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BL小説・風のゆくえには~片恋5-2(慶視点)

2016年01月20日 07時21分00秒 | BL小説・風のゆくえには~ 片恋

 浩介に好きな女ができた。

 堀川美幸、という女子バスケ部の3年生。ショートカットの美人。おれと同じくらいの背で、スタイルがいい。でも何か、フワフワした感じの人。独特の間があるというか……、女子の間で浮いてるんじゃないか? って気もする。

 写真部の部室から手を振ってからちょうど一週間後の昼休み、偶然彼女と出くわしたのだけれど、

「あ!桜井君! と、緑中の切り込み隊長、渋谷くーん」
「………え」

 開口一番そう言われた。切り込み隊長、というのはおれの中学時代のバスケ部でのあだ名だ。おれは小さいせいか目立っていたらしく、そんな変なあだ名をつけられ、他の学校のバスケ部員にも顔と名前を覚えられていた。

「美幸さんって田辺先輩と同じ中学だったんだって」
「あ、そうなんだ」

 浩介は横でおれにボソボソっと言ってから、近づいてきた美幸さんに向き直った。

「あ、もしかして、これからですか?」
「うん。そうそう。ホントにいる?」
「是非!!」

 浩介、頬が紅潮している。
 おれには分からない、2人だけの会話……

「じゃあ、今日の帰り……昇降口でいい?」
「はい! よろしくお願いします!!」

 浩介はにこにこと言って、そのまま通り過ぎていく美幸さんを、ぽーっと見送っている。

「……何の話だ?」
「あ……うん」

 照れたように浩介が肯いた。

「今日ね、調理実習でカップケーキを作るんだって。昨日その話したときに、おれが食べたいっていったから」
「へえ。すごいじゃん」

 この一週間でそんなに親しくなったのか……

「美幸さんね、将来はケーキ屋さんで働きたいんだって。お菓子作りとか大好きで……」
「…………」

 はしゃいだように話し続ける浩介……

 なんでおれ、お前の好きな女の情報聞かされてんだ?
 なんでおれ、それ聞きながら笑ってんだ?

 そんな内心の葛藤を押し隠して、

「良かったなあ。お前、美幸さんとそんなに仲良くなったんだ」
「うん!」

 やけくそ気味にいったおれに、浩介は無邪気に笑って言う。

「それもこれもみんな慶のアドバイスのおかげだよー本当にありがとうね!慶!」
「…………」

 そう……おれ達は『親友』。『親友』だから当然だよ。


**


 写真部4回目の活動は、険悪な雰囲気のまま終わった。まだ、部長の橘先輩と妹の真理子ちゃんの喧嘩は続いているようだ。
 でも、美幸さんからカップケーキをもらってウキウキしている浩介は、そんな雰囲気にも気が付かなかったみたいで、終始はしゃいでいた。

「カメラって面白いね~おれはまりそう」
「そりゃ良かった」

 帰り道、いつものように浩介の漕ぐ自転車の後ろに乗りながら、浩介の話をきく。浩介、いつもより饒舌だ。

 浩介の心地よい声、すぐそばにあるぬくもり……コツンとその背中に額をつけると、浩介が心配そうに後ろを振り返った。

「慶? 眠い? 落ちないでよ?」
「………ん」

 どさくさに紛れて、浩介の腰に手を回す。愛おしさが募って、ぎゅっと抱きつくみたいにすると、浩介は嫌がるでもなく、クスクスと笑いながら言ってくれた。

「ちゃんと掴まっててね?」
「ん」

 そのまま目をつむる。浩介のぬくもり……離したくない。離れたくない。

 だからこそ、おれは『親友』として、浩介の応援をしなくてはならない。
 離れないために。一緒にいるために。


 翌日……

 急遽体育館の照明の点検が入り、バスケ部が休みになった、と帰りのホームルームで担任から告げられ、

「慶の家、遊びに行ってもいいー?」
「…………」

 ニコニコと言った浩介に、胸が締めつけられる。
 一番におれと遊ぶことを思いついてくれた。それだけで充分だ。

 だから……

「ばーか」
 なんでもない顔を装って、浩介のおでこを弾いてやる。

「せっかく部活休みになったんだから、それこそチャンスだろっ」
「え」
「美幸さんとどっか行けよ?」
「えええっ」

 途端に真っ赤になった浩介。

「そ、そんな突然……」
「速攻で昇降口前、待ち伏せ。決定。ほら行け」
「えええ……っ、ちょっと待って。慶は……」
「おれ、写真部に用事あるから。じゃあな」
「慶……っ」

 浩介の声を背に、走って教室をでる。振り返ったら決心が鈍りそうだった。そのままの勢いで職員室に鍵を取りに行き、走って写真部の部室に飛びこむ。

「……………」

 息を整え、窓辺に寄る。

 昇降口前……浩介が傘をさして立っているのが見える。急に雨が降り出したけれど、用意の良い浩介はちゃんと折り畳み傘を持っていたようだ。傘がなくて走って帰っていく生徒が多い中、浩介は、ソワソワとした様子で昇降口を見張っている。

