これは したり ~笹木 砂希~

ユニークであることが、ワタシのステイタス

十五代に会いに

2023年06月04日 22時41分04秒 | エッセイ
 佐賀を拠点に活躍されている十五代酒井田柿右衛門が、渋谷の戸栗美術館にて講演をすると知ったのは5月上旬であった。



 一人で行ってもよいのだが、陶芸教室に通っていた姉と一緒であればさらに盛り上がるに違いない。よし、声を掛けてみよう。姉は繁忙期の最中であったが、何とか都合をつけて同行してくれた。ありがたや。
 講演開始は14時。渋谷でランチも楽しもうと計画する。三種のわっぱめしランチというものをチョイスしたら、一つひとつが結構大きい。



「ミニわっぱかと思ったら違ったね。もうお腹いっぱい」
「おいしー、くるしー」
 そう言いつつも、デザートだってしっかりいただく。



 大きく膨らんだ胃袋を揺すって美術館に向かう。道玄坂の勾配が腹ごなしに適していた。
 ほどなく入口にたどり着く。著名人が来るとあって、来館者が殺到していたらどうしようと心配だったが杞憂に終わった。数えたわけではないけれど、集まったのは50~60名ほどであろう。大きな混乱もなく、開始の時間を待った。
 姉と陣取ったのは、立見席の2列目。私は背が低いので、前列のすき間から十五代が見える場所を確保した。あとはいつ始まっても大丈夫だ。
「前にどうぞ」
 不意に頭上から女性の声がした。見上げると、前列にいた長身の女性が、前後を入れ替わろうと提案されているではないか。バレーボールか長距離走の選手のように、すらりとした8頭身の方で、私の身長は彼女の肩までしかなかった。
「ありがとうございますっ」
 素直に申し出に従う。さりげない気配りに感動である。結局、立見席の最前列というベストポジションを得たところで、十五代の登場を迎えた。紺のスーツを着こなして、芸術家というより実業家に見えた。気負った様子もなく、自然体という雰囲気で講演が始まった。
 柿右衛門窯は370年続いており、1971年には重要文化財に指定されたという。戸栗美術館と柿右衛門窯とのパイプは、十三代目からスタートし、作品の購入、特別な制作の依頼、資本借入等で協力関係を深めてきたそうだ。
 質のよい焼き物を生み出す手法として、完全分業制を採用しているという点は意外だった。細工場(さいくば)では、ろくろを繰る職人、土型成形をする職人がそれぞれ自分の役割を果たす。絵書座(えかきざ)では線を引く職人と色を塗る職人に分かれていた。手に持つがっしりした太筆も予想外であった。漫画家が使うような面相筆をイメージしていたので、「えっ」と言いそうになる。
 十五代いわく、「描くというより、絵の具を流し込んでいく」と表現していた所以が分かったような気がした。筆を振り、絵の具を下方に移動させる技術などは、図工の時間でも教わったことがない。
 こうして、暑い夏も寒い冬も、雨の日も風の日も、環境に左右されず「同じように焼く」技術を深化させているのだろう。同時に、同じ重さ・大きさで100個作る技術も大事にしていると聞き、実に共感できた。
 最後に、十五代の作品について解説があった。


 (資料集より)

 左は桜、右には団栗(どんぐり)が描かれているが、「柿右衛門の赤が変わりましたね」と評されたそうだ。窯の長い長い伝統を背負い、先代と異なる個性が求められる陶芸家という職業は、結構な重圧かもしれない。しかし、会場にいた観客の多くが熱い視線を氏に注ぎ、一言一句を逃すまいとメモを取り、終了時には盛大な拍手で謝意を表した。たくさんのファンが応援しているのだと理解していただければ嬉しく思う。
「ああ、よかったね。じゃあ作品を見に行こう」
「うん。誘ってくれてありがとう」
 階段を上り、展示室に向かった。あらキレイ、これ素敵、などと言い合っていたら、先ほど場所を譲ってくれた長身の女性を見かけた。ガラスに顔を近づけて、熱心に鑑賞している。同じ趣味を持つ仲間なのだと、あらためて親近感がわいた。
「じゃあ、そろそろ帰ろうか」
「お茶していこう」
 階段を下りて出口に向かう。すると、事務所の扉が開いて、ちょうど十五代がお帰りになる場面に出くわした。何と運がよいのだろう。姉と並んで「ありがとうございました」と声を掛けたら、十五代がこちらに気づき、「ああどうも」と返してくれた。本当に気さくな方のようだ。スタッフたちと出口に吸い込まれ、タクシーが走り去るところまで見送った。
「いい一日だったわね」
「ホントホント」
 モンブランをつつきながら、姉と講演の感想を言い合う。
 決して暇ではないが、これからも気になるイベントには参加しようと決めた。
 さて次はどこへ?

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4 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
十五代酒井田柿右衛門 (ヤッギー)
2023-06-05 08:33:46
十五代酒井田柿右衛門さんの講演、満喫できて良かったですね。背の高い女性の気配りも嬉しい。

帰り際に十五代にお会いできたのもラッキーでしたね。
返信する
満喫 (砂希)
2023-06-05 21:14:32
>ヤッギーさん

はい、心に残る一日でした。
自分さえ見られればではなく、共通の趣味を持つみんなで分かち合う雰囲気が何よりでした。
お帰りの際にバッタリ、というのは正にタイミングですね。
一年分の運を使い果たしたかも。
返信する
何て有意義な (白玉)
2023-06-11 16:26:16
憧れの存在を、間近で無料で見れるとは
信じられない機会でしたね!
情報を仕入れられたのもラッキーだし、
同好の士がいるのも素敵。
お見送りと声かけまで!!それは確かに1年分。
返信する
ありがたや (砂希)
2023-06-11 21:49:25
>白玉さん

美術館の企画としては破格だったのではと思います。
講演が終わったとき後ろを見たら人垣が広がっていました。
もしかして、100人ぐらい集まったかも?
みなさん、来てよかったと感じたはずです。
ビックリするくらいラッキーな日でした。うふふ。
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