同僚の教員の父親が亡くなり、お通夜に行くことになった。
冬の葬儀はつらい。喪服はスカートだから、寒さで冷えることが心配だ。やはり、パンツがいい。黒けりゃ、何だっていいだろう。「お通夜だから許してね」と心で詫び、黒のパンツを引っ張り出すと、似たような色のジャケットを合わせた。即席ブラックフォーマルのできあがりだ。あとは、ブラウスの下にも長袖のTシャツを重ねて、寒さ対策をすればよい。
着替えるまでの間、ジャケットがシワにならぬよう、ハンガーに吊るしておく。葬儀は、職場から近い場所なので、仕事帰りに立ち寄れば、普段と同じ時間に帰宅できる。遠くまで行かなくてすむのはありがたい。
いつも私は、パジャマのままお弁当作りや朝食をすませ、出かける直前に着替えることにしている。化粧を終え、「さて着替えるか」と時計を見た。何と、すでに切羽詰った時間になっている。超特急でパジャマを脱ぎ、即席喪服に着替えて家を飛び出した。
上り電車は非常に混んでいるので、車内が暑い。すぐに汗が噴き出してきた。お通夜に備えて、いつもより厚着しているせいもある。そんなことを考えていたら、とんでもない失敗に気づいた。
あれっ、私、ジャケット着てきたかしら!?
コートの下に手を入れると、滑らかなブラウスの手触りである。やはり、忘れてしまったらしい。あわてていたせいで、私はジャケットを吊るしたまま、家を出たのだ。
なんてこったい……。
白いブラウスに黒いパンツで、お通夜に参列するわけにはいかない。いまさら、家に戻る時間はないから、どうにか黒い上衣をゲットせねば。
職場のロッカーを開けると、黒のジャージが見えた。だが、ジャージの上を着て葬儀に来る人なんぞ、いまだかつてお目にかかったことがない。当然ながら、これはボツ。
昇降口では、中学生向けに、制服を着たマネキンがいる。ブレザーは紺だ。生活指導部に泣きついて、今日だけこれを借りる手もある。しかし、学校のマークの入った、金色のボタンが悪目立ちしている。加えて、同僚が私に気づいたときの反応が怖い。「制服なんか着てきて、なめとんのか!」と激怒されそうだ。
しょうがない。私は携帯を取り出し、専業主夫の夫にメールを打ち始めた。
「ジャケットを忘れたので、申し訳ないけれど、持ってきてもらえますか」
65歳の夫をこき使うのは申し訳ないが、これ以外に方法がない。その日は、4時から家庭教師が来るくらいで、他には予定がないはずだ。
しかし、なかなか返事が来ない。「また面倒くさいことを頼んで!」と腹を立てているのかもしれない。なにしろ、うちの夫は、体を動かすことが嫌いだ。ものを頼めば、必死で断る口実を探そうとする。寝そべってテレビを見ることが一番の楽しみだから、牛のような体型になっているのも道理である。私は、まったく仕事に集中できなかった。
30分後、ようやく返信があった。意外なことに、「何時にどこに持っていけばいいですか」と書いてある。「ブーブー」「モーモー」といった文句がないことに、ひとまず安堵した。あとは、時間と場所のやりとりだ。
体育の授業がある時間帯は、駐車場に生徒がいるかもしれないから避けたい。通行の邪魔だし、夫を見られるのも気まずい。授業のない11時頃に来てほしいと頼んだ。
ちょうど時間が迫ったころ、校門まで様子を見に行ったら、夫の車が見えた。右折のウインカーを出して、こちらを目指している。なんと、グッドタイミング! 急いで門を開けると、対向車が途切れ、夫が敷地内に入ってきた。昇降口前に車を止め、ジャケットを差し出す。ハゲでデブだけど、このときばかりは夫が天使に見えた。
「ありがとう」と礼を言って夫に手を振ると、彼も振り返してきた。そのまま夫を見送り、校門を閉める。わずか1分足らずの出来事だったが、こちらの状況は180度変わっていた。これでお通夜に出られると安心し、ようやく仕事が手につく。長い長い待ち時間だった。
無事、お焼香をして帰ると、夫が夕飯を作って待っていた。
「洗濯物を干そうとしたら、ジャケットがかかったままだったから、何を着ていったのかと思った」
夫も変だと思ったようだが、自分から連絡しないあたりが彼らしい。でも、持ってきてと頼まれる予感がしたからこそ、話もスムーズに進んだようだ。
もうすぐ、19回目の結婚記念日を迎えるが、こんなに息が合ったのは初めてかもしれない。
「どんだけ合わないんだよ」と苦笑した。
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※ 他にもこんなブログやってます。よろしければご覧になってください!