「………浩介」
 小さくつぶやく。

「浩介。浩介。浩介………」
 
 知ってる。おれはお前の『親友』。それ以上にはなれない。どうやっても。
 この想いは知られてはいけない。知られたら、そばにいられなくなる。

「………あ」

 浩介が慌てた様子で昇降口に走り寄ったので、屋根で隠れて見えなくなってしまった。

 でも………

「………っ」

 次の瞬間、心臓に鋭い痛みが走る。
 屋根の下から出てきた浩介の傘の中……美幸さんが一緒に入っている。

「……やるじゃん。浩介」

 自虐的につぶやく。……あいあい傘、だ。

「……お似合いだな」

 二人が寄り添うようにして、校門から出て行くのを、息を止めて見送る。

「…………」

 苦しい……

 椅子に座り、膝に肘をついて顔を覆う。

 知ってる。分かってた。
 いつの日か、浩介に特別な人が現れることなんて。その特別な人に、男であるおれが選ばれることがないってことなんて。

 だから、だから、おれは『親友』という座を選んだ。
 親友でいれば、いつまでも一緒にいられる。いつまでもそばにいられる。

 覚悟はしてたのに……どうしてこんなに苦しい……涙が溢れてくる……

「………椿姉」

 姉はおれに言ってくれた。

『自分の心に正直に。あなたの思った通りにしなさい』
『後悔しないように。今のこの瞬間は一度しかないのよ?』

 椿姉……思った通りにしたけど、つらいよ。後悔はしてないけど……でも、つらいよ。


 こんなにつらい思いをするなら……好きにならなきゃよかった……

「………なんて、言うわけねえだろ。ばーか」

 自分で自分に答えてやる。

「好きにならなきゃよかった、なんて死んでも言わねえよ」
 
 好きにならないなんて選択肢、おれにはない。

 ただ、一緒にいたいだけなんだよ。浩介……


 お前が他の誰を好きでいても構わない……、なんて、本心で思える日がくるのかな……

 まだ、無理だ。でも、もう受け入れないといけない。でも、つらい。つらい……

 涙が……止まらない……

 思うまま、静かに涙を流し続ける。

 と、そこへ……

「………渋谷先輩?」
「!」

 ビクッと跳ね上がってしまった。
 この声、真理子ちゃんだ。しまった! あわてて頬に流れている涙を手で拭ったのだが、

「先輩……泣いてるんですか?」
「あ……」

 振り返り、

(椿姉!)

 ドキッとする。違う。彼女は姉ではない。姉ではないけれど……

「……先輩?」
「………」

 まっすぐに彼女の瞳を見上げる。

 澄んだ瞳の色が椿姉に似てる……

 椿姉だったら、こんな時、きっと何も言わずに………

「先輩……」
「…………」

 ふわりと抱きしめられた。女の子の柔らかい胸……
 ゆっくりゆっくり頭をなでてくれる優しい手……

「泣いて、いいですよ?」
「…………」

 再び涙が流れはじめる。
 雨の音が心地いい。
 薄暗い写真部の部室の中、おれはそのまま静かに涙を流し続けた。



----------------------------------------


お読みくださりありがとうございました!
各方面やきもきする感じですが…続きはまた明後日!よろしくお願いいたします!

クリックしてくださった方、こんなやきもきする展開にも関わらず本当にありがとうございます!!暗いトンネルを抜ければ明るい明日がやってくるはず……。どうぞお見届けいただければと……今後とも、よろしくお願いいたします。ご新規の方もどうぞよろしくお願いいたします!

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BL小説・風のゆくえには~片恋5-1(慶視点)

2016年01月18日 07時21分00秒 | BL小説・風のゆくえには~ 片恋

「好きな人が、できたんだ」

と、浩介が言った。

 覚悟はしてた。そんな日がくることは。
 浩介だって、健全な男子高校生だ。恋くらいするだろう。この一年、何も浮いた話がなかったのが珍しいくらいだ。

 覚悟はしてた。してた。してたはずなのに……

「とりあえず、中間テスト終わってからにしねえか?」

 相談がある、といわれ、テストを盾に思いっきり話を遮ってしまった。おれ、嫌な奴……。

 でも、浩介はあっさりと、

「そうだね。そうする」
と、うなずき、何事もなかったかのように、また基礎解析の問題を解きはじめた。

「………………」

 え、それでいいのか……?
 いや、いいならいんだけど………っていうか、このまま無かったことになってくれたら……


 なんて、甘い話にはならず。

 中間テストが終わった翌日の昼休み。
 弁当を食べながら、浩介がケロリといった。

「慶は好きな人いないの?」
「……………」

 お前が言うな。

 ……という本音は隠して、ぶっきらぼうに答える。

「………いねえよ」
「そっか……」

 微妙な沈黙が流れる……

 もぐもぐもぐもぐ………

 浩介の喉元を見ながら、卵焼きをしつこいほど咀嚼して、ゴックンと飲みこむ。

 覚悟を決めた。

「で? お前のその好きな人ってのは誰なんだ?」
「え?!」

 途端に真っ赤になる浩介。

 くそー……初めてみるそんな表情。おれがさせるわけでなく、他の奴のためにする表情……

 そんな内心の沸騰を抑え込んで、普通の顔をして聞く。

「女バスの先輩?」
「え?! なんで分かったの?!」
「…………」

 あー……そうですか。やっぱりあの女か……

「こないだの試合の時、話してたの見たから」
「え!? それだけで分かっちゃうの? うわーさすが渋谷ー」
「………」

 渋谷……って、なんで名字呼びに戻ってんだよっ。
 なんてことは言えず、他のことを聞く。

「なにが『さすが』なんだよ?」
「え、だって、聞いたよ。渋谷は中学時代モテモテでファンクラブまであって、女の子落としまくってたって」
「…………」

 誰がモテモテ? 何がファンクラブ? 落としまくって……??

