「近藤誠也の、あの顔で決まりやね」
近所の食堂で、月見ハンバーグ定食を食べながら声をそろえたのは、将棋ファンの友人トミオカ君と私であった。
少し前の話になるが、アべマが企画した「フィッシャー・ルール」によるトーナメント戦は、おもしろかった。
早指し戦特有のスピーディさと、ウッカリやトン死などハプニングもあったりして、毎週末が楽しみだったもの。
トミオカ君とも、そこで盛り上がり、
「菅井のファイティング・スピリットにはシビれたなあ」
「オレは青嶋のクールさにホレたね」
「若手も元気やね。明日斗は愛敬あって人気でそうやから、もっと勝ってほしい」
「本田の棋王挑戦に『刺激しかない』いうてたから、バチバチやってほしいよな」
「ところで、今回出てないメンバーで、もう1チーム作るいうたら、だれ選ぶ?」
「いやー、むずかしい。チームリーダーは郷田で、あとは中村太地と梶浦かなあ」
「強いなあ。じゃあオレは関西縛りで千田、澤田、大橋でいくわ」
なんて話をメシでも食いながらワチャワチャやるのは将棋ファンの至福なわけだが、では大会のハイライトシーンといえばどこか。
私が「実は決勝戦やねん」と言うと友は
「あ、偶然やな。オレもや」
というので、一緒に言おうか「せーの」で見事合致したのが冒頭の答えだ。
「第3回アべマトーナメント最大の見せ場は、決勝戦で見せた近藤誠也の殺気」
と聞いて、少しばかりいぶかしく思った方もいるかもしれない。
というのも渡辺明名人(棋王・王将)率いる近藤誠也七段、石井健太郎六段のチーム「所司一門」は今大会、見事に決勝戦進出を決める。
ただそこで、永瀬拓矢王座の率いる藤井聡太王位・棋聖、増田康宏六段のチーム「バナナ」に5連敗と、屈辱のストレート負けを喫しているからだ。
そんなボロ負けなのに、わざわざ負けたほうのメンバーを出してくるのかという方はぜひ、アべマのビデオに残っている映像を見返していただきたい。
近藤誠也が、実にいい表情をしているのだ。
登場したのは決勝戦の第3局と5局で、相手はともに永瀬拓矢二冠と強敵だったが、このときの顔がすさまじい。
とくに決着局であり、5連敗の完封負けが決まった第5局の終盤はまさに鬼気迫るというか。
ふだんは棋士らしく穏やかに見える誠也の顔がどす黒く染まり、頬はこけて見え、でも目だけは射貫くよう盤上に注がれている。
嗚呼、すごいな、と思った。これを一言で表現するなら、誤解を恐れずに言えば、
「殺人者の目」
もちろん、現実にナイフを突き立てられることはないが、まるで昭和の刑事ドラマに出てくる犯人のような、ギラギラしたものが発散され迫力だ。
その姿を見て思い出したのは、亡くなった村山聖九段の言葉。
映画にもなった『聖の青春』などで、最近のファンでも知ってる方は多いだろうが、この天才棋士が将棋雑誌のある文章で、こんなことを書いていたのだ。
対局前は無心か、相手を殺す、このどちらかの気持ちだ。体調の悪いときはだいたい殺すという気持ちが強い。初めは倒すという感じだったが、それでは生ぬるい。
四段昇段の記か、なにかの自戦記だったか忘れてしまったが、いわくいいがたいインパクトを残す一文である。
子供のころ初めて読んだときは、
「【殺す】なんて不穏な言葉を使ってええんやろか。スペクトルマンやないんやから」
なんてゾッとしたものだが、あの近藤誠也の戦いぶりを見て、頭に浮かんだのが、まさにこの村山の「殺意」だった。
彼は村山聖とちがって健康体だろうが、問題の本質はそこではない。
「体調」を「形勢」に変えれば、おそらくは多くの棋士が似たようなものなのではあるまいか。
テニスのノバク・ジョコビッチ、ラファエル・ナダル、ロジャー・フェデラーら「ビッグ3」も、ふだんは紳士だがコートの上では「猛獣」にたとえられ、「殺しに来る」という表現はよく使われるのだから。
負けた将棋でこんなことを言われるのは、近藤誠也も不本意だろうが、それでもいわく言いがたいインパクトを残したのは確か。
こういうのを、これからもたくさん見たいものだ。
新時代の将棋も、なかなかにアツいぜ。
(近藤誠也の見せる殺気は→こちらから)