玉頭戦に進路を取れ 羽生善治vs剱持松二 1988年 第47期C級1組順位戦 その2

2023年01月07日 | 将棋・名局

 前回の続き。

 1988年、第47期C級1組順位戦

 剱持松二七段と、羽生善治五段の一戦は中盤のねじり合いに突入。

 

 

 

 

 この△63歩という手が、いかにも羽生らしい実に悩ましい打診。

 を逃げる場所がむずかしく、いきおい先手はここでラッシュをかけることになるが、それは羽生の待ち受けるところ。

 相手があせって前のめりになり、体の軸がぶれた瞬間にタックルを決め、そのまま一気に持って行ってしまうのだ。

 ……というはずだったが、なんとここで羽生にミスが出る。

 剱持は▲23香と、露骨に打ちこんでいくが、△13玉とかわしたのが疑問で、ここは堂々△23同銀と取るべきだった。

 △13玉▲21香成△64歩を取ったところで▲37桂打が好手で、またも剱持がリードを奪う。

 

 

 

 △24玉▲11成香△23玉にも、あせらずに、じっと▲64歩と取っておく。

 

 

 

 歩切れを解消しながら、後手玉が左辺に逃げ出したとき、うっすらと拠点にもなっている。

 なにより、ここで攻め急がない姿勢が見事で、河口俊彦八段も、

 


 「力をためて味わい深い」


 

 私も子供のころ並べて、

 「強い人は、こういう手が指せるんやな」

 深い意味が、わかっていたわけではないが、その「大人の手」とでもいうべき落ち着きに、シビれたものだった。

 ここまでくれば、ハッキリと羽生が苦しいのがわかってきた。

 ▲64歩△11角と取るが、▲25銀と上部から圧をかけて、ここで完全にまわしをつかんだ。

 以下、△24歩に(少し長いので飛ばしてください)▲14銀△同玉▲15香△23玉▲12銀△22玉▲11銀不成△31玉▲54桂△44角▲13角△21玉

 

 

 

 剱持に気持ちのいい手順が続いて、羽生は絶体絶命。

 とはいえ、こういう崖っぷちから、信じられない勝負手や妙手を繰り出して、ありえない逆転勝ちを数多つかんできたのが、若手時代の羽生だった。

 まだわからんぞの期待もあったが、次の手が冷静な勝ち方だった。

 

 

 

 

 

 

 

 ▲23歩とタラすのが、「羽生マジック」を回避する落ち着いた手。

 ここは▲33歩と打っても勝ちだが、河口八段によると、△11玉▲32歩成△同金

 ここで詰んだとばかりに、▲12銀、△同玉、▲31角成とすると、△13歩で「アッ!」となる。

 

 

 

 ▲同馬△21玉

 ▲同香不成△23玉で、どちらも詰まない。

 ▲13同香成は、△11玉打ち歩詰め

 実際は△13歩には▲同香成△11玉▲32馬で先手玉は詰まないから、先手の勝ちは動かないのだが、もしこれで自陣が詰めろとかになっていたら、たしかにあせりまくるところだ。

 実際、△13歩の局面で▲13同香成を入れず単に▲32馬と取ると、いきなり△17飛と打ちこむ手がある。

 

 

 

 ▲同桂、△同角成、▲同玉、△25桂、▲同桂、△26銀、▲同玉、△37銀、▲17玉、△28銀打、▲18玉、△17香まで、計ったようにピッタリと詰んでしまうのだ!

 

 

 

 

 こういうのを見ると、強い人に二枚落ちとか四枚落ちで、なかなか勝てない理由がわかる。

 将棋の終盤戦は、本当に最後の最後までだらけなのだ。

 その点、▲23歩なら△同銀▲22銀成として、△同角▲同角成△44にいる排除できるのが自慢。

 後手は△44が、攻防に効いているのが最後の望み。

 先手が寄せをグズれば、駒をたくわえた後、上記のように△17から打ちこんで一気にトン死筋へ持っていくねらいもあったが、それも消されてしまった。

 以下、△同玉▲11角できれいな寄り形。

 

 

 

 △44がいなくなって、先手玉はもう怖いところがない。

 △31玉▲13香成△32金▲33歩とたたいて、とうとう受けがなくなった。

 途中、▲13香成がまた、相手玉にせまりながら、▲15への逃走ルートも作った一石二鳥の手。

 将棋の終盤戦は1度勝ちになると、確変のように次から次へと良い手が連鎖して生まれるもので、それすなわち「勝ち将棋、鬼のごとし」。

 絶望的な形勢だが、羽生はさらにそこから、投げずに指し続けた。無念だったのだろう。

 この日は羽生が敗れたから、というわけではないだろうが、他のカードも星が伸びない棋士が全員勝ち、大内延介九段がしみじみと、

 


 「劇的なことって、あるもんだねえ」


 

 そういうイレギュラーなことが、まま起こるのが、順位戦というものなのである。

 

 (羽生のB級2組での戦い編に続く)

 (その他の将棋記事はこちらからどうぞ)

 


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