「なんの話だそりゃ」
「え、違うの?」

 きょとんとしている浩介。
 ああ、もう、色んな意味でイライラしてきた。

「確かに女友達は多かったけど、落としまくった覚えはねえよ。荻野にでも聞いてみろ」
「あ、そうなんだ……ごめん。話信じちゃった」
「………」

 なんだそりゃ。
 イライラが最高位まであがっていて、言葉がトゲトゲしくなってしまう。

「で、相談ってのは何だ」
「あ……うん……」

 おれのイライラを察知したのか、浩介は若干ビヒリながら言葉を続けた。

「おれ………これからどうしたらいいのかな」
「……………………」

 知るか。んなこと。

 …………と、言いたい気持ちを押さえつける。

 浩介の真剣な目………。おれのこと信頼して相談してくれてるんだよな………。

 頭が冷えてきた。
 おれ達は『親友』。親友なんだ。親友の相談………ちゃんと乗ってやれよ、おれ。

「あー………、それはお前が『どうしたいか』によるんじゃねえの?」
「どうしたいか?」

 首をかしげた浩介に指をつきつける。

「その先輩と、付き合いたいのか?」
「え!? いや、それは無理………っ恐れおおいというかなんというか………」
「………………」

 ふーん…………
 ちょっと安心………、あ、いや、安心してる場合じゃなくて。

「じゃあ、とりあえず、友達からってやつだな」
「あ、うんうんうん。それで充分」
「……………」

 ふーん…………
 ちょっと笑いそうになってしまうのをどうにか押さえる。

「じゃ、積極的に話しかけるってことから始めたらどうだ?」
「話しかけるって………何の話したらいいの?」
「まあ、共通の話題……共通の知り合いの話とか。同じ部活なんだし、いくらでもいるだろ。例えば『田辺先輩って一年生の時どんな感じだったんですか?』とか」
「なーるーほーどー」

 浩介はパアッと明るい顔になり、無邪気に笑った。

「ありがとう!渋谷!やっぱり渋谷に相談して良かった!」
「………………」

 覚悟は、してた……。

 いつか浩介に彼女ができて、おれよりも彼女を優先させる日がくることを……。

 その時、おれは………おれは。

「………『親友』なんだから当然だろ」
「うん!ありがとう~!しぶ……、慶!」
「……………」

 浩介の笑顔………

 もう、何でもいい。
 渋谷でも慶でも何でもいい。
 どんな形であれ、お前のそばにいられれば、それでいい。
 そのためならおれは何でもする。



 今日は写真部活動3回目。ようやく浩介もこられた。

「とりあえず、カメラに慣れろ。細かいことは言わないから、何枚か撮っていいぞ」
「わ~やった~」

 部長の橘先輩の言葉に、浩介は嬉しそうにカメラをいじりながら、窓の外に向かってピントを合わせはじめた。

 小さい子供みたいでカワイイ………

「渋谷先輩」
「ん?」
 トントンと橘先輩の妹、真理子ちゃんに小さく腕を叩かれ振り返る。 

「先輩はどう思います? コンテストのこと……」
「あー、うーん……」

 橘先輩が「今年は文化祭にだけ参加して、コンテストには出さない」と言ったことに、真理子ちゃんは大反対している。

 正直、おれはコンテストなんてよくわからないし、文化祭だけで充分だと思うんだけど………

「せっかく去年も入選したのに、もったいないんです。これじゃ何のために写真部に入ったのか……」
「真理子」

 橘先輩のきつめの声。

「いい加減にしろ」
「だって!」
「そんなに出したきゃ俺抜きでやれ」
「お兄ちゃんが出さないと意味ないでしょ! どうして……っ」
「うるさい」
「……っ」

 真理子ちゃんは涙目で橘先輩をにらみつけると、部室から出ていってしまった。様子を見ていた南が慌てて追いかけていく。
 橘先輩もムッとした顔をして、暗室に入っていってしまった。

「……………」
「……………」

 残されたおれと浩介。思わず顔を見合わせてしまう。

「兄妹喧嘩……」
「にしては、なんか訳ありな感じだよな……」

 まあ、考えていてもわからない……。
 おれ達はとりあえず、各々でそれぞれに与えられた課題をこなしていたのだけれども………

 ふっと浩介に目をやると……

(浩介……、何か……見てる?)

 浩介がさっきまで構えていたカメラを下ろして、じっと外を見ている。
 見ている、というか、ぽや~……っと見とれている……

(まさか…………)

 そっと近づいて外を見て………

「!」

 わかっているのに、胸がナイフで抉られたようになる。
 浩介の視線の先………あの女だ。ショートカットのフワフワした感じの女……

「……………」

 浩介……っ

 そんな目で見るな。そんな愛しそうな視線を送るな。

 やめろ……やめてくれ……

 浩介…………浩介っ、こっち見ろっ 

 おれを…………っ

「浩介!」
「わっ」

 衝動にかられて、後ろから抱きついた。

「…………け、慶?」
「………………」

 ぎゅううううっと力をこめる。
 浩介の温もり、浩介の匂い、浩介の………

「慶? どうし……」
「…………手」
「え?」

 聞きかえされたのと同時に、後ろから浩介の手首を掴んで、外に向かって手を振りながら、叫んでやる。

「せーんぱーい!」
「え、ちょ、慶!」

 そのまま浩介の右手を操って振る。

「せんぱーい!」
「わわわっ慶!」

 慌てる浩介の脇腹をつつく。

「ほら、お前も呼べよ」
「え、え、えーと………美幸さーんっ」
「!」

 名前呼びかよ……っ。

「美幸さー………、あ」
「…………」

 ほっとしたように、にっこりとした浩介……。あの女……美幸さん、が、こちらに手を振りかえしてくれている。今から帰るところのようだ。
 彼女が校門から出て行くのを見送ってから、浩介が「もー」と言っておれを振り返った。

「びっくりしたよーあんな急に……」
「お前がぼけらーっと見てるからだろ。ちゃんとアピールしろよアピール」
「うう……キビシイ……」

 言いながらまたカメラを手にした浩介。でもその口元には幸せそうな笑みが浮かんでいる。

「…………」

 お前が幸せならそれでいい。

 ……なんて思えるようになるまで、どのくらいかかるんだろう。

 浩介がこの恋を成就させることができたら………おれもお前のこと、ただの親友とだけ思えるようになるのかな……。



----------------------------------------




お読みくださりありがとうございました!

