トップ棋士のスケジュールたるや、大変なものである。
史上最年少でのタイトル獲得から八冠制覇まで、超過密スケジュールで駆け抜けてきた藤井聡太八冠王。
その強さあまねきため、冬に対局数が激減していることが話題になっているが、なかなかにおもしろい現象である。
タイトル戦でバリバリ戦っている棋士といえば、この時期は竜王戦七番勝負と王将リーグが佳境を迎えることが多い。
そこを今回、王将は取っているし、竜王戦は4連勝で終わったから、ポッカリと予定が空いてしまったようなのだ。
おかげで将棋中継がほとんどなく、われわれファンは無聊をかこつわけだが、まあそこは祭りの後のしばし一休みといったところであろうか。
いやマジで、われわれはともかく藤井八冠はちょっとは休まないとねえ。
といっても、師走もイベントや取材や雑用で、そうもいかないんでしょうが。
というわけで今回は過密スケジュールのお話だが、このテーマでまず思い出すのが羽生善治九段。
四段デビューからこのかた常に多忙を極め、2000年度には89局(!)という史上最多対局数を記録。
また、本業のみならずイベントや取材など、普及活動にも熱心に取り組むという勤勉さ。
「100面指し」なんて、とんでもなくしんどそうな企画に挑戦したり、その合間を縫って海外のチェスの大会に出たりしてたのだから、その尽きることのない体力と、旺盛な好奇心にはおどろかされるばかりである。
対局、その他の仕事、雑務、移動で、家に月3日くらいしか帰れなかったときもあるというから昭和のモーレツ社員並み、いやそれ以上か。聞いてるだけでグッタリである。
ちなみに盟友である先崎学九段の『将棋指しの腹のうち』によると、羽生はどんなに忙しかったり不調だったりしたときでも、グチや弱音を吐いたことがないと。
将棋人生で唯一「疲れた」という言葉を発したのが、A級順位戦最終局を計8時間の、しかも段取りのすこぶる悪かった生放送をこなしたときのみだというのだからホント化け物です。
羽生の強さのひとつに、この見た目からは想像もつかない強靭なスタミナ(精神力もふくむ)があったのだ。
とはいえ多忙自体、大変は大変なようで、これまた先チャンの文春エッセイによると、羽生が『将棋年鑑』アンケートの「欲しいもの」の欄に「どこでもドア」と書いていたというネタがあった。
それだけならなんてことないが、他に見てみると佐藤康光九段、森内俊之九段もまた同じ答えで笑ってしまったと。
これには、先チャンも
「もっと移動を楽しむ心の余裕など持てないものかねえ」
などとニヤニヤしながら、自分の欄を見たらそこにも「どこでもドア」とあってコケそうになったというオチがつくのだが、トップ棋士たちの対局日程表を見ると、これはもう笑い話でもなんでもない。
取り急ぎソニーかパナソニックか東芝でもなんでも、すぐさまその英知を結集して「どこでもドア」を制作し販売すべきであろう。