「どこで(貸本屋)やってもいいの、どこでもワタシがいるところが“こみち書房”よ♪」と微笑む美智子さん(松坂慶子さん)(@『ゲゲゲの女房』)に、唐突に『仮面ライダー龍騎』のOREジャーナルを思い出してしまいました。HPの社員紹介でなぜか最後まで裸ネクタイだった大久保編集長(津田寛治さん)、事務所立ち退かされて花鶏に転がり込んだときも「オレとパソコンがあれば、いつでもそこがOREジャーナルだ。…コンセントどこスか?」と意気軒昂でしたね。
『ゲゲゲ』、今週のこみち書房顛末は、“貸本業界の衰退”と“雑誌の勃興”“それぞれ(しげる、深沢社長、こみち一家…)の戦争の傷”に“PTAの漫画バッシング”、おまけに“東京オリンピック”“オリンピック景気による地価上昇”“東京郊外における野犬問題(?)”まで入れ込んで、昭和39年当時の社会情勢に、村井一家とご近所付き合いのプライベートなエピソードを無理やり融合させたので、若干駆け足で詰め込み気味でした。
特に世間知に長けている設定でもない、遠方から嫁いできた子育てビギナー晩婚主婦で、まー言ってしまえばちょっこし手先が器用でノッポなだけが目立つ点と言えば言える布美枝さん(松下奈緒さん)がここまで容喙するかぁ?と思う場面も多々ありましたが、そんな中、こみち旦那政志役の光石研さんの演技力はキラリ光りました。
「アナタずっと自分の人生にもワタシにも、向き合ってくれないじゃない…背中でワタシを責めてる…ねぇ、なんとか言ってよ(涙)」と美智子さんにかき口説かれながら「…出てくる。」と背を向けた2日(金)の場面は、松坂さんの30年来変わらない“美人女優さん演技”とも相俟って、一瞬『蒲田行進曲』の銀ちゃんの“風采地味な版”に見えたりもしました。
遠く境港のイトツ修平お父さん(風間杜夫さん)が見たら、「なんだコイツ、鉢巻きすりゃ夜店でたこ焼き売ってるアンちゃんによくいる顔じゃねぇか、売れてんのかぁ?」と一蹴するだろうがね(@ますます『蒲田行進曲』)。
政志さんから見れば“たまたま近隣に住む、従軍体験者としてグッとくる戦記ものを描く、片腕失うくらい戦争で傷を負ってるのに‘損してると思ったことはない’とサラリ言う不思議な漫画家先生”程度にしか見えていなかったはずのしげる(向井理さん)を、妻に責められ帰宅しづらいときに「もう一度話をしてみたい相手」と思って足を向けてみるのはチョット無理やりが過ぎるのでは…と思うのですが、野犬に吼えられ泣いていた藍子ちゃんを慣れない格好で抱っこして「大丈夫だ!」と来られると、つい“アリかな”と思ってしまう。それくらい光石さんの、“鬱屈かかえて、でも打開策を模索するだけの真摯さ、人生投げてなさ、傷心の妻や老母(佐々木すみ江さん)への思いやりはあって、それゆえモジモジ”演技にリアリティがあるのです。
原案のリアル水木しげるさん夫人・布枝さんのエッセイ本や、BS‐hiでのインタヴューによれば、水木さん、『ガロ』(劇中では『ゼタ』)に寄稿するようになった頃から、作風が明るく、わかりやすい面白さになっていったらしい。ドラマ内でも、しげるさん得意の、紙芝居期以来の妖怪ものに関しては「怖~」「気味悪~」という反応で、一貫して「漫画のことはよくわかりません」と論評めいたことは控え、ひたすら創作執筆に打ち込む夫の姿勢だけをリスペクトしてきた布美枝さんが、「私も笑って読むんですけれど、世の中のおかしなことや、間違っとることを気づかされてる気がする」「ゼタに描かせていただいとる漫画、大好きです」と、積極的に感想を言うようになりました。
