永瀬拓矢がA級に昇級した。
前回は名人挑戦を祝って、斎藤慎太郎八段の快勝譜を紹介したが(→こちら)、今度は王将戦で挑戦中の永瀬拓矢王座の話。
永瀬といえば、デビューから早くも「大器」の誉れ高かったが、順位戦では意外な苦労を強いられた。
C級2組に6期もいたのみならず、ようやっと上がったC1でも9勝1敗の頭ハネを食うなど、不運に見舞われる。
この制度の息苦しさには、ほとほとウンザリさせられるが(枠がひとつ増えるだけなんて焼け石に水だ)、B2は1期抜けし、B1も2期でクリアと、ここへ来て、ようやっと借りを返しつつある。
王座戦では、苦しい戦いをくぐり抜けて防衛し、いきなり3連敗で、アララとなった王将戦でも2つ星を返して、わからなくなってきた。
そして、今回の昇級。
一時は最大で四冠の目があったのを藤井聡太につぶされ、叡王を失い、王座戦でフルセットまで持ちこまれたときは、「どうした?」と真剣に心配したものだが、どうやら杞憂であったようだ。
やはり、この男はなかなか「負けない」のだ。
こりゃマジで王将戦も、ひょっとすると、ひょっとするかもよ?
2012年の第34期新人王戦は、永瀬拓矢五段と藤森哲也四段が決勝に進出した。
優勝候補だった永瀬が勝つのが、順当だろうと思いきや、藤森は敗れたものの開幕局では最後まで、ギリギリの競り合いを披露。
第2局では永瀬のお株を奪うような、金底の歩を打つ「負けない将棋」で勝利し、タイに持ちこむことに成功。
第2局の将棋。4枚銀冠+金底の歩で「これ先後、逆じゃね?」と疑いたくなる堅陣を築き上げ、藤森が快勝。
てっちゃん、やるやんけ!
思わず快哉をあげたくなる勝ちっぷりで、こりゃ藤森新人王もあるで!
なんて熱戦の期待も高まったが、決着局である第3局は、永瀬の特技が炸裂することとなる。
先手になった藤森が、▲26歩、△34歩、▲25歩と、このころよく指された「ゴキゲン中飛車封じ」のオープニングを選ぶと、永瀬は角交換振り飛車に組む。
そこから相穴熊の戦いになるが、中盤の競り合いで永瀬がリードを奪って、この局面。
藤森が▲74歩と、突っかけたところ。
局面は後手がやや優勢だが、双方の穴熊がまだ健在で、まだまだこれからといったところ。
2枚の馬が、「いかにもやなあ」という永瀬調だが、なら次の1手はこれしかあるまい。
△63馬と引くのが、「受けの永瀬」らしい手。
「馬は自陣に」の格言通り、手厚い形で、受け将棋の人にとって指がよろこぶ手だろう。
藤森は▲95飛と、端にねらいをつけながら馬筋をかわすが、すかさず△84馬。
「馬は自陣に」は教科書にも載っているけど、永瀬拓矢の場合、馬は自陣に、「しかも2枚」なのだ。
飛車を逃げるようでは、押さえこまれて勝負どころがなくなるから、藤森は「攻めっ気120%」で▲93金と突貫。
△同桂、▲同歩成、△同銀、▲同飛成、△同香、▲同香成。
駒損だが、端のような局地戦は、ここさえ破ってしまえば、なんとかなるかもしれない。
△93同馬は▲85桂や▲73歩成で食いつけそうだが、永瀬は冷静に対処する。
△98歩、▲同玉に△95飛。
これで成香を払ってしまえば、後手玉に怖いところがなくなる。
4枚の大駒を駆使したディフェンス網がすさまじく、「攻めの藤森」の瞬発力が、完全に封じられている。
以下、▲96歩、△93飛に藤森も▲86香と、急所のラインを押さえて懸命の反撃だが、そこで△74歩が、また落ち着いた手。
ここでは他にもいい手がありそうだが、アッサリと馬を見捨てるのが、局面を単純化させる勝ち方でサッパリしている。
▲84香と取られても、△76香の反撃のほうが速い。
特攻を冷静に受け止めたあとは、一気のシフトチェンジで、あっという間に藤森玉を寄せてしまい、永瀬が新人王戦初優勝。
わずか数日前に制した加古川清流戦と合わせて、2つの若手棋戦のカップを獲得し、その力を大いにアピールしたのであった。
(佐藤天彦名人の華麗な桂使い編に続く→こちら)
(永瀬がタイトル戦で渡辺明に見せたねばりは→こちら)