年明けの家族旅行は石川県にした。
「家を出るのは6時20分だよ。大宮を7時46分に発車する北陸新幹線に乗るから、余裕を持たないと」
家族旅行の行き先や段取りを決めるのは私だ。夫と娘にも、前もって行程表を渡しておけば、行動がスムーズになる。そのはずだった。
「さあ、出かけよう。忘れ物ない?」
「あ、俺トイレに行ってなかった」
「じゃあ、ゆっくり歩いているから、鍵閉めてきてよ」
「うん、わかった」
夫は一応、高齢者である。しかし、歩くスピードは速い。すぐに追いつくことを期待して家を出たのに、振り返ったところで一向に姿が見えない。
「お父さん、大丈夫かなぁ」
「なにやってんだろう」
ちょっと心配になった。認知症の初期症状として、家まで帰る道がわからなくなるというものがある。まさか、駅までの道を忘れたのではないだろうか。
「あ、来た来た」
やきもきしていたら、角を曲がってくる夫のジャンパーが目に入った。よかった、駅までは来られそうだ。
「どうしたの?」
「いや、靴ひもに時間がかかっちゃって」
観光タクシーを予約したとき、北陸は雪や雨が多いから防水の靴がよいと聞いた。そこで、夫は新しい靴を買ったのだが、よりによって着脱のしづらいデザインを選んでいた。
便利なサイドファスナーもついていない。手先の不器用な者に限って、手間のかかる靴を買うとは不思議だ。
かがやきに乗れば、大宮から金沢まで125分で着く。早起きして疲れたのか、夫はずっと居眠りをしていた。
「ご乗車ありがとうございました。金沢、金沢、終点です」
金沢在住の友人から、最近はほとんど積もらないと聞いていたのに、今年は雪が多いそうだ。しかも、前日の3日夜から降り始め、私たちが到着した4日は12cmを記録した。何という不運!
「雨女返上で、雪女を名乗ろうか」
「いいね~」
私も娘も天気に恵まれない方だ。去年の3月は大雪の富士急ハイランドに行き、スケートをする以外になかった。それに比べたら、足場が悪いというだけで選択肢はいくつもあるのだから、どうってことはない。
「最初に、武家屋敷跡 野村家という場所に行ってみよう」
2人を引き連れてバスを降りたが、私はウルトラ方向音痴である。たちまち道に迷い、娘のスマホに助けを求めた。
「何で自分のを使わないのよ」
「だって、バッテリーが減るじゃん」
「ケッ」
イヤな顔をしながらも、娘がスマホを見ながら道案内をしてくれた。細い道は雪に埋もれているものの、主要道は水で雪を融かす設備が整っていて感心する。
「着いたよ」
「おお~」
この屋敷は、11代に渡り加賀藩の重臣を歴任した野村家が拝領したものだという。武家らしく、最初に視界に飛びこんでくるのは鎧兜だ。
禄高千石から千二百石、という基準はよくわからないが、かなりの金持ちだったのだろう。室内も庭園も美しい。
茶室もあり、抹茶をいただいて休憩することにした。
私用の器が一番キレイだと、口端を上げてニンマリする。小さなことでも、幸せに結びつけるのは特技かもしれない。
刀の展示もある。よく手入れされており、ドヤ顔しているようにピカピカと輝いていた。
「さて、お昼を食べに行こう」
「うん」
私と娘は、くるぶしまでのショートブーツをスポッと履くだけだが、夫は座り込み、慣れない手つきでひもと格闘している。道理で、家を出るとき、なかなか追いついてこられなかったわけだ。
ランチ後は、ひがし茶屋街に向かう。
「あ、志摩ってところだ。入ってみよう」
この界隈には、お茶屋文化なるものが残っており、志摩は1820年の建物がそのまま保存されている。国指定重要文化財なのだから一見の価値はあるだろう。
また靴を脱ぐ。順路に従って歩くと、武家とは正反対の佇まいに驚かされる。
特に素敵だったのが、小道具の数々だ。
櫛やかんざし。
キセルに小判。「金だ、金だ」などと喜びの声を上げて見ていたのは、私たちだけかもしれない。
九谷焼にも心を奪われる。
金箔の輝きが素敵。
じっくり堪能したあとは、靴を履いて外に出るのだが……。
「ちょっと待って、うーんうーん」
また夫が、考え考え靴ひもを結び始めた。このあと、少し奥にある「懐華樓(かいかろう)」という茶屋にも行きたかった。でも、苦労して履いた靴をまた脱がせるのも酷だし、やめておこう。
「あとはお土産を見て、早めにホテルに入ろうか」
「もう靴は脱がない? ああよかった」
夫は安心したようだった。
旅行から帰ったときにわかったことだが、トイレの電気がつけっ放しだった。どうやら、私と娘が先に出かけたことに焦った夫が、消し忘れたらしい。靴ひもも言うことを聞かず、「別の靴にすればよかった」と思ったのではないか。
旅行はまだ始まったばかり。
早く慣れるしかないのだぞ。
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※ 他にもこんなブログやってます。よろしければご覧になってください!
