新・悟りを求めて~

自由が故に退屈化し得る現代社会での日々へ、
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不自由論から始める自由論(その一)

2024-04-13 18:50:48 | 自由論
不自由論から始める自由論(その一)



例えば、学校で運動神経抜群でスポーツ万能、
特に「走るのが得意」で、運動会の短距離・長距離走では、
毎回トップ…そんな男子Aがいたとします。


当然、彼は水泳も得意…
ただ彼の学校にはプールが無く、水泳に関しての学校での競技はなかった。

そんな彼の学校にプールが完成して…授業中に競泳したところ…
残念な事に、トップを取れなかった。
トップは、保育園からスイミングスクール通っていた女子Bだった。

この時、競争・運動・スポーツで、「トップが当然」・一位を取りたいAは、
思い通りに「トップ」になれない…だから「不自由!」…と感がるだろうか?


一般的には、「負けて…悔しい!」or「相手は保育園からスイミング…負けて当然」…だろう。

自分が、負けた事実を否定して、「くそ!次は勝つ!」
自分が、勝てないのは当然!「…実力差はしょうがない(断念)。」


仮に「次は勝!」を選択したら、彼も「水泳の特訓」・スイミング教室への参加が必要。
彼の今までの自己流「思い通り」の水泳では勝てない。
だから、指導者に勝つための「自分の思い通りではない」泳法の体得が必要。


そこでAは、負けて悔しい…次は勝ちたい思いの実現の為に、
思い通りの泳法を(自由)否定して、思い道通りでない(不自由な)勝てる泳法の体得。


それは、
「将来の思い通り(勝利)」の実現の為に、
「現代の思い通りの自由(な泳法)」の否定・不自由」。

言い換えるなら~
自分の思い通り(自由)に、描いた将来の夢の実現の為に、
今の思い通り(自由な)の生活・現実を変える。

「将来の自由獲得の為の現在の自由の否定」
「自由獲得の為の不自由」

「よりレベルの高い自由の獲得の為に、現在の自由の否定」

「自由⇒不自由⇒自由」=否定の否定

この場合、不自由な「泳法」の継続・学習が、量質転化化・技して、自由な「泳法」へ

前も後ろも同じ「泳法」なのに…
当初は「不自由」でも継続・学習の結果は「自由」。

言い換えるなら「自由」も「不自由」の人間の認識次第?!
ただ…この場合の「泳法」とは、人類の創出して人工的なモノ…



そこが…問題であろう…










コメント (1)    この記事についてブログを書く
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1 コメント

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Unknown (弥勒)
2024-04-14 05:44:55
私にはこの記事も非常に個性的な「自由、不自由解釈」だと感じますが、(一)とありますから続きがあるのでしょう。それを読んでから結論しようと思いますけど、これまでの自由びと氏の記述から推しはかると大して変わり映えない内容だとは思いますけどね。
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