は朝廷の命令に従わなくなり、自立の構えをみせること
になった。
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正義は勝たず

2006-08-03 08:30:57 | Weblog
「お助けください」

毛若虚は肅宗に謁見されるやいなや訴えた

「ここを出て行けば逮捕され、刑死するのは確実です」

側近の李輔国もまた若虚をかばった。

「若虚は私の指示にしたがって取り調べただけなのです」

「中丞達は結果が気にくわないので、罪に落とそうとしています」

輔国配下のものが不法を重ね。

民の訴えをうけて地方官が死刑にした事件があった。

かえって輔国は地方官のほうを罪におとそうとし、

中丞崔伯陽達の御史臺が納得しないため、

若虚に命じて罪をでっちあげていた。

激怒した伯陽の追求をうけて帝前に逃げ込んだのであった。

「よしよしここへ隠れておれ」と皇帝は言い、伯陽を呼んだ。

伯陽は入ってくるやいなや、若虚を指さし批判した。

「こいつが拷問をして罪をでっちあげたのです・・・」

「他にもこいつは法を曲げ・・・・」

しかし皇帝はうんざりしていた。

輔国の顔色は極めて険しい。

「また一荒れありそうだ」

軟弱で輔国に頭があがらない帝にとっては嫌ななりゆきである。

「わかった、もうそこまでにせよ」と帝

しかし伯陽は徹底的に若虚を叩くつもりであった。

ついに「いいかげんにせよ」と帝は切れた。

かえって流罪となったのは伯陽等御史臺の面々であった。

帝にとって法より輔国の機嫌のほうが大切であった。
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娘を売って

2006-08-02 08:28:32 | Weblog
反乱している魏博田悦が昭義軍の臨<めい>城を攻囲して数ヶ月がたった。

守將の田<はい>はよく防禦していたが、さすがに兵の損害は多くなり、
食糧も欠乏してきた。

<はい>は兵達の戦意が急激に落ちてきたことをひしひしと感じていた。

「援軍も物資も届かない」

「軍功に報いる金帛もつきてしまった」

「このままでは裏切り者がでて落城は間違いない」

限界が迫っていると感じた<はい>は將士を集合させた。

「皆は必死で戦ってくれているが、私にはそれを報いる方法がない」

「未婚の娘が一人いる」

「この娘を売って、多少とも皆に報いたい」

<はい>をしたう将卒は驚愕した。

「誓って戦い抜きます。そんなことはしないでください」

將の決意を知って戦意は再び高揚した。

やがてやってきた援軍とともに敵軍を大いに破った。
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