前回(→こちら)に続いて、永瀬拓矢叡王・王座のお話。
挑戦者も決まり、もうすぐ叡王戦が開幕するが、そこでチャンピオンとして君臨する永瀬拓矢といえば「負けない将棋」である。
デビュー当時から、期待の若手として注目されていた永瀬は、その実力とともに、独特ともいえる受けの力でも話題を集めていた。
ねばり強さに加えて、ちょっとでもスキを見せたら、その瞬間から「根絶やし」をねらってくるS気もあり、プロには、なかなかいないタイプの棋士だったのだ。
アニキ分である鈴木大介九段はその独特に進化した将棋を
「悪いクセがついている」
手厳しく評したが、それが永瀬の個性として際立っていたことも、また一面の事実だろう。
その「負けない」ところが存分に発揮されたのが、2年前のこの将棋。
2018年、第43期棋王戦5番勝負の第1局。
渡辺明棋王と、永瀬拓矢七段の一戦。
後手の永瀬が、現代風な雁木に組むと、先手の渡辺はオールドタイプの矢倉を選択し、見事な作戦勝ちを収める。
中盤戦の入口。
金銀4枚の堅陣にくわえて、持ち歩は4枚もあり、あとは▲46歩から▲45歩とか。
▲22歩の手筋に、角も▲46とか▲71に打つ筋をからめて、先手から、どんどん攻めがつながりそうな局面。
このままでは勝負所もなく、やられてしまいそうだが、次の手が「永瀬流」の一着だった。
△34歩と打ったのが、すごい手。
意味としては、▲33歩、△同桂、▲34歩、△同銀、▲71角のような攻めを受けているわけだが、本当にただ受けただけである。
他になんの主張もない形で、ふつうは指せないどころか、昭和の棋士なら
「破門だ!」
一喝されそうなほど元気がない手だが、ここで自滅に走らないのが永瀬の強さか。
渡辺は▲46歩と味よく突いて、△39角、▲38飛、△84角成に▲45歩と、自然に駒をぶつけて行く。
これで、どう見たって先手が優勢である。
それを承知での△34歩というのが、なんとも、すさまじい発想ではないか。
そこからも先手は右桂を活用し、お手本のように攻め駒をさばいていく。
▲71角と打った局面など、こんなにうまくいっていいのかと、口笛でも吹きたくなるところで、実際、渡辺自身もそう感じていた。
両取りを受けるには△62飛しかなく、▲同角成、△同金、▲82飛が、またも馬と金の両取り。
どちらも取られないようにするには、△72桂しかないが、受け一方で、いかにもつらい。
さらに▲63歩、△61金、▲81飛成とカサにかかられて、ますます防戦が困難に。
△52金は▲72竜と取った手が、また金取りで、なおも逃げれば▲62歩成と、土砂崩れが止まらない。
△71桂とヤケクソのような受けにも、▲62歩成、△同金、▲71竜で、どっちにしても駒をボロボロ取られてしまう。
あまりの大差に、棋界最強のねばり強さで鳴らす木村一基九段ですら、
「投了してもおかしくない」
指している渡辺棋王も
「タイトル戦で全駒になっていいのか」
ところが、おそろしいことに、ここからこの将棋は永瀬の超人的ながんばりによって、とんでもない展開を見せることになるのだ。
(続く→こちら)