和倉温泉から輪島に向かう。
便利で気楽な定額タクシーを利用した。まずは巌門(がんもん)。
内海の七尾湾と違い、ここは外海の日本海に面している。波が荒く風も強い。岩に穴が開くほどの水勢があるというわけだ。
「ほー」
自然の作り出す造形美は、全国いたるところにある。どれも力強く、生きるエネルギーをもらえる気がする。
このときは空も青く、観光日和だった。私たちは、巌門をくぐって千畳敷から階段を上り、車に戻った。
ヤセの断崖にも寄るようリクエストする。ここは、松本清張原作の映画『ゼロの焦点』のロケ地になった場所だ。
タクシーの運転手が申し訳なさそうにつぶやく。
「でもねえ、何年か前に地震が起きて足場が悪くなったものだから、今は断崖の下を見下ろす場所に柵ができて、立入禁止なんですよ。絶壁を見て、ヤセる思いがすることからこの名前がつきましたが、迫力がなくなりましたねぇ」
……たしかに、崖の下が見えなければ、ただの展望台だ。海は青く、美しいけれど、それだけだった。
私たちの影が3つ並び、クスッと笑える写真が撮れた。冬の能登半島で、晴れる日は珍しいそうだ。景色はよかったし、思い出の写真が撮れたという点では、立ち寄る価値はあった。
「お客さん、本当に輪島の朝市には行かなくていいんですか?」
「はい、いいです」
「みなさん、必ず行かれるんですけどねぇ」
運転手が不思議そうな顔をしている。私は元々、市場には興味がない。活気があるといえば聞こえはいいが、うるさいのは苦手だ。生臭いにおいも勘弁してもらいたい。刺身や寿司は食べ飽きた。特にカニはもう見たくない。(関連記事「カニの名は」はこちらから)
「輪島塗は買われますか?」
「はい」
「じゃあ、品質のよい店にご案内しましょう」
私は輪島塗の汁椀が欲しかった。ちょっと見ていただきたいのだが、30年ほど前に購入した、わが家の汁椀はひどい有様である。
スーパーで、1個300円ほどで売られた安物ということを考えると、これでも長持ちしているのかもしれない。
今回、せっかく輪島に行くのだから、本格的なものを手に入れようと思ったのだが……。
「ううっ、高ッ」
値段を見てビックリした。汁椀ひとつに1万円以上の値札がついている。3個買ったら3万円以上ではないか。これは勇気のいる選択だ。
「ねえ、お母さん。どうせなら、金色の絵がついてるお椀にしようよ」
娘は、自分の懐が痛むわけではないから、買う気満々だ。どうしたものかと迷い、店員さんに尋ねてみた。
「あのう、輪島塗はハゲることがありますか」
「いえ、ありません」
「お椀の金箔はどうですか」
「沈金(ちんきん)は使い方によって剥がれる可能性もありますが、蒔絵(まきえ)なら剥がれません」
「ふーん」
沈金と蒔絵とは、絵付け技法の違いである。ならば蒔絵をと、目をキョロキョロ動かし探してみた。見つけたことは見つけたが、こちらは1個5万5千円を超えており、「ギャッ」と叫びそうになる。3個だと16万を超える。絶対無理!
仕方ない、沈金にしよう。3万円なら何とかなる。
……おっと、これが勇気?
てか、断崖よりもずっと、ヤセる思いがした。
「ありがとうございました~」
買い物が終わるとお昼の時間だ。運転手が、朝市通りに車を走らせる。
「どこ行きます? あ、あそこにカニ料理って書いてありますよ」
「いいえ、結構です!」
3人声を揃えて拒否をする。結局、中華料理店で餃子や野菜炒め定食なんぞをいただき、満足していたものだから、ますます変な客と思われたような気がした。別にいいけどさ~。
後日談であるが、この汁椀は、思い切って買って正解だった。
使ってからわかったことだけれど、輪島塗のお椀で飲むと、みそ汁が美味しく感じる。作り方を変えたわけでもないのに。夫も「輪島塗は美味いなぁ」と同じことを言っていた。漆は生きていると説明書に書いてある理由が、ちょっぴり理解できた。ぜひぜひ長持ちさせたい。
「使ったら、なるべく早く洗って乾かしてくださいだって」
ずぼらな娘まで、お椀の扱いに気を配っている。高価で質のよいものと実感し、大事にするつもりなのだろう。
ここで一句。
使い捨て 対極をなす 輪島塗
↑
クリックしてくださるとウレシイです♪
※ 他にもこんなブログやってます。よろしければご覧になってください!
