Blog of SAKATE

“燐光群”主宰・坂手洋二が150字ブログを始めました。

民主主義に基づいて行動しよう

2022-07-09 | Weblog

稽古場に入る直前に、ある親しい報道の方から「散弾銃 安倍うたれ 心肺停止」と、短い連絡が来た。ほんの数十秒テレビを観て、「冷静さが大切だと思う」とだけブログに記した。

稽古が終わるまでは情報を追いかけられなかったし、帰宅したときは12時以降になっていた。

安倍首相の死について発言することはしないと決めた、という人もいた。いろいろな言説もネットなどで読ませていただいた。確かに、言葉が出にくい。人が死んだのだから。

ただ、これは声を大にして言いたいが、「弔い合戦」という言い方には、違和感しかない。それは違うだろう。安倍氏のしてきたことは、ほとんど全てが、間違っていた。私は彼の「功績」など、まったくないと思う。

「同情票」という言説を促進する動きがあるなら、それも断固として拒否すべきだ。国民の一票は、香典代わりではない、絶対に。間違っていたことは、間違っていた、と言うべきだ。死んだからといって、安倍氏から繋がる現自民党政権を批判するのを控えることは、間違っている。

民主主義に基づいて行動しよう。

今は、選挙期間なのだ。

今回の事件は、「暴力による言論封殺」なのか? 安倍元首相は、何事も言いたい放題だった。 そして、彼の政治理論は、「暴力・武力」を、肯定していた。憲法を無視して「武力による抑止」を言い立てた。安保法制を敷き、国民の表現の自由を奪った。人事権を握って官僚を抑圧し操作した。自殺者も出た。日本経済を破壊しそれまでにない貧困層を作った。貧困による死は数えきれない。

沖縄では反基地闘争に対する「暴力による制圧」を行った。安倍元首相自身が、暴力を肯定していたのだ。そして安倍氏を受け継ぐ政権は、ウクライナでの戦争について平和的な解決に働き掛けることなど一切せず、「危機」をあおり、他国を挑発し、自国の軍備増強に利用した。

おそろしいことだが、安倍氏の悪政は、一切裁かれていない。このまま彼の死によってうやむやにされることは、断じて許してはならない。そういう意味でも、彼に死んでほしくなかった、という言い方は、理解できる。

安倍氏の襲撃犯が「政治性をおびた動機ではなく、個人的恨みによるらしい」という報道も出てきている。容疑者は「安倍氏の政治信条への恨みではない」と供述しているようだ。

人が死ねば発言ができなくなるということは確かだ。しかし、「言論の自由」が抹殺された、と殊更に言い立てる動きは、事件の本質を隠蔽し、選挙に向けて政治利用しようとしている面がある。

自民党や一部政党は、選挙遊説を中止するらしい。それは何のためだ? 自分も襲撃されるのが怖いというなら仕方がないが、野党は今こそ「自由と立憲主義を守る」ため、最後まで声を挙げ続けてほしい。

以上、備忘録的に記してきた面もあるが、シンプルに言うならば、こうだ。

暴力は断じて許されない、というなら、未来に責任を持つ者は、安倍政権以来のこの国の暴力的な「民主主義の否定」も、許してはならない。

このたびの選挙で、安倍氏の方針を受け継ぐ自民党政権を、勝たせてはならないのだ。

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