「いとをかし~笹木砂希~」(エッセイ)
「うつろひ~笹木砂希~」(日記)
冬の葬儀はつらい。喪服はスカートだから、寒さで冷えることが心配だ。やはり、パンツがいい。黒けりゃ、何だっていいだろう。「お通夜だから許してね」と心で詫び、黒のパンツを引っ張り出すと、似たような色のジャケットを合わせた。即席ブラックフォーマルのできあがりだ。あとは、ブラウスの下にも長袖のTシャツを重ねて、寒さ対策をすればよい。
着替えるまでの間、ジャケットがシワにならぬよう、ハンガーに吊るしておく。葬儀は、職場から近い場所なので、仕事帰りに立ち寄れば、普段と同じ時間に帰宅できる。遠くまで行かなくてすむのはありがたい。
いつも私は、パジャマのままお弁当作りや朝食をすませ、出かける直前に着替えることにしている。化粧を終え、「さて着替えるか」と時計を見た。何と、すでに切羽詰った時間になっている。超特急でパジャマを脱ぎ、即席喪服に着替えて家を飛び出した。
上り電車は非常に混んでいるので、車内が暑い。すぐに汗が噴き出してきた。お通夜に備えて、いつもより厚着しているせいもある。そんなことを考えていたら、とんでもない失敗に気づいた。
あれっ、私、ジャケット着てきたかしら!?
コートの下に手を入れると、滑らかなブラウスの手触りである。やはり、忘れてしまったらしい。あわてていたせいで、私はジャケットを吊るしたまま、家を出たのだ。
なんてこったい……。
白いブラウスに黒いパンツで、お通夜に参列するわけにはいかない。いまさら、家に戻る時間はないから、どうにか黒い上衣をゲットせねば。
職場のロッカーを開けると、黒のジャージが見えた。だが、ジャージの上を着て葬儀に来る人なんぞ、いまだかつてお目にかかったことがない。当然ながら、これはボツ。
昇降口では、中学生向けに、制服を着たマネキンがいる。ブレザーは紺だ。生活指導部に泣きついて、今日だけこれを借りる手もある。しかし、学校のマークの入った、金色のボタンが悪目立ちしている。加えて、同僚が私に気づいたときの反応が怖い。「制服なんか着てきて、なめとんのか!」と激怒されそうだ。
しょうがない。私は携帯を取り出し、専業主夫の夫にメールを打ち始めた。
「ジャケットを忘れたので、申し訳ないけれど、持ってきてもらえますか」
65歳の夫をこき使うのは申し訳ないが、これ以外に方法がない。その日は、4時から家庭教師が来るくらいで、他には予定がないはずだ。
しかし、なかなか返事が来ない。「また面倒くさいことを頼んで!」と腹を立てているのかもしれない。なにしろ、うちの夫は、体を動かすことが嫌いだ。ものを頼めば、必死で断る口実を探そうとする。寝そべってテレビを見ることが一番の楽しみだから、牛のような体型になっているのも道理である。私は、まったく仕事に集中できなかった。
30分後、ようやく返信があった。意外なことに、「何時にどこに持っていけばいいですか」と書いてある。「ブーブー」「モーモー」といった文句がないことに、ひとまず安堵した。あとは、時間と場所のやりとりだ。
体育の授業がある時間帯は、駐車場に生徒がいるかもしれないから避けたい。通行の邪魔だし、夫を見られるのも気まずい。授業のない11時頃に来てほしいと頼んだ。
ちょうど時間が迫ったころ、校門まで様子を見に行ったら、夫の車が見えた。右折のウインカーを出して、こちらを目指している。なんと、グッドタイミング! 急いで門を開けると、対向車が途切れ、夫が敷地内に入ってきた。昇降口前に車を止め、ジャケットを差し出す。ハゲでデブだけど、このときばかりは夫が天使に見えた。
「ありがとう」と礼を言って夫に手を振ると、彼も振り返してきた。そのまま夫を見送り、校門を閉める。わずか1分足らずの出来事だったが、こちらの状況は180度変わっていた。これでお通夜に出られると安心し、ようやく仕事が手につく。長い長い待ち時間だった。