「いとをかし~笹木砂希~」(エッセイ)
「うつろひ~笹木砂希~」(日記)
便利で気楽な定額タクシーを利用した。まずは巌門(がんもん)。
内海の七尾湾と違い、ここは外海の日本海に面している。波が荒く風も強い。岩に穴が開くほどの水勢があるというわけだ。
「ほー」
自然の作り出す造形美は、全国いたるところにある。どれも力強く、生きるエネルギーをもらえる気がする。
このときは空も青く、観光日和だった。私たちは、巌門をくぐって千畳敷から階段を上り、車に戻った。
ヤセの断崖にも寄るようリクエストする。ここは、松本清張原作の映画『ゼロの焦点』のロケ地になった場所だ。
タクシーの運転手が申し訳なさそうにつぶやく。
「でもねえ、何年か前に地震が起きて足場が悪くなったものだから、今は断崖の下を見下ろす場所に柵ができて、立入禁止なんですよ。絶壁を見て、ヤセる思いがすることからこの名前がつきましたが、迫力がなくなりましたねぇ」
……たしかに、崖の下が見えなければ、ただの展望台だ。海は青く、美しいけれど、それだけだった。
私たちの影が3つ並び、クスッと笑える写真が撮れた。冬の能登半島で、晴れる日は珍しいそうだ。景色はよかったし、思い出の写真が撮れたという点では、立ち寄る価値はあった。
「お客さん、本当に輪島の朝市には行かなくていいんですか?」
「はい、いいです」
「みなさん、必ず行かれるんですけどねぇ」
運転手が不思議そうな顔をしている。私は元々、市場には興味がない。活気があるといえば聞こえはいいが、うるさいのは苦手だ。生臭いにおいも勘弁してもらいたい。刺身や寿司は食べ飽きた。特にカニはもう見たくない。(関連記事「カニの名は」はこちらから)
「輪島塗は買われますか?」
「はい」
「じゃあ、品質のよい店にご案内しましょう」
私は輪島塗の汁椀が欲しかった。ちょっと見ていただきたいのだが、30年ほど前に購入した、わが家の汁椀はひどい有様である。
スーパーで、1個300円ほどで売られた安物ということを考えると、これでも長持ちしているのかもしれない。
今回、せっかく輪島に行くのだから、本格的なものを手に入れようと思ったのだが……。
「ううっ、高ッ」
値段を見てビックリした。汁椀ひとつに1万円以上の値札がついている。3個買ったら3万円以上ではないか。これは勇気のいる選択だ。
「ねえ、お母さん。どうせなら、金色の絵がついてるお椀にしようよ」
娘は、自分の懐が痛むわけではないから、買う気満々だ。どうしたものかと迷い、店員さんに尋ねてみた。
「あのう、輪島塗はハゲることがありますか」
「いえ、ありません」
「お椀の金箔はどうですか」
「沈金(ちんきん)は使い方によって剥がれる可能性もありますが、蒔絵(まきえ)なら剥がれません」
「ふーん」
沈金と蒔絵とは、絵付け技法の違いである。ならば蒔絵をと、目をキョロキョロ動かし探してみた。見つけたことは見つけたが、こちらは1個5万5千円を超えており、「ギャッ」と叫びそうになる。3個だと16万を超える。絶対無理!
仕方ない、沈金にしよう。3万円なら何とかなる。
……おっと、これが勇気?
てか、断崖よりもずっと、ヤセる思いがした。
「ありがとうございました~」
買い物が終わるとお昼の時間だ。運転手が、朝市通りに車を走らせる。
「どこ行きます? あ、あそこにカニ料理って書いてありますよ」
「いいえ、結構です!」
3人声を揃えて拒否をする。結局、中華料理店で餃子や野菜炒め定食なんぞをいただき、満足していたものだから、ますます変な客と思われたような気がした。別にいいけどさ~。
後日談であるが、この汁椀は、思い切って買って正解だった。
使ってからわかったことだけれど、輪島塗のお椀で飲むと、みそ汁が美味しく感じる。作り方を変えたわけでもないのに。夫も「輪島塗は美味いなぁ」と同じことを言っていた。漆は生きていると説明書に書いてある理由が、ちょっぴり理解できた。ぜひぜひ長持ちさせたい。
「使ったら、なるべく早く洗って乾かしてくださいだって」
ずぼらな娘まで、お椀の扱いに気を配っている。高価で質のよいものと実感し、大事にするつもりなのだろう。
ここで一句。
使い捨て 対極をなす 輪島塗
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「いとをかし~笹木砂希~」(エッセイ)
「うつろひ~笹木砂希~」(日記)