黒柴ひめちゃんの葛塚村だよりⅢ

葛塚城堀之内に住んでます。毎日歩いているひめちゃんとおかあさんの見て歩きです。時には遠くにも出かけます。

足利紀行総集編・大銀杏の足利氏館跡(鑁阿寺)

2019-10-08 19:54:51 | 足利紀行

ひめちゃんは、七海ママのちいさんぽに付き合います。

似ていないような二人ですけど、足はママの足かな?

シッポもママのシッポですね。

犬は母親の遺伝の方が強いとかいいますけど、ひめちゃんたちをみるとそうも言い切れないところがあります。

 

 

勧農城の帰り(2018年9月20日)、鑁阿寺(ばんなじ)にも足を延ばしました。

足利尊氏の像の脇を通ります。

 

付近の地図がありました。

 

クラシックな太鼓橋を渡って、これまたクラシックな山門です

鑁阿寺は足利氏宅跡なのですね。

確か日本100名城にも入っていました

 

 

仁王様もクラシックでしたけど、金網越しにしか対面がかないませんでした

一枚だけまずまずなお写真がありました。

確かに鎌倉時代という雰囲気いっぱいです

 

境内案内図があります。

広いです

ゆっくり散策する時間があるといいんですけど

今日は本堂にお参りして御朱印を頂いて、大銀杏のパワーを頂いて帰りましょう

 

本堂に向かって進むと、何故か『徒然草』216段が彫られた石があります。

最明寺入道鶴岡の社参の次に足利左馬入道の許へ先づ使を遣して立ち入られたりけるに あるじまうけられたりける様 一献にうちあはび 二献にえび 三献にかいもちひにてやみぬ その座には亭主夫婦隆辨僧正あるじの方にて座せられたり さて年ごとに給わる足利の染物心もとなく候と申されければ  用意し候とていろいろの染め物三十 前にて女房どもに小袖調ぜさせて 後につかわされけり その時見たる人のちかくまで侍りしが語り侍りしなり

 

足利左馬入道とは、足利義氏のことで、足利義兼と北条時子の子どもということです。

最明寺入道(北条時頼)に催促されて、足利の染め物を30斤小袖に仕立てて、後で届けたとあります。

足利義兼、足利義氏は開基ともいうべき人物です。

足利は、鎌倉時代から織物・染め物で有名だったということのようです。

 

本堂にお参りして、御朱印を頂きます。

さすがにすごーく厳粛な所です

説明板の設置者も教育委員会ではなく、鑁阿寺です

いただいた御朱印です。

いつか来た時に、お参りしないで御朱印帳を差し出して叱られている光景を見ました。

やはりお参りが先です。

日本100名城のスタンプも今回はしっかり押してきました。

100名城の一つです

 

本堂のそばに大いちょうがあります

諸説あるようですけど、樹齢は550年くらいらしいですね。

パワースポットということですけど、金色に染まる頃はパワー全開でしょう

ぜひその頃に訪れたいものです。

鑁阿寺のHPによれば、11月下旬ということです。

ぜひぜひその頃に訪れたいものです。

 

今はもうこの世に存在しない実家には、大きな銀杏が何本も植わっていました。

遠くからもよく見えて、毎年たくさんの実をならせていました。

業者が買いに来ていましたけれど、それでも食べきれないほどでした。

ところがどういう経緯かわかりませんが、母屋を新築するときに切り倒されてしまいました。

それからしばらくして、実家もなくなりました。

大銀杏のパワーで守られていたのに、そのパワーの源を除去してしまったのかもしれません

 

今でも黄色い大銀杏には心惹かれます

ルーツの一つです

そして、今でも黄色が好きです

 

 

追記

2ヶ月後の2018年11月20日に、また訪れました。

詳細は後日、足利紀行総集編・黄金色の大銀杏で

 

コメント
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