察しの良い方はお気づきかもしれませんが……
最後、浩介が幸せそうに微笑んでいるのは、もちろん美幸さんと手を振りあえて嬉しいってのもありますが、こうして慶と恋ばなできたりしたのが、本当の友達って感じがして嬉しいっていうのもあったんですね~。
慶はそんなこと知るわけなくて、どんどんドツボにはまっていく……

続きはまた明後日、よろしくお願いいたします!

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BL小説・風のゆくえには~片恋4(浩介視点)

2016年01月17日 07時21分00秒 | BL小説・風のゆくえには~ 片恋

「大丈夫?」
 そういって、白いハンカチを差し出してくれた美幸さん。

(女神だ……)

 しばらくポカンと見惚れてしまった。
 ふんわりとしたその笑顔は、おれが思い描いていた『女神』の姿そのものだった。


*** 

 せっかく写真部に入部したのに、バスケ部の練習が入ったため行けていない。
 ゴールデンウィーク中も試合と練習があり、親から「ちゃんと勉強してるのか」と言われてしまったため、一日だけあった休みも家でずっと勉強するはめになり、結局、親友である渋谷とも全然遊べなかった。


 ゴールデンウィークが空けて二日目の水曜日。

 委員会の仕事でバスケ部の練習に行くのが遅れてしまったのだが、体育館に着くなり、

「桜井、外周10周!走ってこい!」

 部長の田辺先輩に言われて、あわてて外に戻った。みんなはもう走り終えて戻ってきたらしい。
 早く走って戻らないと……と、気が焦っていたせいだろうか。8周目の途中で派手にすっころんでしまった。

「痛……っ」

 左の肘、血が出てる……
 ああ、しまったなあ……ジャージの上着にハンカチとチリガミ入れてあったけれど、体育館に置いてきてしまった……
 とりあえず、このまま保健室に行くか……そんなことを思いながらしゃがみこんでいたら、

「大丈夫?」

 凛とした、女性の声。

「え……」
 見上げると……ハンカチが差し出されていた。

(女神だ……)

 ポカン、としてしまう。
 その優しい笑顔はまるで女神のようで……

 えーと、この人は、女子バスケ部の……

「あの……先輩」
「え」

 彼女は、あはは、と笑って、

「先輩っていうのやめて。こそばゆい」
「………」

 女子バスケ部の子達は名前にさん付けで呼び合っている。名前で呼び合っているので名字が分からない。確かこの人は……

「えーと……美幸さん」
「そうそう当たり。っていうか、ほら、血、垂れてるよ」
「え」

 白いハンカチを躊躇なくおれの傷口に当てくれた美幸さん。

「ハンカチ汚れちゃいますよっ」

 やめさせようとしたけれど、美幸さんは「いーからいーから」と笑って、

「保健室いこ、保健室」
「え、いえ、一人で大丈夫です」
「いーじゃん。外周サボりたいから一緒に行くよー。はい、立って?大丈夫?」
「!」

 顔を至近距離でのぞかれ、カアッとなる。女の人の……ふんわりした髪の匂い……。

「えーと、君は……しのさくらの……」
「あ、桜井、です」

 しのさくら、というのは、篠原と桜井の略。同じ日に同じくバスケ未経験で入部した篠原とは何かとペアを組まされることが多くて、いつの間にバスケ部内では二人合わせて『しのさくら』と呼ばれるようになっていた。

「しの、じゃなくて、さくらのほうね」
「はい」

 歩きながらも、ふわっと良い匂いが漂ってくる。
 フワフワ、フワフワ…… 
 なんだか体が軽くなったような感じだ。


**


 お借りしたハンカチに血が付いてしまったので、どうしようかと思ったのだけれども、帰宅後、母に見せたらすぐに染み抜きをして洗ってくれ、アイロンまでかけてくれた。いつもは、嫌悪の対象でしかないはずの母だけれども、今回ばかりは本当に本当に本当に感謝の言葉しか出てこなかった。


 翌日、部活にいってすぐに、美幸先輩にその綺麗になったハンカチを返した。
 雨なので部活中止になるのかと思いきや、バトン部が体育館を譲ってくれたそうで、助かった。また写真部に参加できないのは申し訳ないけれど。


 ハンカチと一緒に、お礼の品(男子バスケ部御用達の駄菓子屋のチョコレート)を渡すと、

「私、その駄菓子屋、一回しか行ったことないんだよー。連れて行ってくれる?」

 そうニコニコ言われ、思わず二つ返事で練習の帰りに一緒にいく約束をしてしまった。

(先週の木曜日は渋谷と約束して一緒に帰ったけど、今日は約束していないから大丈夫だよな……)

 どのみち雨だから、自転車で家の前まで送ってあげることもできないし、まあいいか、と結論付け、雨の中、美幸さんと一緒に駄菓子屋へ行った。
 いつもよりも少しゆっくり歩くことも、男は目に止めないような、小さなメモ帳とかキラキラしたシールとかを彼女が手に取っている姿も新鮮……。

 心の中で、渋谷の下駄箱に靴が残っていたことが気にかかったけれど、まあ、約束してないから、渋谷がおれのことを待っているってことはないだろう、と自分を納得させる。

 案の定、翌日、渋谷は何も言ってこなかった。安心したような、おれがどうしたかなんて渋谷には興味がないことなんだな、と思ってガッカリしたような……。
 やっぱり渋谷にとって、おれの存在なんて些細なものでしかないのかな……。


***


 週末、大きな試合があった。
 その打ち上げの席でも、少しだけ美幸さんと話せて、ちょっと浮き浮きしてしまっていたら……

「さーくらーいくーん!」
「え」

 いきなりガシッと後ろから頭を抱えこまれた。篠原だ。

「な、なに!?」
「なに、じゃないでしょー」

 そのままズルズルと壁際に連れていかれ、しゃがまさせられる。
 篠原はニヤニヤとおれの顔をのぞきこむと、

「桜井、美幸さんのこと狙ってるでしょ?」
「え」

 狙……狙ってるって!!
 途端に、自分でも赤くなったのが分かった。
 篠原が笑いながらおれをつついてくる。

「わっかりやすーい」
「え、そんな……っ」
「こないだ一緒に駄菓子屋も行ったよね?」
「え…っ」

 どうしてそれを!!

