そのことが頭の中をぐるぐる回って別な思考の邪魔をするので、記します。
「桜を見る会」が、「総理大臣の独断で来年から中止になった」件。
「桜を見る会」にまつわる不正の話は私が重ねて言うまでもない。
今もいろいろ前後のあれこれも含めて総理周辺は言い訳しているようだが、そもそも話の中心である「桜を見る会」というイベントが存在することじたいの問題ではないはずなのに、なぜ総理大臣が自らの保身のためだけに、独断で「中止」にできるのだろう。
幕引きのつもりなのか。納得できることではない。
シンプルに、このことだけでもおかしい。
誤魔化し、目を逸らさせたい、話題の核心になることから逃れたいという、無責任以外の何物でもない。
こんな輩に国のことを任せておいていいはずがない。
憲法に手をつけようとするなど、もってのほか。
おそらく現総理にとって「緊急事態条項」っていうのは、こういう種類のことで、しかもこれだけ理不尽なことなのに、「私の判断です」と無意味に胸を張るわけだ。本当の非常時には、絶対にこんな輩に力を与えてはならない。
マスコミもなぜ大本営発表のようにその「決定事項」を、あたかもなにがしかの考え方からすればあってもいい正当なことであるかのように、ただ垂れ流すのだろう。
他に徹底的に叩くべきものが多すぎるにしても、だ。
それよりも怖いのは今決まりつつある貿易協定の改悪にどれだけ問題があるか、この国はわかっているのだろうかということだ。たとえば、国民健康保険の危機なのである。日本市場がアメリカの傘下になっていくのである。目を瞑ってただアメリカにひっついていることで延命してきた総理大臣のあがきの巻き添えになるのは、御免である。アメリカとの議事録も開示せず、資料の日本語訳も怠り、国会もちゃんと開いたとは言えないまま、たいした審議もしないで決めていいはずがない。
誰もが感じているように、おかしいことをおかしいと言えない世の中というより、誰かがおかしいと言い自分もそう思って口にさえしているのに、他人ごとのようにスルーしているこの現状が、最悪であることだ。
ここしばらく下り坂をゆるゆると緩やかな自殺に向かっているようであったこの社会が、激しく急降下の段階に入っていることに、いい加減気がつかなければ。
写真は本件に関係ありません。ずいぶん久しく行っていない店を懐かしんでアップしただけです。毒消しの意味の掲載です。