黄金世代「竜王」と「五段」の対決 佐藤康光vs羽生善治 1990年 オールスター勝ち抜き戦

2019年11月23日 | 将棋・名局

 「羽生さんばかりが勝って、ちょっと他の棋士がだらしないんとちゃうの?」

 

 というのは、将棋ファンでない人に、たまに訊かれることである。

 タイトル通算99期、棋戦優勝回数45回

 前人未到の七冠同時制覇にくわえて、その七冠のすべてで、永世称号も獲得。

 数字だけ見れば、そう思ってしまう人もいるかもしれないが、それに関してはこう断言できる。

 

 「他の棋士たちがだらしないとか、それは断じてありえません

 

 羽生善治のすごさというのは、単に勝ち続けただけでなく、

 

 「この時代に、これだけの戦績を残した」

 

 というところにもある。

 なんといっても、彼が相手にしていたのに、まず谷川浩司という男がいた。

 羽生が「史上最強」とはいえ、この谷川もまた、将棋史においては五指に入る天才だ。

 さらには少し上に森下卓がいて、同世代に森内俊之佐藤康光郷田真隆丸山忠久藤井猛、さらには前回紹介した(→こちら)「史上最年少タイトルホルダー」屋敷伸之

 これら、世が世なら彼らこそが、圧倒的強さで棋界に君臨していたかもしれない棋士たち。

 そんなバケモノ集団の中で、頭ひとつ抜け出たことこそが、羽生の真の恐ろしさなのである。

 そこで今回は「最強の時代」を生きたライバルが、宿敵羽生善治を破った棋譜を紹介したい。

 

 1990年、今はなくなってしまったオールスター勝ち抜き戦の、羽生善治と佐藤康光の一戦。

 この将棋、まず棋譜の対局者名を見ると目を引かれるのが、二人の肩書で「羽生善治竜王」と「佐藤康光五段」。

 同世代で、しのぎをけずっていたはずが、むこうはタイトルホルダーで自分は「五段」。

 佐藤康光からすれば、当然おもしろくはあるまいと、周囲も想像するところで、事実この一局は、期待にたがわぬ熱戦となるのである。

 戦型は佐藤が先手で、角換わり腰掛銀に。

 先手が、9筋を突きこした形で仕掛けたのがうまくいき、リードを奪えそうな流れに。

 

 

 

 角は取られているが、と金飛角両取りがかかって、どちらか取り返せる形になっている。

 飛車を取られると、▲23歩のタタキがきびしいので、△62飛と逃げたいが、▲84と、と取られた形が、と金の威力が絶大すぎて後手が勝てない。

 まともな手では苦しそうに見えたが、ここで羽生はアッとおどろく奇手をくり出す。

 

 

 

 

 

 △95角と、ここにのぞくのが、いかにも「ひねり出した」という手。

 ▲同香なら、そこで△62飛と逃げておいて、次に△59角と打つのが、飛車の両取りになる。

 

 

 単に飛車を逃げるより、と金▲83の地点に留め置いたうえに、もうわずらせている。

 将来、△96桂のようなねらいもでき、こっちのほうが圧倒的に得であるのだ。

 それは相手の思うつぼということで、佐藤は▲92と、と飛車のほうを取るが、そこで後手も△59角成と、お荷物になりそうだったを、見事なポール回しで成りこんで、これで勝負形。

 

 

 

 以下、▲18飛、△75歩、▲85銀、△73桂、▲74銀、△54歩、▲23歩、△同玉、▲61飛、△55歩、▲47銀、△45銀、▲21飛成、△22角と進んで、これはどう見ても激戦である。

 

 

 

 そこからも、双方力を出し合ったねじり合いが続き、むかえたこの最終盤。

 

 

 先手玉に受けはなく、勝つには後手玉を詰ますしかない

 果たして詰みはあるのか。あっても、佐藤康光は発見できるのか。

 実戦詰将棋で、腕自慢の方は考えてみてください。

 初手は▲24歩しかないが、△13玉とよろけて、そこからがまずすごい。

 

 

 

 

 

 ▲24歩、△13玉、▲23歩成、△同玉、▲24歩、△13玉、▲23歩成、△同玉、▲24歩、△13玉、▲23歩成、△同玉、▲27香。

 なんと佐藤は

 

 「▲24歩、△13玉、▲23歩成、△同玉、▲24歩」

 

 という、歩の成り捨てを連発したのだ。

 ただ歩を損しているだけに見えるが、これが一歩を犠牲に時間をかせぐテクニック。

 これで、相手がノータイムで応じたとしても、数分は考えられることになる。

 こういう行為を嫌う人も多いし、当然佐藤も不本意だったろうが、だからこそ、なりふりかまっていられないという気迫も感じられる。

 歯を食いしばり、目を血走らせながら読みふける対局者たちの様子が、目に浮かぶようではないか。

 以下、△24歩に▲同香と取って、△同玉に▲25歩とたたく。

 △同玉に▲37桂、△36玉、▲47銀打、△35玉、▲46角、△44玉、▲36桂、△33玉、▲45桂、△23玉、▲28飛、△27歩、▲同飛、△24歩、▲同飛、△12玉。

 

 

 

 長手数進めてしまったが、変化としては一直線なので、ぜひ追ってみてほしい。

 パッと見、詰みはありそうだが、カナ駒がないため、まだハッキリととどめを刺す形が見えない。

 最初の王手からすでに30手以上が経過しており、ここまでたどり着くのもかなりの長旅だったのだが、まだむずかしいというのだから、なんともすさまじい戦いだ。 

 そしてついに、佐藤は勝ち筋を発見した。

 そう、後手玉には詰みがあるのだ。

 この手順が実にかっこいいので、皆様も考えてみてください。

 アレアレも、豪快に切りとばしていけば……。

 

 

 

 

 

 ▲22飛成、△同金、▲13角成が、熱戦の収束にふさわしい、あざやかな捨駒。

 △同金には▲21角、△23玉、▲33桂成

 

 

 

 

 

 △同玉に、▲31竜で、詰将棋のようにピッタリ詰み。

 本譜の△13同玉にも▲11竜と取って、△12飛の合駒に▲24角、△23玉、▲33桂成、△同金、▲12竜、△同玉、▲13飛

 

 

 

 ここで羽生は投了

 ▲11竜△12金打としても、▲24角から▲22竜と、こっちのを取って詰み。

 いかがであろうか、この佐藤康光の寄せ。

 当時すでに竜王だった羽生相手に、まさに一歩もゆずらないド迫力ではないか。

 こういう将棋を見せられると、やはりこの想いを新たにするわけだ。

 

 「羽生さん以外の棋士がだらしないとか、そんなことは断じてあり得ません

 

 (羽生と佐藤の竜王戦編に続く→こちら

 

 


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