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風のゆくえには~ あいじょうのかたち28-2(浩介視点)

2015年10月13日 21時05分08秒 | BL小説・風のゆくえには~ 愛情のかたち

「慶は子供欲しいと思ったこと……ある?」
「んん?」

 聞くと、ピザを頬張りながら、慶は小さく首をかしげた。

「なんだよ急に?」
「いや……ちょっと……」

 言い淀んだおれとは対照的に、慶は水をゴクンと飲み込み、一言。

「ない」

 あっさりだ。

 ない。……ないんだ。

「本当に……ないの?」
「ない」

 そして、また新しいピザを手に取って、口に入れようとしたが、ふと気がついたように「ん?」とおれの方を向き直った。

「お前が子供欲しいって話か?」
「あ……いや……」

 また言い淀むと、慶は「うーん……」と唸り、

「お前が欲しいんだったら、もちろん考えないでもないけど………でも、正直、おれやっていける自信ないなあ。今、自分のことで手いっぱいだし」
「………」
「子供育てるのって本当に大変だからな。椿姉と南が大変なのも見てきたし、病院にくるお母さん達みててもそう思うし」
「………」
「その上、日本じゃまだまだ、同性カップルの子育ては一般的じゃないからな。それを乗り越える覚悟を……」
「ああ、ごめん。慶、ありがとう」

 さらに言い募ろうとしてくれた慶の言葉を途中で止める。もう充分だ。

「あの……おれは欲しくないから、慶が欲しいって思ってたらどうしようって思っただけ」
「ああ、そういうことか」

 慶は再びピザをパクッと口に入れた。

「考えたこともなかったなあ。まあ、しいていえば、病院にくる子供たちがみんな子供みたいなもんだしな」
「そっか……」
「お前も教え子が子供みたいなもんじゃねーの?」
「………そうだね」

 教え子達の顔が思い浮かぶ。
 子供とは違うけれど、これからも成長を見守っていきたい子供達……。


「お前、こっちの方が好きだと思う。食ってみろ」
「え」

 二種類のピザのうちの一つを差し出され、食べてみる。あ、確かに。あっさりしてて美味しい。

 今日は、陶子さんの店に来ている。陶子さんの店は普段は女性しか入店できないのだが、偶数月の最終土曜日のみ、男性カップルの入店も許されているのだ。
 おれ達は前回と同じく、店の隅のカウンター席に並んで座り、お勧めのピザを食べている。あいかわらず居心地の良い店だ。

 うちに帰ってから言うより、ここで報告したほうがいいかな………。

「慶……怒らないで聞いてくれる?」
「ああ?」

 おそるおそるいうと、慶は眉を寄せた。

「それは聞いてみないとわかんねえなあ」
「そんなこといわれたら恐くて言えない……」
「何だよ?」
「だから、怒らないで……」
「分かった分かった」

 引き続きピザを頬張りながら慶がおざなりにうなずいた。

「怒らないから言ってみろ」
「うん……」

 一度水を飲んで心を落ち着かせてから、言ってみる……

「今日、病院の帰りにね………」
「ああ」
「三好さんに会ったの」
「!」

 慶、ピタッと動きが止まった。そして、数秒の間の後、ギギギギギ……とこちらに顔を向けた。

「………………ああ?」

 あ、に濁点ついてる……。こ、こわい……。

「あの………」
「会ったっていうのは、待ち合わせして会うことにして会ったってことか?」
「違う違う違う違うっ」

 そんなことするわけがない。おれに睡眠薬を飲ませて、変な写真を撮って、それを慶にメールで送った張本人だ。会う約束なんてするわけがない。

「病院出たところで待ち伏せされてたの」
「…………ふーん」

 美形の真顔、迫力ありすぎ……。

「で?」

 よどみのない慶の追及。

「もしかして、子供の話はそこからきてんのか?」
「…………」

 鋭い。
 まっすぐな視線に、正直に頷く。

「うん。……私なら子供を生めるって言われた」
「………ふーん」

 慶はゆっくりと瞬きをした。

「で、お前、なんて言ったんだ?」
「ありえない」

 即答する。
 三好羅々に答えた時の感情がよみがえってきて、手の先が冷たくなってくる。

「そういう行為自体、おれは慶以外とは不可能だし」
「………」
「そもそも、それ以前におれは」

 一度目をつむり、開ける。

「おれは、子供欲しくない」

 喉の奥から声を絞り出す。

「絶対に、欲しくないんだ」
「…………浩介?」

 顔がこわばったのが自分でも分かった。心配そうにのぞきこんでくれた慶の手をつかみ、カウンターの下に下ろし、ぎゅっと握りしめる。

「それで、あかね経由で陶子さんに連絡して、迎えにきてもらった。待ってる間も、ほとんど話さなかった」
「…………」
「それだけ。一応、報告、と思って」
「……そうか」