無事、お焼香をして帰ると、夫が夕飯を作って待っていた。
「洗濯物を干そうとしたら、ジャケットがかかったままだったから、何を着ていったのかと思った」
夫も変だと思ったようだが、自分から連絡しないあたりが彼らしい。でも、持ってきてと頼まれる予感がしたからこそ、話もスムーズに進んだようだ。
もうすぐ、19回目の結婚記念日を迎えるが、こんなに息が合ったのは初めてかもしれない。
「どんだけ合わないんだよ」と苦笑した。
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「いとをかし~笹木砂希~」(エッセイ)
「うつろひ~笹木砂希~」(日記)
誰でもやってしまうことなのですが、
しくじりが許されない場所だけに、大変でしたね
冬のコンサートは、ステージ衣装が略礼服なので
第九など歌ったまま、ポケットに蝶ネクタイが入っていたりしました
ステージに立たなくなり、葬儀参列もしばらくありません
ポケットの中には、何を入れているんだろう…
同僚が多いと色々大変だねぇ。
日頃悪態ついててもこの日ばかりは神様仏様に見えたんじゃないですか(^_^;)
俺らの年代になると葬式に出る機会が増えて最近は忘れ物がなくなりました(笑)昔はよく数珠を忘れて焼香の時に終わった知り合いに数珠を借りて焼香台に手を併せた事が何度もありました。今では車の中に一つ置いてありますよ(*_*;
しかし、喪服姿の女性って妖艶な感じがしますね…あっ、いかんいかん話しがズレちゃったm(_ _)m合唱
私も葬式以外には喪服を着ないから
ぽっけに黒ネクタイと白いハンカチと数珠は入れっぱなしになっていますから全部でワンセット!たd、最近ちょっとだけやせたのでたぶん喪服がブカブカになってる気がしますよ!(一応10キロ落ちました)
でも手術のあとのリバウンドがこわいです。
しかし、喪服の女性は本当にイロッペ~!
いや~、自分がこんな失敗をするとは思いませんでした。
たまたま夫が家にいたからよかったものの、頼る人がいなければ、駅前のスーパーで急遽購入! となったかもしれません。
変な格好で行ったら、遺族の方に申し訳ないですからね。
何とか解決できてホッとしました。
コンサートをする側だったんですか?
そんな裏話があるとは(笑)
服装に関するYanoさんの偏差値は40そこそこだろうね(笑)
何とかしようとか思ってないし。
人は見た目が9割などというから、私は多少なりともランクアップしたいと思うけど。
義父のお墓参りに、姪が金色のベルトで出席したことがあったな。
しかし、父である義弟はとがめる様子なし。
親がちゃんと教えてやらなくちゃいかん。
そうそう、久々だから忘れるの。
でも、慣れるのもイヤね。
葬式ならいつでもスタンバイOKだぜ、みたいな(笑)
数珠は使い方がわからないから持って行かないよ。
あればカッコいいかも?
喪服の女性は色っぽい人と、色っぽくない人に分かれると思う(笑)
本人の苦い経験のほうに一票(笑)
結構、ドジ踏んでますからね。
私も失敗したことがあったなぁ。
告別式の時間を間違えていて、着いたときには誰ひとり残っていませんでした(笑)
夏の暑い日だったことを思い出します。
和装もステキなので、着付けができるようになりたいものです。
喪服の女性はストイックな感じがいいんでしょうか。
特に和装がいいですよね。
そろそろ揃えたほうがいいのかもしれませんが、草履だけは不幸があったときに買えと言われました。
縁起が悪いそうで…。
でも、喪服の男性がイケてるなんて話はついぞ聞きません。
黒が似合う人なら別ですが。
せっかく痩せたのですから、術後もキープしてくださいね。
ドカ食い禁止(笑)