さほど肩入れしてハッピーゴールを願っていたわけではないけれど、いずみちゃん(朝倉えりかさん)とアシスタント倉田くん(窪田正孝さん)の別れのラストはじんわり良かったですね(@『ゲゲゲの女房』)。
おばば=野際陽子さんのナレーション「こうして、いずみの長い夏休みが終わりました。」で、ちょっと早いけれど自分の夏休みが終わったような、じんわり淋しい、でもかけがえのない思い出で心のポケットがふくらんだ充実感も混じった、温かい気持ちになりました。そうだ、これは“夏休み”だったのだ。
父親の号令で、出産する姉の手伝い、でも内心はかねて夢見ていた東京に滞在できてひそかにウキウキ。しげる義兄さん(向井理さん)の仕事への厳しい姿勢にひととき反発を感じ、布美枝姉ちゃん(松下奈緒さん)の静かな覚悟と根性に改めて敬意を抱き、漫画雑誌編集部の男臭い喧騒に興奮、ゼタ編集部郁子さん(桜田聖子さん)の颯爽たるキャリアウーマンぶりに憧れ、そして倉田との出会い。最悪な第一印象から、秘めた不器用な優しさを知り、一人前の漫画家を目指す努力を知り、さざ波のようなときめき、逡巡、苛立ちと傷心を経て、ささやかでも確かな気持ちの確かめ合い。
学期と学期の間のそれではなく、大人への階段の、踊り場のような夏休み。東京のはずれの調布の、姉の嫁ぎ先と義兄の仕事場を取り巻く、ごく小さなミクロコスモスのような世界への、1年少々の短期滞在でしたが、愛ある少数の人との交流は、大都会の第一線で慌しく揉まれる以上に、いずみには貴重な成長体験だったのではないでしょうか。
何より「私はまだまだ甘ちゃんだね」と自覚し、仕事に生きるのはカッコいいとか、仕事のために家族を構わないのは冷たいとか、旦那の稼ぎをあてにする主婦はつまらないとか、人がそれぞれの境遇でぎりぎり考えて選んだ生き方をどうこう論評する前にまず「私が前に進まないと」と地に足をつけたのが最大の成長でした。
このドラマの主人公はあくまでも布美枝ですが、布美枝がすでに選択してそこにあり、迷いなく守っている家庭・夫の仕事といった状況を、初見の、それも人間としても女性としても迷いざかり発展途上の、若いいずみに見せて反応させることで、鏡に映すように布美枝の覚悟・料簡を浮き彫りにする。仕事がなく原稿料も途絶えがちで赤貧洗うが如しだったしげるに“来るべき時”が来た先々週あたりから、“あとは昇り調子の夫の仕事を見守り、子供を産んで育てるだけ”の単調なお話になってしまう可能性もあったのですが、いずみを使ってうまいことストーリーに起伏を与え、回り回って布美枝さんを「目立たないけどやっぱりすごい、偉い」と思わせ輝かせました。
ゼタの部数を伸ばし大きな雑誌にする絶好のチャンスだった大手出版合併話の破談で、辞表を出し深沢社長(村上弘明さん)と訣別した郁子さんについて、いずみは「意外と冷たいね、幻滅した」と失望をあらわにしましたが、布美枝は、対照的な人生を行く郁子さんの選択を自分と重ね、“仕事に生きる人は、仕事のために、好きな人とも別れなければならないことがある”と察し、「お二人ともつらい思いされただろうなあ」とつぶやきました。
郁子さんにとっての仕事に匹敵する何かがもし自分にあったら、そのために自分は夫と袂を分かてるだろうか。捨てる、別れる選択ではなく、守り、踏みとどまる選択を貫いてきた自分。声高には言わないが、布美枝さんは“覚悟のある人”だから、郁子さんの覚悟を透かし見ることができたのです。
自分から何か新奇なことをやって見せるわけではない、言わば保守・維持型のヒロインの、こういう形での劇中の輝かせ方もあるんですね。
「仕事が大事か…私にはようわからんわ」といずみは白旗気味でしたが、一番大切な何かを死守するために、同じくらい大切なほかの何かを、涙をのんで手放さねばならない決断のときが、いつか、何らかの形で、彼女にも来るはずです。いまはそのための準備のとき。
“倉田さんにはいまは漫画家修業が一番大切なものだから、それに専念させてあげて、かげながら応援してあげるのが最大の好意の表現”と気づくことができたご褒美に、倉田くんからこの世にたった一枚の、自筆の肖像画がプレゼントされました。布美枝姉ちゃんの、しげるさん筆の一反木綿像のように、手作り額を作って飾っておくといいことがあるかも。
そう言えば布美枝実家のきょうだいたちも女友達も軒並み見合い結婚で、いちばん奔放ガールだったユキエお姉ちゃんも、親に内緒のボーイフレンドはいたけれど、気の進まないお見合いから逃げるときは、彼氏と手に手をとってではなく叔母ちゃんの家だったし、序盤から概して“恋愛色(しょく)”、恋愛体温のうすい、いまどき珍しいドラマではあったのです。未熟な、でも気だてのいいピュアな若者同士の、青春の教科書のようなほのかに甘ずっぱい心のかよい合いは、夏休みで在宅視聴の学生さんや小さいお友達にも親しめる、微笑ましいアクセントにもなったと思います。
名残惜しそうだったスガちゃん(柄本佑さん)だけでなく、雄玄社北村さん(加治将樹さん)もいずみちゃんにぞっこんだったはずですが、帰郷を知ったら残念がるだろうなあ。『鬼太郎』TV化決定の報、電話でなく走って知らせに来れば会えたのに。
いや、彼がいないからいずみちゃん、倉田くんと2人差し向かえたわけだから、いなくてよかったんですけどね。村井家、もとい水木プロ、駅から遠いし。走って来たら汗びしょで絵的にも暑苦しいし(酷)。