ラテン語をはじめてみた。
というのは先日お話したが、これまでチョコザップならぬ「チョコ語学」でフランス語やイタリア語をやったとなれば、今度はもう「親玉」である、これをやらぬばなるまい。
このオペレーション「ファランクス」により、さっそく大西英文さんの『はじめてのラテン語』など手に取ってみたが、ここにいくつか問題が生じてきた。
実はラテン語学習には、いくつかの大きな関門があるというのは語学マニア的な人からよく聞くところ。
まずひとつ目が、
「ラテン語って、チョーむずかしいんでガンス」
ラテン語=難解。
これは
藤井聡太=将棋の天才
金鳥の夏=日本の夏
くらいに知られた公式。
では、一体ラテン語のなにが難解なのかと問うならば、これがズバリ「格変化」。
「格変化の多さ」に悩まされるのは、「難しい言語」と言われる言葉に共通する「あるある」であって、ここには各種の言語学習者が挙手することになる。
「アホイ! チェコ語には7つの格変化があるデン。すごいだろック!」
「ヘイヘイ! なめてもらっちゃ困るネン、フィンランド語は格変化15個もあって、インド・ヨーロッパ語族どもが、泣きわめく姿が美しいッリ」
「ダー! ロシア語は6つの格変化だが、これらが複雑怪奇に絡み合って、キミたちを迷宮へといざなうノフ。白い地獄へようこそだスキー」
「ヨー・ナポット! 堂々【世界一むずかしい言語】の名を冠するマジャール語を忘れるなトヴァーン! 格変化は20種類! 名詞、形容詞、数詞、動詞、どれもわけわからんベートよ」
こういう
「俺たちの言語がいかにヤバイか自慢」
がはじまるわけだが、そこにエントリーして負けないのがラテン語という存在。
「ラテン語の格変化は16種類だウム。動詞の人称、数、時制、法、態によって語尾が変化する変幻自在の魔法だウレリウス!」
では、ラテン語の格変化が、いかにエグいかを見ていただきましょう。ドン。
英語だと「boy」は、せいぜい複数形の「boys」か、あとは所有格の「boy's」くらいだけど、ラテン語は文章の位置によって全部が変化する。
「愛する」という動詞も、人称変化がこれだけある。
しかも、接続法とか、命令法とか受動態とか、別個におぼえることもたくさん。
もちろん、形容詞もゴリゴリに変化します。
しかも、これはほんの「さわり」で、不規則変化とか、その他諸々を入れると膨大な量の変化を暗記しなければならない。
私はドイツ語やってたから、格変化については多少イメージできるところもあるけど(暗記できるとは言ってない)、いきなりこれを見せつけられたら、まあ心が折れます。
ちなみに、聞きなれない「呼格」とは呼びかけるときに使うもの。
なんとラテン語は「おーい」みたいに声をかけるとき、その名前が変化するのだ。
ウィリアム・シェイクスピアの戯曲『ジュリアス・シーザー』における、有名すぎるほど有名な、
「ブルータス、お前もか!」
というのはラテン語では、
「Et tu, Brute?」
うーむ、フランス語の元ネタがラテン語なのがよくわかるフレーズで、訳するなら、
「ブルーテ、お前もなんかーい!」
だれやねん、ブルーテ。
ラテン語学習者は、いちいちこれを全部マスターするんです。トンデモないぞ。
『ベルサイユのばら』の作者である池田理代子先生は
「まるで暗号」
とボヤき、簡単な1文を訳すのに1時間かかって、その労力と充実感(ここが偉いよなあ)を語ってましたが、さもありなん。
もちろん、変化にも法則性とかあるから、1単語ずつ、まるまるこの表をおぼえないといけないわけでもない。
けどねえ、名詞も動詞も形容詞も、こんな感じで回転木馬みたいにグルグル回っては、そら大変でっせ。
なのでラテン語学習者の多くは手元に「活用表」を用意して、それを参照しながらヴェルギリウスの『アエネイス』を読んだりしている。
ほとんど暗号解読だが、「失われた古代文字」という意味は、実際にそうかもしれない。
そういえば『天空の城ラピュタ』で、ラピュタに到着したムスカ大佐が、手帳をめくりながら、
「読める、読めるぞ!」
なんてハシャぐシーンがありましたが、あの手帳にはきっと複雑怪奇な、古代ラピュタ語の「格変化の表」が書いてあったんだろうなあ。