これは したり ~笹木 砂希~

ユニークであることが、ワタシのステイタス

明暗くっきり

2011年07月17日 20時32分22秒 | エッセイ
 授業を終えて戻ると、机の上に私あてのメモが置いてあった。
「午前9時30分頃、何やら新聞社からお電話がありました。またあとでかけるそうです」
 この時期になると、毎年、何やら新聞社から調査の依頼が舞い込んでくる。都内のさまざまなタイプの高校で同じ調査をし、分析した結果を社会情勢の移り変わりとして取り上げるのだ。
 こちらには何のメリットもないが、断る理由も特にないので、「まあいいか」と引き受けている。
 コーヒーでもいれて休憩しようと思ったら、別の電話がかかってきた。
「株式会社○○ですが、本日2時にお伺いしてもよろしいでしょうか」
「はい、大丈夫です。お待ちしております」
 受話器を置くと、「笹木せんせぇ~」と生徒の呼ぶ声がする。
「この前、出せなかったノートを持ってきたんですけど、今提出してもいいですか」
「はい。じゃあ、2学期は遅れないようにね」
 パソコンを開けば、メールが何通も来ているし、期限の迫っている仕事もたくさんある。どれから手をつけようか迷っていると、また次の電話や来客というように、学期末はわけのわからない忙しさである。
 グチャグチャの机から資料を探すと、すでに提出期限が過ぎている書類が見つかった……。
「コーヒーなんか飲んでいる場合じゃない、まずこれを片付けなくちゃ」とならないのは、私の悪いところである。「どうせ遅れているんだから、まずコーヒーを飲もう」と都合のいい判断をし、香り豊かなマンデリンをいれた。

 午後5時を回ると、嵐のような一日が終わる。私は残りの仕事を片付け、よれよれになって駅へと向かう。7分ほど歩いたところで、背中のデイパックがやけに軽いことに気づいた。

 いかん、水筒を忘れた!!

 毎朝、ポリフェノールたっぷりといわれるルイボス茶を沸かし、アツアツを水筒に入れて持参しているのだが、それを職場に置いてきたらしい。あまりの忙しさに集中力を欠き、デイパックに入れ忘れたのだろう。
 さて、どうしよう。とるべき道は2つだ。
 ひとつは、水筒を取りに職場に戻る道。でも、暑い中をここまで歩いたのだから、このまま帰りたい気持ちが強い。
 もうひとつは、水筒をほっぽらかして、次に出勤するときに持ち帰る道。他にも水筒はあるから、ひとつくらいなくても困らない。だが、その日は金曜日だったため、土日をはさむ点がネックである。ひさびさに再会したら、カビだらけになっていたりして。
 そこで、はたと気がついた。

 違うよ、海の日があるから3連休だ……。

 私は覚悟を決め、来た道を戻ることにした。やはり、水筒を取りに行くほうが正しい判断であろう。カビだらけの水筒を洗うことに比べたら、ちょっと遠回りしたほうがマシだ。
 しかし、足取りの重いことといったらない。さっきまで歩いた距離が、まったく無駄になったのだから無理もないが、ぬかるみを歩いているようなもどかしさであった。
 ようやく職場にたどり着くと、思った通り、机の上に水筒が出しっぱなしになっていた。少々ホッとしてデイパックにしまったところで、電話が鳴った。
 受話器を取ると、「何やら新聞社ですが」という声が聞こえる。
「はい、笹木です。朝方お電話をいただいたそうで」
「その件なんですが、29日の10時でいかがですか」
「結構ですよ」
「では、よろしくお願いいたします」
 なんと運のいい男だろう。絶妙のタイミングで電話をかけてきて、本来ならば、いなかったはずの私に用件を伝えたのだ。
 一方、こちらは重くなったデイパックを背負い、疲れた足を引きずるようにして、ヨレヨレと歩き始めた。
 明暗の分かれた者が、電話で交差した瞬間だった。



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 「いとをかし~笹木砂希~」(エッセイ)
 「うつろひ~笹木砂希~」(日記)
コメント (8)
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