土日の磐越西線の撮影を終え、月曜は1日年休を取っているので、どこかの末端駅へ向かうことにしました。
仙台に泊まったものの、朝起きたのは7時で朝寝坊状態。当初気仙沼など北部へ行く予定でしたが、6時台に仙台を出ないと夜までに東京へ戻れないため旅程を変更、結局午前中は白石蔵王で新幹線の撮影をし、午後に郡山からいわきへ向かい、末端駅である常磐線の広野駅へ向かうことにしました。
タイトルに「福島第一至近」としていますが、実際には20数km離れており「至近」とは言えませんが、鉄道駅としては最も近い駅(部分復旧している原ノ町が29km、広野は26kmとのこと)なので。
1年半ぶりにいわき駅に到着、人通りが多いのか少ないのか微妙なところです。
3-4番ホームに並ぶ415系1500番台の久ノ浜行と広野行。久ノ浜行の電車から下校の高校生が下車して一時的に混雑しましたが、すぐに閑散と。
広野行電車で北上。車内は高校生が2~3名と一般客数名程度、ほとんどが草野・四ツ倉で下車していきました。
四ツ倉を出てトンネルを抜けると東側に太平洋が広がる。美しい久ノ浜の海岸だが、国道沿いの建物は一部がなくなっていました。撮影でこの道も汗かきながら歩いたものですが、途中で立ち寄ってジュースを買った販売機はなくなっていました。
途中の久ノ浜駅で下車。駅舎は右側の古い瓦屋根の便所も含め大丈夫そうでした。
駅から徒歩2分ほど海側の街へ出たのですが、土台を残して壊滅、一面の更地になっていました。津波とともに火災で焼け野原になったとのこと。
1年半前に寄った時に超カワイイ店員さんがいたので覚えている駅北側の国道沿いにあるセブン。この辺の国道あたりまでくると建物は大丈夫とのこと。
広野駅に到着。下りホームを使わずに、上り線路脇に仮設ホームを作っていたのは、代行バスの乗り継ぎ時の混雑を考慮してのものでしょうか?しかし代行バスがここより北へ走ることはなく、乗り継ぎ客で混雑することもありません。
駅前へ。広野駅で下車したのはもう27年前になりますが、その後も車で2回ほど寄っていますので、駅舎や周囲の景色は覚えています。
この広野駅は福島第一原発の警戒区域までわずか4kmの地点で、ここより北へは線路は絶たれ、人の立入りも制限されています。
(地図は福島県のサイトより引用)
いわき市をはじめとした福島県の浜通り地方は、震災の起きる半年前の2010年9月に3回撮影に来て以来、約1年半ぶりの訪問です。
浜通りの地域は美しくも淋しい独特の雰囲気があるのですが、震災以降は淋しいが悲しいに変わったまま、全く前が見えない日々が続いています。