「一年の奴が見たって。それに今日もなんだかんだ話してたしね~」
「それは……その」

 うひひひひ、と篠原は変な声で笑うと、

「いいじゃん。美幸さん。彼氏いないらしいし」
「え、そうなの?」
「らしいよ。ってやっぱ喜んでんじゃんっ」
「いや、そんな……っ」

 言いながら、チラッと美幸さんの姿を見る。……やっぱり女神だ。狙ってるなんてそんな恐れおおいというか………

「相談のるよー」
「相談って……」

 篠原はしつこくまたつついてきたが、「あ、そうか」と言って手を止めた。

「桜井って、あの渋谷慶と仲良いんだっけ?」
「え? あ、うん」

 どうしてここで渋谷の名前が? って、それに『あの』渋谷ってどういう意味?

「渋谷に相談してるんだ? だって、渋谷ってあれなんでしょ? 中学の時、女落としまくってたんでしょ?」
「………………………………え!?」

 落としまくって!?

「まあ、あの顔だもんねーああ羨ましい」
「え、え、ええ!?」

 し、渋谷が女落としまくって………?
 でも、考えてみたら、渋谷は男女問わず誰とでもすぐ仲良くなって………

 おれがアワアワしていたら、篠原がキョトンとなった。

「え、そういう話、全然しないの?」
「う………うん」
「えーーーー」

 篠原は呆れたように肩をすくめた。

「それ、ほんとに仲良しなのー?」
「え」

 グサッ

「女の話もできないなんてーホントは心開いてないんじゃないのー?」
「う………」

 そ、それを言われると…………
 たぶんおれが全然女っ気がないから、渋谷もそういう話、したくてもできなかったのでは………

 と、そこへ。

「しのさくらー? 二人してなーにこんな隅っこに固まってるのー?」
「!」

 み、美幸さん………
 いきなり声をかけられ焦ってしまう。

 篠原がヘラヘラと美幸さんに言う。

「しのさくら、さくらの方が美幸さんと話したいらしいので、しのは退散しまーす」
「篠原………っ」

 止めるのも聞かず、篠原はスキップしながら行ってしまった……。残されたおれはどうしたら………っ。

「話?」
「え、いや……っ」

 美幸さんに聞かれ固まってしまう。そんな話なんて何も……っ

「何の話してたの?」
「あ…………えーと…………」

 何の話って…………
 ぐるぐると頭をめぐらせ、最後にした話を思い出す。

「あ、あの、僕の友達の話、です」
「友達…………って、もしかして、渋谷君のこと?」
「え?」

 な、なんで美幸さんまで渋谷のこと知ってるんだ!?

「あれよね。『緑中の切り込み隊長』」
「あ、はい」

 緑中の切り込み隊長っていうのは、渋谷の中学校時代のバスケ部でのあだ名。渋谷という人は、この近辺の中学校のバスケ部の間ではかなりの有名人だったらしい。

「すごい人気だったのよねーファンクラブみたいなのもあったらしいよー」
「へえ………」

 そうしたら『女落としまくってた』っていうのも、あながち噂だけではないのか………

「特定の彼女とかいなかったらしいから、余計にモテてたのかもね」
「あ………そうなんですか」
「やっぱりモテると逆に特定の子作るのも難しいのかな」
「…………」

 美幸さん………視線の先には、キャプテンの田辺英雄先輩?

 ああ、田辺先輩もモテるもんな。今も女子バスケ部の人達に囲まれている。この人もやっぱり渋谷ほどではないけれど、オーラがある。

「!」
 ふっと美幸さんに視線を戻して……ドキッとした。その横顔………本当に女神のようだ。光がさしてみえる。

「…………あ」
 ちょっと離れたところで、篠原がニヤニヤと手を振っている。

『美幸さんのこと狙ってるでしょ?』

 狙ってる……って、それは………好きってこと?

 再度美幸さんに視線を戻す。美幸さんの女神のような微笑み………ずっと見ていたいと思うような、優しい笑み………

(好き…………?)

 気になってそちらを見てしまう。話すとドキドキする。

 そうか……これが、好き? これが、恋?

(渋谷………)

 明日、渋谷に話してみよう。
 こういう話をしたら、おれ達、もっと仲良くなれるのかな? 本当の親友になれるのかな………。



----------------------------------------

お読みくださりありがとうございました!

篠原君は、恋愛第一主義。女バスに可愛い女の子が多い、という理由で高校からバスケ部に入ったような子です。
篠原君にたきつけられ、美幸さんのことを好き?と思いはじめた浩介君……。

続きは、火曜日メンテらしいので、火曜をさけるため、明日更新します。どうぞよろしくお願いいたします。

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BL小説・風のゆくえには~片恋3(慶視点)

2016年01月15日 07時21分00秒 | BL小説・風のゆくえには~ 片恋


 ついに、恐れていた瞬間がきてしまった。

「好きな人が、できたんだ」

 そう浩介が、恥ずかしそうに、言った。



 話は4日前に遡る。


 5月の第2木曜日。写真部活動2回目。
 せっかく同じ部活に入ったというのに、浩介は1回目も2回目も来ていない。バスケ部で大きな試合があるため、木曜日も練習になってしまったからだ。

 今日は雨だから練習ないと思ったのに、バトン部が体育館を譲ってくれたとかで(譲るなよ!)今日もこない……
 ゴールデンウィークも試合や練習で全然遊べなかったし……バスケ部の存在が恨めしい……


「お兄ちゃん、楽しい?」
「………おもしろい」

 妹、南の言葉に適当に肯く。
 今、現像液というのを作っている。化学の実験みたいで面白い。おれは写真を撮ったりするより、こういう作業をしているほうが性に合っている。
 そんな中で……

「………あ」
 横でシャッターを切る音がした。まただ……

「あのー……」
「気にするな。続けろ」
「気にするなって言われても!」

 横で写真を撮られて気にならないわけがない!!

