有名人がらみの事件が初めて裁判員裁判になったということで、別にもうどうでもいいやと思っていた元俳優の押尾学被告の名が、またぞろ新聞紙面やネット上を騒がせているようです。
単に違法薬物に手を出しちゃったというだけなら、「いけない事をしました申し訳ない反省してます」「迷惑をかけた関係者、ファンや家族に深くお詫び」「二度とやりません」「芸能活動は無期限自粛か引退、地味に社会奉仕とかして償います」で執行猶予ついてチャンチャン手打ちになるのでしょうけれど、今回は人ひとり亡くなってますからねえ。被告としても、どんなに反省謝罪フレーズでくるむとしても「やりました」とは軽々に認めるわけにいかないのでしょう。
先日ラジオ音声で聴いていた、何局の何番組だったかコメンテーター、たぶん声質から八代英輝弁護士ではないかと思うのですが、“保護責任者遺棄致死”という罪状は“保護責任”“遺棄”“致死”の3つの要素が揃って初めて成立する、つまり一般的には乳幼児や、歩行・認知などが困難な高齢者、身体障害者、知的障害者等を“保護する責任のある”親や家族が、必要な監督や介助などを“故意に”放棄して、その放棄が主因で死なしめてしまった(つまり、放棄さえしなければほぼ間違いなく生存できた)ということが客観的に立証できてやっとこさ有罪になるのだそうです。
大人の健康な女性に、初めてでも強制でもなく合意の上でクスリやらしてラリラリにさせて、裸でコトをいたしてる最中に心停止してしまい、速攻救急車呼ばずにジャーマネにSOSして、どうする?どうする?で結局救急車が来る前にずらかっちゃったというのが“ほごせきにんしゃ・いき・ちし”に相当と認められるかどうか。亡くなった女性が当該薬物に関して、“気持ちよくはなるけれどこんな致命的なリスクもある”をどの程度認識した上での“合意”だったのか、あるいは“提案されるままある程度クスリも付き合わないと、モテモテのイケメン俳優くんが構ってくれない(もしくは、ホテル代や酒食、洋服ジュエリーやブランド品等の見返りが期待できない)”的な、“やわらかい強制性”があったのかなかったのかみたいな話になったら、女性のご遺族がいたたまれないだろうなという気もします。
まーーーとにかく、「売れっ子気取りのろくでもないオレ様男が、いっときのわずかばかりの知名度とカネ回りにもの言わせてろくでもないことやってる中で、快楽ツールぐらいにしてた異性がひとり死んじゃった」という、誰が聞いても“ろくでもないのカッタマリ”みたいな案件を、法律で断罪し、法律にのっとって量刑せんとしたら、えらく面倒くさい手間ヒマとカネ(=裁判費用)がかかるもんなんだなという印象。
結局、10人いたら10人、100人いたら100人が“ろくでもない”と思うであろうことでも、“ろくでもない”だけじゃ罪にするのがむずかしいみたいな話なのです。
「こんなやつ、ちょっと有名になったと勘違いして世の中舐めたマネしてただけなんだから、どっか新聞にもTVにも目の届かないところにやっといて、一生顔も名前も出ないで忘れられてくれればそれでたくさんだよ」「刑務所で血税でメシ食わして、更生したのしないのってムナクソ悪いよ」と片付けるわけにはいかないのかな。
とりあえず、せっかくドラマ復帰した元妻の矢田亜希子さんが“こうやってまたぞろ取り沙汰されてる間はまともに芸能人できない”と、いちばんイライラしてるでしょうね。