敏腕美人秘書の郁子さん(桜田聖子さん)にドンブリ勘定をたしなめられながらも、原稿料をケチらない嵐星社深沢社長(村上弘明さん)のおかげで、「これもおもしろいぞー!(布美枝の胸の原稿バッグドスン)」としげるさんも最近ますますポジティヴです。相変わらずズボンの膝が抜けて穴あいているけど、夏用のシャツはグレーの見たことないヤツとか出てきたので、たぶん安来の飯田家由来と思われるミシンで安価な生地を工面し布美枝さんが縫ってくれるぐらいの余裕はできてきたかな。
政志さんが抑留仲間による吊るしあげの悪夢を振り切り、持ち前の技能を活かして電気工として再起する決心をかためてくれて、持てるだけの仕入れ本を積んで、転職先の千葉でもう一度こみち書房をと旅立っていった美智子さん。妻子のため襖張りの下請けになるべく帰阪した中森さん(中村靖日さん)、筑豊の炭鉱町でならもう少し稼げると言った音松親方(上條恒彦さん)、「本を扱う仕事だから、ほかの仕事よりは楽しいんだ」「カネができたらまた少しずつでも返す」と製本工場で働く富田(うじきつよしさん)など、戦後の文化の一時代を担い立ち会った人たちが、ひとりまたひとりとしげる夫婦の周りから去って行きます。
置かれた立場、立場で、精一杯努力したが下り坂にならざるを得なかった人たち、もっと言えば、努力する機会すら与えられず無念に死んで行った人たちの、骸を踏み台に上り坂に乗って行く者が課される哀愁、花と嵐を、今週のしげると妻・布美枝に、あるいは深沢社長や、彼にスカウトされマスコミ界キャリアウーマンの草分けになって行く郁子さんらに感じることができれば良し。
実年齢1952年生まれ57歳の松坂さんと、61年生まれ48歳の光石さん演じる先輩ご夫婦が、82年生まれ28歳の向井さん、85年生まれ25歳の松下さん演じる後輩ご夫婦に「背中を押してくれた」と感謝して退場する物語。向井さんの、ヨゴレや翳りのカケラもないまま“飄々”で貫く方法論がこれほど活きた週もないでしょう。“酷い目に遭った筈なのに、なんかこたえてない風の、こういう人もいるんだなあ”という所感が、こたえている人を、「こたえますねぇ」と同情してくれる人以上にチカラづけてくれることもある。
しげるとしては、雑誌に活路ができて貸本漫画に頼らなくてもいい幾許かの余裕が生まれたからこうなったわけではない。無念に死んで行った人々に比べれば、生きて帰った自分らは幸運だと思うから、「貧乏でも、好きな漫画を描いて生きておれるのですから、自分をかわいそうがるのはつまらんことです」と端然と言い切れる。
その境地に到達するまでに果てしない茨の荒野があったはずですが、向井さんのしげるは、巷で受けている威勢のいい戦争活劇漫画を「あんなものは戦争ではない」と断じたときに色をなした程度で、あくまで“飄々”のまま。
向井さんの芸風が“熱”“猛”でなく、“涼”で“淡”なのが、このドラマの基調を決めている。リアル水木しげるさんの作風や持ち味の濃さに思い入れ深い人には賛否あるかもしれませんが。
“社会史”と“私生活”の結び付け方が、ちょっと無理スジだったけれども、重要なエピを盛り込んだ週だったと思います。政志さんに復員後も深いトラウマを残したのが、抑留側のソ連軍の虐待暴行ではなくて、同じ日本人抑留者仲間の“手に職があるからっていい思いしやがって”というやっかみによる差別リンチだった…という種明かしも深かったですね。本当に怖い敵は、いつも味方の中にいるのです。
さて、唐突に思い出したOREジャーナルつながりというわけでもないけれど、来週第15週から、大手出版社漫画雑誌『少年ランド』編集部員として、『龍騎』の須賀貴匡さんがレギュラーインするようです。マスコミ関係の役は久しぶりではないかしら。奇遇ですな。昔の少年漫画誌と言えば、本線の漫画のほかに、巻頭カラーで宇宙ネタや秘境ネタ、心霊、オカルトネタなど小さいお友達の喜びそうな記事ページも結構たっぷりあったのですが、『少年ランド』に“謎の金色のザリガニを見た!”なんて特集はないのかな。