 前回もそうだったのだけれど、部長である橘先輩がやたらとおれの写真を撮ってくるから困っている。

「もう、お兄ちゃん!」
 妹である真理子ちゃんのたしなめも聞かず、橘先輩はジーッとカメラを構え続けていて……困る。

「いいじゃないの。お兄ちゃん。減るもんじゃなし」
「うるせーよ」

 南がニヤニヤと言うので言い返す。あっちでもお兄ちゃん、こっちでもお兄ちゃん、紛らわしい。でも、真理子ちゃんの「お兄ちゃん」は軽やかで可愛らしくて、南の「お兄ちゃん」は低くてかわいげがないので間違えることはない。

「お兄ちゃん、渋谷先輩モデルの写真を次のコンテストに出すつもりなの?」
「いや」

 真理子ちゃんの問いに、橘先輩はようやくカメラから目を離した。

「今年は出すのをやめようと思っている」
「え?」
「今年は文化祭だけでいい」
「えええええ?!」

 真理子ちゃん、悲鳴みたいな声をあげた。
 おれと南は様子が分からず、きょとんとしてしまう。

「どうして? どうして出さないの?!」
「……………」

 橘先輩はなぜかちらっと、自分が昨年撮って入選したという、バレーボール選手の写真を見ると、またカメラに視線を戻した。

「俺以外はみんな初心者なんだし、文化祭で充分だ。っていうか、文化祭に出せるレベルのものが撮れるかどうかも怪しいくらいだろ。5分後に撮影練習はじめるぞ」
「えー……」

 ブツブツ言う真理子ちゃんを置いて、おれと南で片付けをはじめる。……と、またシャッター音……。

「だから、先輩……」
「気にするな。さっさと片づけろ」
「………」

 ホントに……どうにかしてほしい……


***

 カメラの操作の練習をしていたら、あっという間に5時半になってしまった。

 バスケ部の練習が終わったら一緒に帰ろうって言おうと思っていたのに、浩介は今日一日中なんかソワソワしていて、その上、帰りのホームルームが終わった途端、ものすごい勢いで部活に行ってしまったので、声をかけそびれてしまった。

 まあでも、先週も、バスケ部が終わってすぐに写真部の部室にきてくれて一緒に帰ったし、言わなくてもここで待っていれば来てくれるんだろう、と思いながら、部室の窓から外を眺めていたら……

「あれ……」

 浩介がいる。
 昇降口を出たところで、浩介が傘をさして立っていた。もう制服に着替えているしカバンも持っているので、あとは帰るだけの状態だ。

「なんだ?」
 おれ達は下駄箱の場所も上下なので、靴に履き替えた時におれが校内にいることは分かっているだろう。入れ違いになるのを避けるためにそこで待ってるのか?

「雨降ってるのに……」
 バカだなあ……と思いながら、それじゃ、すぐに下に降りるか、と立ち上がった、その時だった。

「…………え?」

 浩介が、昇降口からでてくる誰かに向かって手を振っている。

(………誰だ?)

 赤い傘が浩介の前で止まった。

 何か話している……

 浩介、笑ってる………

 そして、校門の方に向かって二人並んで歩いていく。おれの見ている真下を通って。
 浩介、こちらに気がつきもしない。おれがいるっていうのに……

(………誰だよ?)

 赤い傘が傾いて、さしている女の横顔が見えた。ショートカット……結構美人……。
 見たことあるような……たぶん同じ学年ではない。先輩……?

 浩介の黒い傘と、その女の赤い傘は、並んで校門から出ていってしまった。

 おれが待っていたのに……待っていたのに、気がつかないで、行ってしまった。


***


 翌日、浩介は何も言わなかったから、おれも聞かなかった。というか、聞けなかった。というか、聞きたくなかった。

 浩介は、なんとなくフワフワしている感じがしたけれども、それもおれの考えすぎかもしれないし、そうなのかもしれないし、分からない。

 だいたいあの女はどこのどいつなんだ……

 という謎は週末に解けた。
 週末のバスケ部の試合を見に行ったら、女子バスケ部の集団の中にあの女がいたからだ。やっぱり結構美人。スタイルがいい。おれと同じくらいの背だろうか……。

 浩介、またあの女と少しだけ話しをしていた。
 浩介のあの表情、あれは………。
 考えたくなくて、思考を停止させる。考えたくない。考えたくない……。


 そして………月曜日の放課後。
 中間試験一週間前で部活停止のため、いつものようにおれの部屋で一緒に勉強していた最中、恐れていた瞬間が訪れた。

「慶………相談があるんだけど」
「……………」

 浩介のはにかんだ笑顔………
 嫌な予感しかしない。聞きたくない。聞きたくない………

 耳を塞ぎたいのを理性で押し留めて、「なんだ?」と浩介に問いかけると、

「おれ………」

 浩介は今までに見たことがないくらい真っ赤になって…………

「おれね」

 恥ずかしそうに、言った。

「好きな人が、できたんだ」
「……………………」

 ああ………夢なら覚めてくれ。 

 

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お読みくださりありがとうございました!
夢なら覚めてくれーって感じで(^-^;
また明後日、よろしくお願いいたします!

クリックしてくださった方、本当にありがとうございます。これから慶君どん底に落ちていきますが……今後とも、どうぞよろしくお願いいたします。ご新規の方もどうぞよろしくお願いいたします!