「いとをかし~笹木砂希~」(エッセイ)
「うつろひ~笹木砂希~」(日記)
「家を出るのは6時20分だよ。大宮を7時46分に発車する北陸新幹線に乗るから、余裕を持たないと」
家族旅行の行き先や段取りを決めるのは私だ。夫と娘にも、前もって行程表を渡しておけば、行動がスムーズになる。そのはずだった。
「さあ、出かけよう。忘れ物ない?」
「あ、俺トイレに行ってなかった」
「じゃあ、ゆっくり歩いているから、鍵閉めてきてよ」
「うん、わかった」
夫は一応、高齢者である。しかし、歩くスピードは速い。すぐに追いつくことを期待して家を出たのに、振り返ったところで一向に姿が見えない。
「お父さん、大丈夫かなぁ」
「なにやってんだろう」
ちょっと心配になった。認知症の初期症状として、家まで帰る道がわからなくなるというものがある。まさか、駅までの道を忘れたのではないだろうか。
「あ、来た来た」
やきもきしていたら、角を曲がってくる夫のジャンパーが目に入った。よかった、駅までは来られそうだ。
「どうしたの?」
「いや、靴ひもに時間がかかっちゃって」
観光タクシーを予約したとき、北陸は雪や雨が多いから防水の靴がよいと聞いた。そこで、夫は新しい靴を買ったのだが、よりによって着脱のしづらいデザインを選んでいた。
便利なサイドファスナーもついていない。手先の不器用な者に限って、手間のかかる靴を買うとは不思議だ。
かがやきに乗れば、大宮から金沢まで125分で着く。早起きして疲れたのか、夫はずっと居眠りをしていた。
「ご乗車ありがとうございました。金沢、金沢、終点です」
金沢在住の友人から、最近はほとんど積もらないと聞いていたのに、今年は雪が多いそうだ。しかも、前日の3日夜から降り始め、私たちが到着した4日は12cmを記録した。何という不運!
「雨女返上で、雪女を名乗ろうか」
「いいね~」
私も娘も天気に恵まれない方だ。去年の3月は大雪の富士急ハイランドに行き、スケートをする以外になかった。それに比べたら、足場が悪いというだけで選択肢はいくつもあるのだから、どうってことはない。
「最初に、武家屋敷跡 野村家という場所に行ってみよう」
2人を引き連れてバスを降りたが、私はウルトラ方向音痴である。たちまち道に迷い、娘のスマホに助けを求めた。
「何で自分のを使わないのよ」
「だって、バッテリーが減るじゃん」
「ケッ」
イヤな顔をしながらも、娘がスマホを見ながら道案内をしてくれた。細い道は雪に埋もれているものの、主要道は水で雪を融かす設備が整っていて感心する。
「着いたよ」
「おお~」
この屋敷は、11代に渡り加賀藩の重臣を歴任した野村家が拝領したものだという。武家らしく、最初に視界に飛びこんでくるのは鎧兜だ。
禄高千石から千二百石、という基準はよくわからないが、かなりの金持ちだったのだろう。室内も庭園も美しい。
茶室もあり、抹茶をいただいて休憩することにした。
私用の器が一番キレイだと、口端を上げてニンマリする。小さなことでも、幸せに結びつけるのは特技かもしれない。
刀の展示もある。よく手入れされており、ドヤ顔しているようにピカピカと輝いていた。
「さて、お昼を食べに行こう」
「うん」
私と娘は、くるぶしまでのショートブーツをスポッと履くだけだが、夫は座り込み、慣れない手つきでひもと格闘している。道理で、家を出るとき、なかなか追いついてこられなかったわけだ。
ランチ後は、ひがし茶屋街に向かう。
「あ、志摩ってところだ。入ってみよう」
この界隈には、お茶屋文化なるものが残っており、志摩は1820年の建物がそのまま保存されている。国指定重要文化財なのだから一見の価値はあるだろう。
また靴を脱ぐ。順路に従って歩くと、武家とは正反対の佇まいに驚かされる。
特に素敵だったのが、小道具の数々だ。
櫛やかんざし。
キセルに小判。「金だ、金だ」などと喜びの声を上げて見ていたのは、私たちだけかもしれない。
九谷焼にも心を奪われる。
金箔の輝きが素敵。
じっくり堪能したあとは、靴を履いて外に出るのだが……。
「ちょっと待って、うーんうーん」
また夫が、考え考え靴ひもを結び始めた。このあと、少し奥にある「懐華樓(かいかろう)」という茶屋にも行きたかった。でも、苦労して履いた靴をまた脱がせるのも酷だし、やめておこう。
「あとはお土産を見て、早めにホテルに入ろうか」
「もう靴は脱がない? ああよかった」
夫は安心したようだった。
旅行から帰ったときにわかったことだが、トイレの電気がつけっ放しだった。どうやら、私と娘が先に出かけたことに焦った夫が、消し忘れたらしい。靴ひもも言うことを聞かず、「別の靴にすればよかった」と思ったのではないか。
旅行はまだ始まったばかり。
早く慣れるしかないのだぞ。
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