「国は難癖をつけている」と被爆者側が思うのは、当然。
高野正明原告団長(82)の怒りは正当なものだ。
いわゆる「黒い雨」訴訟。
75年前、広島市への原爆投下直後に降った放射性物質を含んだ「黒い雨」を浴びた方々への救済を、国が、拒んだ。
国の援護対象区域外にいた原告84人全員(死亡者含む)を広島地裁は、被爆者と認め、被爆者健康手帳の交付を命じた。
それを、国が控訴した。
きちんと原告全員を被爆者と認めた司法判断を、国家権力が、差し戻したのだ。
今回の裁判で被告となった広島市と県がもとめた、控訴の断念と被害者を幅広く救済する「政治決断」を国が認めなかった。
広島市長は、この結果について、謝った。異例のことではないか。
加藤勝信厚生労働相は控訴理由について「十分な科学的知見に基づいたとは言えない判決だ」と述べた。
一方、援護対象区域については「地域拡大も視野に入れ、検証を進めたい」と表明。厚労省は検証に向け、専門家を含めた組織を立ち上げる方針で、区域拡大に向けた議論も行われる見通しとなった、そうだ。
安倍総理は「本日、上訴審の判断を仰ぐことといたしました。同時に広島県、広島市のご要望も踏まえまして、厚生労働省において黒い雨地域の拡大も視野に入れ、検証することと致しました」と言った。
ということは、まだ厚生労働省は黒い雨地域について、きちんと検証しきれていないということだ。
有識者をメンバーとする検証組織は「これから作る」のだそうだ。
なのに「科学的な知見に基づいたとは言えない」と決めつけている。
厚労省幹部は「広島地裁判決は長崎の裁判と違い、対象者それぞれについて吟味した形跡がない。科学的根拠も示されておらず、次々と手を挙げる人が現れれば裁判を繰り返すことになる」と説明。
「控訴はしつつ、区域拡大などで実質的に救えるような方法を取るしかない」と与党幹部が語ったという。
気象台の技師らによる終戦直後の聞き取り調査をもとに国が1976年に定めた線引きがある。
中国新聞等によれば、地裁判決はそれを詳細に分析した上で「被爆直後の混乱期に限られた人手で実施された」「調査範囲やデータには限界がある」などと判決で明確に妥当性を否定している。
気象台の調査以降にも、科学的な調査は2度行われているという。いずれも「国の区域より4~6倍ほど広い範囲で黒い雨が降った」との結論が出ているという。
判決が国の線引きの妥当性を否定したのは、その後の二つの線引きとの客観的比較に基づいているのだ。
国の側こそ、その後の調査もなく、根拠なく、何の取り組みもしないできたのに、自らの線引きに固執している。
区域外で黒い雨にさらされたことと健康被害に因果関係がないと言いつのるなら、その根拠を示す責任は国の側にある。
原告や弁護団が記者会見で言うように、原告らが原爆の影響で健康を害したのは明らかだ。長い時間をかけて、それが裁判で認められたのだ。
原告88人のうち4年の間に16人がこの世を去っている。
最高齢の原告は96歳(被爆時21歳)、最年少は75歳(同生後4カ月)という。
誰の目にも明らかだろう。
誤った「政治的な判断」である。
この国は、誤った「政治的な判断」を、とことん繰り返してきた。
そして、ここまでシンプルな案件で、何一つ正当性が認められない悪質な「政治的な判断」を認めてしまうようでは、他の、進行形の、微妙な問題に対する政府の対応を、覆せるはずがない。
これまでも、許すのか。
この国に民主主義はないという現実。
マスコミも、政党も、然るべき対応を継続しなければ、存在価値がない。
当然、国民にも責任がある。