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BL小説・風のゆくえには~片恋2-2(浩介視点)

2016年01月13日 07時21分00秒 | BL小説・風のゆくえには~ 片恋
(注)***以降から***までイジメに関する記述があります。苦手な方、回避願います。

------------


 渋谷慶という人は、とても綺麗な顔をしている。
 綺麗なだけでなく、人目をひくキラキラしたオーラを持ち合わせているので、普通に歩いていても、知らない人からチラチラ見られたり、振り返られたりする。

 芸能事務所のスカウトの人から声をかけられることもよくあるんだけど、渋谷はバッサリと断った挙げ句、あとから、

「おれ、そんなに騙されやすく見えるか?」
 なんて言って、プリプリ怒っていたりする。

「騙されるって………」
 いやいや、確実に本物のスカウトの人だと思うんだけど………

 そんな感じで、渋谷は自分がどれだけ綺麗な顔をしているのか、どれだけ目立つのか、まったく自覚がない。
 お母さんとお姉さんも同じくらい綺麗な顔をしているから、見慣れすぎていて美的感覚が狂っているのかもしれない。

 でも渋谷のオーラは、お母さんやお姉さんより、段違いに輝きが強い。内面から溢れ出る強さ、とでもいうんだろうか。

 その光は、いつもおれを閉じ込めるブラウン管を破壊してしまうほど眩しくて、おれを纏う淀んだ空気を清涼なものに変えてしまうほど輝いていて………渋谷がそばにいてくれるだけで、おれの世界は180度変わる。

 でも、それでも、暗闇に捕らわれそうになるときがある。
 そんなとき、渋谷に触れると、すぐに明るい場所に出られる、ということに気がついたのは今年のはじめだったか……

 元々、おれは潔癖症気味だし、人と触れ合うことは苦手だったはずなのに、渋谷に対してだけはまったく拒否反応がでない。それどころか、もっとくっついていたいと思えるくらい、心地よくて心が温かくなる。そのことには、夏ぐらいには気がついていた。

 深淵から救いだされるということに年明けに気がついて以来は、更にベタベタと渋谷に触るようになってしまったんだけど、渋谷はわりとそういうスキンシップ大丈夫みたいで、大抵はされるがままでいてくれる。

 それどころか、渋谷から触れてくれることもわりとあって、球技大会終了直後には、

「オンブ!オンブ!」

と、オンブをねだって背中に飛び乗られた。渋谷は予想もつかないようなことをするのでいつもびっくりさせられる。


***


 球技大会の後の体育委員の反省会では、担当の先生方からジュースが振る舞われた。
 こんな風に生徒達で一つの行事を作り上げていく、という経験を初めてしたので、結構……というかかなり感動した。

 その感動のまま、会議室を後にしようとしたのだけれど、

「桜井、このあと空いてるか?」
「あ………」

 1組の委員の山口だ。そういえば、2年の委員で二次会行くって渋谷が言ってたな……。

「あ、うん」
「そしたらさ」
「……………」

 なんだ? ぞわっときた。山口の表情……おれはそれをよく知っている……
 山口はその表情のまま、おれにコソッと耳打ちしてきた。

「9組の島津にバレないように、駅裏のカラオケボックスの前集合な?」
「………え」

 9組の島津……横柄で自分の意見を押しつけてくるので、みんなからちょっと煙たがられていた奴だ。

「バレないようにって……」
「あいついると嫌だろ?」
「え、あ……と」

 知ってる、その顔。小学校の時も中学校の時も、みんなしてた。おれのことを仲間外れにする時に。

 今、島津がその時のおれの立場だ……

(ってことは……)

 頭の後ろの方がすうっと引っ張られる感じになる。
 そうだ。ってことは……

(おれはする側……おれは仲間外れにされない……)

 安心。
 そして安心してしまったことに対する罪悪感。
 でも次はおれなんじゃないかという不安……
 
 色々な思いが渦巻いて頭がガンガンしてきた。
 おれは……おれは……

「あ、渋谷! お前もちょっと」
「おー」

 山口に呼ばれて渋谷が荷物を持ってやってきた。

「もう行くだろ? 場所どこ? おれイマイチわかんねーんだけど」
「って、シーシー!」

 山口がバタバタと渋谷の声を遮ると、渋谷が眉を寄せた。

「何だよ?」
「あのな……」

 そして、こそこそっと山口が渋谷に耳打ちをした。おそらくさっきおれにしたのと同じ話。

 渋谷は……渋谷は何ていうんだろう……

 背中に冷や汗が流れ落ちるのを感じながら渋谷の様子を見ていたら……

「ふーん」

 聞き終わった渋谷は、あっさりと肯いた。

「オッケー。分かった」

(え……)

 渋谷……
 普通に、何でもないことのように……
 渋谷も……そっち側の人間でいることに慣れてるってこと……なのか。

 分かったって……分かったって……

 それじゃ、もし、おれが島津の立場だったら……渋谷は……

「浩介」
「え」

 気が遠くなりそうになったところを、渋谷に腕をトントンとたたかれ我に返る。

 渋谷……

 見下ろすと、渋谷は真剣な目で、小さく言った。

「おれら、行かなくていいよな?」
「え………」

 行かない?
 息を飲んでしまう。
 おれが答える前に、渋谷は山口を振り返った。

「じゃ、そういうことなら、おれら今回はパスするから」
「え」

 きょとん、とした山口に、渋谷はわずかに笑みを浮かべて言葉を続けた。

「特定の奴誘いたくないってことなら、仲良い奴だけで行ったほうがいいだろ。2年の委員みんなでとか言わないでさ」
「え、え?」
「そうじゃないと、ハブってるみたいで感じ悪いじゃん。嫌だろ? 高校生にもなって誰かハブるなんて」
「…………」

