ゴーストバスターズ 屋敷伸之vs森下卓 1990年後期 第57期棋聖戦 第1局

2023年10月19日 | 将棋・シリーズもの 中編 長編

 前回の続き。

 

 「彼が強いとは、どうしても思えないんです」

 

 屋敷伸之九段のことを、かつてそう評したのは、若手時代の森下卓九段であった。

 こういうとき、将棋にかぎらず勝負というのはハッキリしていて、

 

 「はあ? じゃあ、負かして証明してみろや!」

 

 温厚な屋敷は口にこそ出さないが、まあ内心は似たようなことを感じていたことだろう。

 これに対して、森下は棋聖戦の予選で完敗してしまい、

 

 「史上最年少タイトルホルダー」

 

 という記録のアシストをする形になってしまう。

 これを受けて、少しばかり評価も変わったようだが、話はまだ終わってないとばかり、今度は自らがその棋聖への挑戦者に名乗り出ることに。

 今度こそ本場所での決戦だが、言われた屋敷のみならず、森下の方も「強くない」と言った相手に番勝負で負かされては、「ヤカラ」とさげすまれても仕方がなくなる。

 

 「吐いたツバ、飲まんとけよ」

 

 まさに双方、プライドにかけて負けられないシリーズは、その通り熱戦あり、終盤のドラマありという、実に激しいこととなったのだ。


 1990年後期、第57期棋聖戦5番勝負。

 まずは開幕局

 後手番になった屋敷が四間飛車に振ると、森下は得意中の得意としていた左美濃へ。

 このころの森下がくり出す左美濃の強さは鬼神のごとしで、高橋道雄南芳一といった面々もふくめて猛威を振るい、一時期は

 

 「振り飛車全滅の危機」

 

 にさらされたほどの破壊力だった。

 その通り、森下はここで「らしさ」全開の指し回しを見せることになる。
 
 序盤をリードしたのは屋敷だった。

 角交換から、その△64の好所に設置し、△33桂

 

 「振り飛車の命」

 

 と呼ばれる右桂も活用していく。

 森下は敵のをわざわざ引き寄せて、きわどく受け止めようとするが、屋敷は手に乗ってをさばき、駒得にも成功。

 

 

 

 図の局面は、先手の飛車角が使えてなく、後手がうまくやったようだが、森下もを作って△11を取り駒損を回復すると、今度は左辺から手をつけていく。

 後手の飛車窮屈なのを見越して、接近戦に持ちこんで押し返そうという腹である。
  
 むかえた、この局面。

 

 


 先手が▲56金と手厚く打って、△73に逃げたところ。

 先手は飛車角の働きが悪いが、5筋と6筋の厚みが大きく、持駒のも威力を発揮しそうで、いい勝負に見える。

 一目は▲45金と取りたいが、ソッポに行くし、将来△65飛とさばいてきたときに当たりになるのも気になる。

 そこで代わりに放ったのが、筋中という手だ。

 

 

 

 

 

 ▲64歩が、いかにも感触のよさそうな軽妙手。

 △同飛△同角も、6筋にを打てば田楽刺しの一丁上がり。

 じっと▲46歩も良さそうだが、手の流れとしてはを突きたくなるところだ。

 こういう手の気持ちよさがわかって、自分でも指せるようになると、将棋のおもしろさはさらに2倍、3倍になるのだ。

 困ったのか、ここで屋敷は△57桂成と派手な手を見せるが、これがイマイチだったよう。

 ▲同金△65桂と両取りに打って、▲67金△77桂成▲同桂

 そこで△68歩が、期待のスルドイ手裏剣

 

 

 


 この手を見越しての桂捨てで、▲同金上△79銀が怖いし、▲同金引は上部が薄くなって指しきれない。

 そこで▲79金とよろけるが、そこで△64飛(!)が勝負手。

 ▲65香の田楽刺しが見えるが、それにはかまわず△44飛から△49飛成と成りこめば、△68歩の利かしが目一杯生きてくると。

 森下は誘いに乗らず、△64飛にじっと▲22馬と蟄居している馬を活用。

 △62飛▲33馬で手を渡しておく。この落ち着きが森下流である。

 

 

 なんとかあばれたい屋敷は、今度こそ6筋の香打ちがきびしいから△69歩成と成り捨ててから、△95歩から手をつけるが、このあたりでは流れは森下ペースだろう。

 しっかりと腰を据えて、あせって突撃してくるのを受け止めて完封するのは、得意中の得意という展開なのだから。

 だが屋敷も、そこはタダではやられない。

 なんといっても、18歳ですでに天下の棋聖である。ここで勝負手をくり出して喰いついていく。

 


 

 

 図は強引に飛車を成りこんだ屋敷に対して、ガツンとの補強を入れたところ。

 竜を逃げるようでは、▲66香とか▲94歩とか、▲66馬とか▲65(85)桂打とかとか攻めは選り取り見取りだが、「忍者流」屋敷がここで魅せるのだ。

 

 

 

 △76竜と捨てるが、渾身の勝負手。

 ▲同玉の一手に、△75金と押さえ、▲87玉△64角と、懸命に駒をさばいていく。

 ▲66香△76金打▲88玉△66金を取り返す。

 一気に先手陣も危なくなってきたが、森下はくずれない。

 

 

 

 ▲66同馬△同金▲87金と埋めるのが、森下流の手厚い指し回しで、これで後手が攻め切れない。

 先手のは消えたが局面がサッパリして、こうなると、いかにも後手の攻めが細く見える。

 以下、△75香から、ふたたびラッシュをかけるも▲89桂から、しっかりと受け止める。

 

 

 


 最終盤も落ち着いたものだった。

 次の手が、おそらく決め手にするべく、ずっといいタイミングで指したかった手だ。

 

 

 

 

 


 ▲35歩と突くのが、ぜひとも見習いたい感覚。

 飛車取りを防ぎながら、同時にこれまでまったく働いていなかった飛車が、その横利きで先手玉上部を見事にカバーしている。

 強い人というのは、この▲26にいる飛車のような遊んでいる駒は、いいところで働かせたいと常にねらっているものだが、こうもドンピシャに決まっては気持ちよすぎるではないか。

 こんなさわやかな手を喰らっては、さしもの「おばけ屋敷」(化け物のように強いことからついた当時のニックネーム)もまいった。

 △67金から最後の勝負をかけるが、この将棋の森下は終始ブレなかった。

 ▲78銀から、すべてを受け止めて先手勝ち

 才気あふれる屋敷のフットワークを大人の手厚い将棋で封じこめたところが、まさに森下将棋であり、気の早い私など

 

 「強い! さすがは谷川浩司、羽生善治に続くナンバー3やで。こりゃ、森下棋聖で決まりやな」

 

 ひとりで決め打ちしていたが、なかなかどうして。

 戦いが進むにつて、この好局は波乱のシリーズにおける、口当たりのいいオードブルのようなものだったと、徐々に思い知ることになるのである。


 (続く

 

 


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