「負けない将棋」の大駒使い 永瀬拓矢vs藤森哲也 2012年 第34期新人王戦

2021年03月13日 | 将棋・好手 妙手

 永瀬拓矢がA級に昇級した。

 前回は名人挑戦を祝って、斎藤慎太郎八段の快勝譜を紹介したが(→こちら)、今度は王将戦で挑戦中の永瀬拓矢王座の話。

 永瀬といえば、デビューから早くも「大器」の誉れ高かったが、順位戦では意外な苦労を強いられた。

 C級2組6期もいたのみならず、ようやっと上がったC1でも9勝1敗頭ハネを食うなど、不運に見舞われる。

 この制度の息苦しさには、ほとほとウンザリさせられるが(枠がひとつ増えるだけなんて焼け石に水だ)、B21期抜けし、B12期でクリアと、ここへ来て、ようやっと借りを返しつつある。

 王座戦では、苦しい戦いをくぐり抜けて防衛し、いきなり3連敗で、アララとなった王将戦でも2つ星を返して、わからなくなってきた。

 そして、今回の昇級。

 一時は最大で四冠の目があったのを藤井聡太につぶされ、叡王を失い、王座戦フルセットまで持ちこまれたときは、「どうした?」と真剣に心配したものだが、どうやら杞憂であったようだ。

 やはり、この男はなかなか「負けない」のだ。

 こりゃマジで王将戦も、ひょっとすると、ひょっとするかもよ?

 

 2012年の第34期新人王戦は、永瀬拓矢五段藤森哲也四段が決勝に進出した。

 優勝候補だった永瀬が勝つのが、順当だろうと思いきや、藤森は敗れたものの開幕局では最後まで、ギリギリの競り合いを披露。

 第2局では永瀬のお株を奪うような、金底を打つ「負けない将棋」で勝利し、タイに持ちこむことに成功。

 

 

 第2局の将棋。4枚銀冠+金底の歩で「これ先後、逆じゃね?」と疑いたくなる堅陣を築き上げ、藤森が快勝。

 

 

 てっちゃん、やるやんけ! 

 思わず快哉をあげたくなる勝ちっぷりで、こりゃ藤森新人王もあるで!

 なんて熱戦の期待も高まったが、決着局である第3局は、永瀬の特技が炸裂することとなる。

 先手になった藤森が、▲26歩、△34歩、▲25歩と、このころよく指された「ゴキゲン中飛車封じ」のオープニングを選ぶと、永瀬は角交換振り飛車に組む。

 そこから相穴熊の戦いになるが、中盤の競り合いで永瀬がリードを奪って、この局面。

 

 

 

 

 藤森が▲74歩と、突っかけたところ。

 局面は後手がやや優勢だが、双方の穴熊がまだ健在で、まだまだこれからといったところ。

 2枚が、「いかにもやなあ」という永瀬調だが、なら次の1手はこれしかあるまい。

 

 

 

 

 

 △63馬と引くのが、「受けの永瀬」らしい手。

 「馬は自陣に」の格言通り、手厚い形で、受け将棋の人にとって指がよろこぶ手だろう。

 藤森は▲95飛と、にねらいをつけながら馬筋をかわすが、すかさず△84馬

 

 

 

 

 「馬は自陣に」は教科書にも載っているけど、永瀬拓矢の場合、馬は自陣に、「しかも2枚」なのだ。

 飛車を逃げるようでは、押さえこまれて勝負どころがなくなるから、藤森は「攻めっ気120%」で▲93金と突貫。

 △同桂、▲同歩成、△同銀、▲同飛成、△同香、▲同香成

 

 

 

 駒損だが、端のような局地戦は、ここさえ破ってしまえば、なんとかなるかもしれない。

 △93同馬▲85桂▲73歩成で食いつけそうだが、永瀬は冷静に対処する。

 

 

 

 

 

 

 △98歩、▲同玉に△95飛。

 これで成香を払ってしまえば、後手玉に怖いところがなくなる。

 4枚大駒を駆使したディフェンス網がすさまじく、「攻めの藤森」の瞬発力が、完全に封じられている。

 以下、▲96歩△93飛に藤森も▲86香と、急所のラインを押さえて懸命の反撃だが、そこで△74歩が、また落ち着いた手。

 

 

  

 ここでは他にもいい手がありそうだが、アッサリとを見捨てるのが、局面を単純化させる勝ち方でサッパリしている。

 ▲84香と取られても、△76香の反撃のほうが速い。

 特攻を冷静に受け止めたあとは、一気のシフトチェンジで、あっという間に藤森玉を寄せてしまい、永瀬が新人王戦初優勝。

 わずか数日前に制した加古川清流戦と合わせて、2つの若手棋戦のカップを獲得し、その力を大いにアピールしたのであった。

 

 (佐藤天彦名人の華麗な桂使い編に続く→こちら

 (永瀬がタイトル戦で渡辺明に見せたねばりは→こちら

 

 


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