小学校6年生の春。
音楽の授業で「小川の四季」という歌を習った。
音楽の授業は通称「コバトキ」というおじさんの先生で、すごく怖かった。
でも彼の音楽にかける情熱は幼心にキャッチしていたので、「まあしょうがないよね」と生徒も素直に従っていた。
「朧月夜」の2フレーズ目からを自分で作曲しろ、などという高度なことを求められ、「滝廉太郎じゃないし・・・」と戸惑いながら、頑張ってついていった。
ハチャトリアンの「剣の舞」で踊れという難易度の高いことにも我々は応えようとしたが、彼の求める水準には達していなかったようで、6年3組のみんなは悉く「そうじゃない!!」「この曲に何も感じないのか?」と怒られていた。
そうそう。
「小川の四季」である。
ぽかぽか春の日差しに
谷間の雪もとけだして
ぽとぽと落ちて集まり
チョロチョロ歌って流れ出す
ランランどこまで行くんだろう
ルンルンゆかいなたびです
だんだんふえてく仲間が
ワイワイガヤガヤにぎやかに
コバトキは何を思ってか、この歌を一人ずつ前に出て歌えという。しかもアカペラで。
小学校6年と言うと、変声期を迎える男子もちらりほらりいる頃である。
Z君という、私の幼馴染もその一人だった。
「ぽかぽか春の日差しに」までは普通だった。
しかし「谷間の雪もとけだして」の部分は、声が裏返ってしまった。
「あれ、おかしいなあ」
と首をかしげながら、それでもZ君は歌を続ける。
「ぽとぽと落ちて集まり」は普通に、「チョロチョロ歌って流れ出す」で再び、裏返ってしまった。
彼は奇異な感情を以って自分に集中する見えない視線に顔を真っ赤にして、尚も歌い続けようと必死だった。
クラスメイトたちは、笑ってはいけないと牽制しつつも、肩を震わせながら下を向くのがやっとだった。
コバトキは、このとき、クラスの静かなざわめきを感じていたはずだった。
しかし怒らなかった。
「続けろ」とも「止めろ」とも言わなかった。
うしろの席から、ただ、Z君の声に耳を傾けていた。
これは大人になってから思ったのだが、きっとコバトキも変声期を体験したはずだから、Z君の気持ちを分かっていたのではないだろうか。
自分の声が変わっていく。
少し前まで歌えていた歌が自分の声ではない音になって出る奇妙で切ない感覚を。
春が来る度に、春を象徴する「ぽかぽか」という語彙を聞くたびに、私はちょっと笑い、そして泣きそうになる。
変声期の残酷さ、そして歌い続けたZ君の素直さ、コバトキの眼差しに。
音楽の授業で「小川の四季」という歌を習った。
音楽の授業は通称「コバトキ」というおじさんの先生で、すごく怖かった。
でも彼の音楽にかける情熱は幼心にキャッチしていたので、「まあしょうがないよね」と生徒も素直に従っていた。
「朧月夜」の2フレーズ目からを自分で作曲しろ、などという高度なことを求められ、「滝廉太郎じゃないし・・・」と戸惑いながら、頑張ってついていった。
ハチャトリアンの「剣の舞」で踊れという難易度の高いことにも我々は応えようとしたが、彼の求める水準には達していなかったようで、6年3組のみんなは悉く「そうじゃない!!」「この曲に何も感じないのか?」と怒られていた。
そうそう。
「小川の四季」である。
ぽかぽか春の日差しに
谷間の雪もとけだして
ぽとぽと落ちて集まり
チョロチョロ歌って流れ出す
ランランどこまで行くんだろう
ルンルンゆかいなたびです
だんだんふえてく仲間が
ワイワイガヤガヤにぎやかに
コバトキは何を思ってか、この歌を一人ずつ前に出て歌えという。しかもアカペラで。
小学校6年と言うと、変声期を迎える男子もちらりほらりいる頃である。
Z君という、私の幼馴染もその一人だった。
「ぽかぽか春の日差しに」までは普通だった。
しかし「谷間の雪もとけだして」の部分は、声が裏返ってしまった。
「あれ、おかしいなあ」
と首をかしげながら、それでもZ君は歌を続ける。
「ぽとぽと落ちて集まり」は普通に、「チョロチョロ歌って流れ出す」で再び、裏返ってしまった。
彼は奇異な感情を以って自分に集中する見えない視線に顔を真っ赤にして、尚も歌い続けようと必死だった。
クラスメイトたちは、笑ってはいけないと牽制しつつも、肩を震わせながら下を向くのがやっとだった。
コバトキは、このとき、クラスの静かなざわめきを感じていたはずだった。
しかし怒らなかった。
「続けろ」とも「止めろ」とも言わなかった。
うしろの席から、ただ、Z君の声に耳を傾けていた。
これは大人になってから思ったのだが、きっとコバトキも変声期を体験したはずだから、Z君の気持ちを分かっていたのではないだろうか。
自分の声が変わっていく。
少し前まで歌えていた歌が自分の声ではない音になって出る奇妙で切ない感覚を。
春が来る度に、春を象徴する「ぽかぽか」という語彙を聞くたびに、私はちょっと笑い、そして泣きそうになる。
変声期の残酷さ、そして歌い続けたZ君の素直さ、コバトキの眼差しに。
