「将棋なんて簡単だ」と、郷田真隆は言った 鈴木大介vs畠山鎮 2012年 第70期B級1組順位戦

2021年06月11日 | 将棋・好手 妙手

 「【観る将】の人にも、ぜひ実際に将棋を指してみてほしい」


 というのは、先日言ってみたことだが(→こちら)、それは単にゲームとしておもしろいだけでなく、

 


 ポカウッカリは、指して、駒からがはなれた瞬間に【あ!】と気づく」


 「他人の将棋や、テレビネットでの観戦だと手が見えて、バンバン予想手が当たるのに、いざ自分がその局面を指してみると、1手も見えなくなる」


 

 という、実戦心理や「あるある」が体感できて、将棋観戦のおもしろさが、爆発的にアップするからだ。 
 
 そうなると、一見むずかしそうな、泥仕合駆け引きの交錯する将棋も、楽しめるようになるわけなのだ。

 前回は渡辺明の見せた見事な「藤井システム退治を紹介したが(→こちら)、今回は人の心が揺さぶられるさまを見ていただきたい。

 


 2012年の第70期B級1組順位戦

 鈴木大介八段と、畠山鎮七段の一戦。

 この期の鈴木は不調で、この将棋に負けると降級の可能性があるという、の大一番。

 一方の畠山は、なんとか残留を決めて気楽な立場だが、将棋界には、

 


 「自分にとっては消化試合だが、相手にとっては人生を左右する大一番。こういうときこそ、全力で戦って勝利しなければならない」


 

 という、よけいなお世……「米長哲学」というのが存在するため、力が抜けるなんてことは、ほぼありえない。

 そもそも畠山は、どんな将棋でも全力投球な、ファイタータイプの棋士なので、「ゆるめてくれる」なんて、期待できるはずもないのだ。

 将棋は鈴木が角交換型中飛車に組むと、畠山も金銀をくり出して、厚みで迎え撃つ。

 むかえた、この局面。

 


 

 一歩得の後手の模様がよさそうだが、先手はが固く、歩損しても歩切れというわけでもないので、互角であろう。
 
 後手が押さえこめるか、先手がその間隙をぬって、大駒をさばけるかというところだが、ここから局面が動き出す。

 

 

 

 

 

 △95金と出るのが、おもしろい一手。

 

 「金はななめに誘え」

 

 という言葉もある通り、通常こういう形は無筋としたものだが、これで次に△86金△86歩とされると、飛車が圧迫され、完封される恐れがある。

 そこで鈴木も▲74歩から、飛車の周辺をほぐしていくが、畠山も金で左辺を制圧し、△15歩から待望の攻め。

 そこからゴチャゴチャした玉頭戦になり、激しいねじり合いに。

 あれこれあって、クライマックスとなったのが、この場面。

 

 

 

 形勢は超難解

 パッと見、先手からは▲53歩とか、▲45歩とか、▲89飛なんかが見えるが、どれがいいのかはサッパリわからない。

 観戦している分には最高だが、指しているほうは大変という、一番熱いところだが、ここで鈴木の指した手が驚愕だった。

 

 

 

 

 

 ▲75歩と打ったのが、思わず、


 「えええええ!?」


 と声が出る手。

 この手の意味自体は、正直なところ不明どころか、そもそもいい手かどうかも、わからない。

 自玉は玉頭から攻められるのが、ミエミエなのに、その反対側から手をつける。

 放っておけば、▲74歩の取りこみから▲73歩成だろうけど、そんなもん間に合うんかいな?

 いや、そもそもこれを、△75同歩と取ったところで、先手に手段があるの?

 全部ごもっとも、お説の通り

 事実、観戦していたプロも「なんやこれ?」だったらしい。

 しかしだ、これは鈴木大介から言わせれば、おそらく会心勝負手で、たしかにそれは、なんとなくではあるが、伝わってくる。

 棋士の本場所ともいえる順位戦の、それも最終盤。

 そんな極限状態の中、ポンとこんな、ワケのわからない手を指されたら、そりゃ混乱します。

 攻めてもいけそうだし、△75同歩でも、先手は手に困ってるのでは?

 でも、具体的にとなるとむずかしいし、かといって△75同歩は、相手の言いなりでバカバカしくも見える。

 けど、実戦的には取るのが最善か。

 落ち着いた手が指せるかどうかが、勝負将棋の大事なファクターだしな。

 でも、そこで読んでない、いい手があるかもしれないし……。でも、でも……。

 ……なんて畠山鎮は、おそらく迷いに迷ったことだろう。

 つまりこれは、善悪はともかく、とにかく「雰囲気の出た手」であることは間違いない。

 ハッタリと紙一重の気合。

 疑問手か、それともか。

 疑心暗鬼におちいる畠山を見て、

 

 「この修羅場中の修羅場で、この歩を、△同歩と取れるわけなんてないっしょ!」

 


 不遜に胸を張る鈴木大介の姿が、目に浮かぶようではないか。

 結局、畠山鎮はこの歩を取り切れず、△25歩と攻める。

 これ自体はいい判断だったが、先手からすれば「ひるんだ」とも取れるわけで、以下▲74歩△76歩▲89飛として、を作ることに成功。

 その勢いで玉頭戦も制し、見事に鈴木が自力でのB1残留を決めたが、おそらくは▲75歩が、乾坤一擲の「勝着」だったはずだ。

 いや、絶対そう。

 手の意味はわからなくても、盤に打ちつけるとき心の中で、

 

 「勝つにはこれしかない!」

 

 さけんでいたはずなのだ。知らんけど

 いや、このあたりの形勢とか、実際どうなのかはわからずとも、見ているだけでもメチャおもしろい。

 自分もプレーすると、こういう、言葉にならない重圧や駆け引きの妙が、あれこれと想像というか妄想できて、こりゃもうアツいわけですわ。

 だから、実戦を指してみよう!

 と、ここまで語ってみれば、多少は興味もわいていただけるかもしれない。

 となれば、あとは駒を並べるか、将棋ウォーズにでもログインして完了。

 指し方については、こむずかしい定跡とかより、郷田真隆九段のステキな言葉通りにやればいい。

 


 「将棋なんて簡単だ。バーンと攻めて、反撃されたら、ガキンと受けりゃあいいんだ」



  
 将棋の本質を、こんなに簡潔に表した言葉が、他にあろうか。

 世にはたくさんの、カッコイイ「棋士語録」があるが、数ある中で、私がもっとも好きなフレーズである。

 バーンと攻めて、ガキンと受ける。

 ね? 簡単でしょ?

 あとは気軽に指して、悩んで迷って、頭をかかえて。

 七転八倒しながら、勝ってよろこび、負けてくやしがりとやっていると、

 


 「そっかー。あの場面で天彦をかかえていたのは、こういうことやったのかあ」


 「こんな危険なところで、よう踏みこむなあ。すげえわ、斎藤慎太郎こそ真の勇者や!」


 「優勢なはずやのに、決め手をあたえへんなあ。逆転しそうや。おお、コレが、かの有名な【高見死んだふり】か」


 

 新たなる発見が山もりで、将棋観戦の充実度は、今の10倍、いや100倍になること、ワタクシが保証いたしますです、ハイ。

 

 (「米長哲学」誕生の一局編に続く→こちら

 

 (鈴木大介の実戦的な逆転術は→こちら

 

コメント
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