 山口の顔がみるみる真っ赤になっていく。でも、渋谷はそれに介することもなく、

「だからおれらは外れるから。仲良い奴だけで行ってきてくれ。じゃーな。お疲れ」
「しぶ……っ」

 何か言いかけた山口を置いて、

「行くぞ?」

 渋谷はおれの腕を強く掴んで、回れ右した。

「あ、うん……じゃ」

 おれも渋谷に引きずられるようにして、会議室を出る。

「……………」

 渋谷………

 渋谷は口を引き結んだまま、ツカツカと薄暗くなりはじめた廊下を歩いていたが、昇降口まできたところで、ハッとしたようにおれの腕を離した。

「わりい。ずっと掴んでた」
「あ、ううん。全然……」

 首をふると、渋谷は決まり悪そうにうつむいた。

「それに……ごめん。お前の意見聞く前に勝手に断って」
「え、ううん! それはおれも……」

 行かない方がいいと思ったから……

 小さく言うと、ホッとしたように渋谷が息をついた。

「そっか……良かった」
「うん……」

 渋谷がいてくれなかったら……おれはあのまま、島津を仲間外れにしたカラオケに行っていただろう。島津の悪口をいう輪の中にいて身の保身をはかっていただろう……。
 そう思うとぞっとする。自分が今までされて苦しんできたことを人にしてしまうところだった……

 渋谷がいてくれて良かった。
 渋谷はやっぱり、仲間外れに加担するような人じゃなかった。
 やっぱり、渋谷は渋谷だ。おれのずっと憧れていた『渋谷』その人だ。

 そんなことを思って、息をついていたところ、渋谷がポツリとつぶやいた。

「『お前は正しすぎて息が詰まる』」
「………え?」

 息が詰まる?
 渋谷が苦笑気味に続けた。

「中学の時、言われたことあんだよ。おれ、ああいう仲間外れとか、陰口とか、そういうの許せなくて、そういうことする奴のこと容赦なく怒ってたからな」
「…………」

 なんとなく想像できる中学生の渋谷の姿……

「だからさっきは直球では怒らないように気をつけてみたんだけど……どう思われたのかはわかんねえなあ。まずかったかなあ」
「…………」
「ま、あんな奴とは仲良くする必要ねえからいいんだけどな」

 渋谷は自問自答しながら靴を履き替えはじめた。

「慶………」
「あ?」

 振り返った渋谷の瞳は、やっぱり強い光を放っていて……

『もし何かあっても守ってくれる……』

 上野先生に言われた言葉を思いだして、思わず言葉にしてしまう。

「もしおれが、さっきの島津みたいに仲間外れにされそうになってたら、どうする……?」
「え」
「さっきみたいに……」

 怒ってくれる?

 おそるおそる聞くと、

「そりゃもちろん!」
「!」

 渋谷が間髪入れず肯いてくれる。
 でも、すぐに、「あ、でも」と言って、いたずらそうに笑った。

「仲間外れにしようとした奴なんかと仲良くする必要ないから怒ることもないか」
「え」

 渋谷が笑いながら……でも、少し真剣な光を帯びながら、おれの腕をぐっと掴んだ。

「お前にはおれがいるからな」
「え」

 渋谷?

「お前はおれとだけ仲良くしてろよ」
「………?」

 意味をつかみかねて、首を傾げると、

「とかいってな」

 渋谷はぱっとおれを掴んでいた手を離して、先に歩きだした。

「二人で二次会しよーぜー? どこいくー?」
「あ、うん……」

 渋谷の後ろ姿はなぜだか少し寂しそうで……
 後ろから抱きしめたくなったけれども、校内でそれをやったら怒られるに決まっているから我慢した。

 渋谷という人は、本当に、予想もつかないことをする人だ。


***


 球技大会の3日後、渋谷の妹の南ちゃんとその友達真理子ちゃんにお願いされて、写真部に入部することになった。

 貸してもらえることになったカメラはごっつくてものすごくカッコいい!
 おれは小さい頃から知育玩具みたいなものしか与えられていなくて、時折町や公園で見かける子供が持っているロボットみたいなおもちゃにずっと憧れていた。このカメラはその時に見ていたロボットみたいに何かに変身しそうで、触っているだけでワクワクしてくる。あちこちいじったりファインダーからのぞいたりしていたことろ、

「『内に秘めた情熱』ってところだな」
「?」

 部長である、真理子ちゃんのお兄さんが、渋谷に向かってそう言っていた。

「カメラには造作だけでなく、その人の内面も写し出される。確かに君は綺麗な顔をしているが、俺はそんなことに興味はない。その内面の情熱が絵になると言ったんだ」
「…………」

 カメラを通すと、内面が見える……?

 渋谷の内面……

 渋谷にカメラを向ける。渋谷の内面、見てみたい。内に秘めた情熱って……何?

「慶?」

 呼びかけると、渋谷がこちらを向いてくれた。
 でもあいにく、ピントが全然合わなくて……

「んー……ぼやけてる。全然ピントが合わない」

 言うと、渋谷が苦笑して肩をすくめた。

 きっと、おれはまだ、渋谷のことをこんな風に合わないピントで見ているのかもしれない。

 おれにとって渋谷は中学3年からの憧れの人で……。仲良くなって、親友って言ってもらっている今でさえも、まだ、『憧れの人』のフィルターはかかったままのところがある。おれは本当の、渋谷の姿をちゃんと見れていないんじゃないだろうか……。




----------------------------------------


お読みくださりありがとうございました!
後半の写真部の話は「片恋1-2(慶視点)」の後半の部分の浩介視点になります。
浩介はまだまだ慶に対して『憧れの人』意識が抜けません。なので、心の中の呼び方も『渋谷』のままなんです。まあ、中学の時から一年近くずっと『渋谷、渋谷』と心の中で思っていたから、抜けきれないんでしょうけど……。この『憧れの人』フィルターがどうにかならない限り、恋愛には発展しないような気が……。

次回は慶視点。また明後日よろしくお願いいたします!

クリックしてくださった方、本当にありがとうございます!こんな真面目な話に賛同くださり本当に本当に有り難いです。今後とも、どうぞよろしくお願いいたします。ご新規の方もどうぞよろしくお願いいたします!

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