 慶の手をつかんだまま、グラスに手を伸ばす。炭酸ジュースみたいなオレンジ色のカクテル。

 しばらく無言でいたが、慶に心配そうな視線を送られ続け、

「………慶」

 耐え切れなくなり、名前を呼ぶ。
 いつか話さなくてはならないと思っていた、おれ達の今後の生活に関わること。今が話すタイミングなのかもしれない。

「……聞いてくれる?」
「……なんだ」

 慶が手を握り返してくれる。繊細な細い指。大好きな慶の手……。心を決めて告げる。

「あの……おれ達も将来、養子を取ったりして子供を一緒に育てるってこともできるとは思うんだけど……」
「…………」
「でも、もしおれが………」

 声が震える……

「もし、おれが親になったら、おれはおれの父みたいになって、子供を苦しめることになるかもしれない」

 脳裏に浮かぶ父の高圧的な瞳。怒鳴り声。人格を否定する言葉の刃。

「もしかしたら、母みたいになるかもしれない」

 思い出す。四六時中監視される日々。ヒステリックな叫び声。叩かれ続ける背中。

 ぞっとする。吐き気がする。

「連鎖をここで止めたい。おれはおれみたいな思いをする子供を生み出したくない」

 だから。

「だから、子供は絶対に欲しくない」
「………」

 慶がおれの手を両手で包み込んでくれる。温かい手………。ふっと体の力が抜ける。

「……慶」

 泣きそうになるのをどうにかこらえて、思いを告げる。

「さっき、子供欲しいと思ったことないって言ってくれたけど……」
「…………」
「これからも子供は持たないってことで………いいかな」
「わかった」

 慶……少しの迷いもなく、頷いてくれた。
 そして、おれの頭を肩口に引き寄せて、ゆっくりゆっくりなでてくれる。
 おれの苦しい思いもすべて包みこんでくれる慶……涙が出てくる。

「……浩介」
 耳元にささやかれる優しい声。

「お前にはおれがいるからな」
「………慶」

 慶。慶……大好きな慶。愛しさが伝わってくる……

「ずっと一緒にいるからな?」
「………うん」

 おれは慶がいてくれれば他には何もいらない。何もいらないよ。

「慶……」
 コツンと額を合わせる。そしてそっと…………と思いきや、

「わーラブラブー」
「!」

 カウンターの中からの甲高い声にびっくりして、あわてて慶から離れた。声の主は目黒樹理亜だ。

「いーなーいーなーラブラブいいなー」
「ラブラブって死語なのかと思ってた。今の若い子も言うんだ?」

 慶が変なことに突っ込んでる。慶って時々着眼点が変な時がある。

「えー言うよー」
「へぇ、じゃあもう世の中に根付いたってことなのかな」
「根付いてる根付いてるーみんないってるー」

 言いながら、ピザがのっていたお皿を下げてくれる樹理亜。

「あーいいなーあたしもラブラブしたーい」
「だからボクとしようって言ってるのに」

 隣の席に中学生の男の子みたいな子が座ってきた。確かユウキとかいう子。
 樹理亜は、ひらひらひら~と手をふると、笑顔のまま言いきった。

「ユウキはお友達だからダメだよー。あたしは本当に好きな人とラブラブしたいんだもーん」
「だから樹理、ボクがちゃんと男になるから………」
「そういう問題じゃないんだなー」

 樹理亜はチッチッチッと指を揺らすと、

「あたしのタイプは慶先生みたいにイケメンで慶先生みたいに優しくて慶先生みたいに男らしくて慶先生みたいに……」
「もういいよっ」

 ユウキが怒ったように樹理亜の言葉を遮った。

「樹理は口を開けば慶先生慶先生ばっかり」
「だって好きなんだもん」
「え、ちょっと待って」

 今度はおれが遮る。

「目黒さん、慶のこと諦めたんじゃなかったの?」
「諦めたよー?」

 ケロリと樹理亜はいいながらも、「はい、先生」と語尾にハートマークをつけて、慶に野菜スティックのグラスを渡している。

 慶も慶で苦笑しつつも「ありがとう」なんて言って受け取っていて…………

「…………」

 こらこらこらこら、ちょっと待て!

「諦めたっていいながら、その態度は何!? 慶も慶だよっ何普通にしてんのっ」
「そう言われても………」

 慶が肩をすくめる。
 この二人、こんなに仲良かったっけ!? 
 いや、少なくとも、5月の連休に猫を見に行った時はここまで仲良くなかった気がする。
 その後だ。その後何が…………
 って、おれが睡眠薬飲まされて、起きるのを二人で待ってたじゃないか。あの時からか………
 おれが愕然としているところで、

「あーあ、やだねっ」

 ユウキが突然立ち上がった。

「イケメン先生は告白され慣れすぎてて、何とも思わないってことですか? いい気なもんだな」
「いや………」
「だいたい、あんた、ズルイんだよっ」
「ちょっと、ユウキ……」

 樹理亜の制止もきかず、ユウキは捲し立てた。

「その顔で、その体で、良い大学出てて、お医者さんで、高校時代からの恋人がいて! 何でも持っててさぞかし気分良いんだろうなあっ」
「ちょっと……っ」
「ユウキ……っ」

 おれと樹理亜が咎めようとしたのを、慶が手を上げ制し、まっすぐにユウキに向き直った。そして鋭く言い放つ。

「顔に関しては知らないけど、体に関しては、おれは子供の頃から今もずっと鍛え続けてる。そこら辺の何もしてない四十歳と一緒にしないでくれ」
「………」

 何もしてない四十歳って、おれのことですか。

「それから、大学と医者に関しては、おれは学生時代も浪人中もずっと真面目に勉強してきた。その努力の積み重ねの結果でしかない。それをズルイと言われる筋合いはない」
「…………それはっ」

 何か言いかけたユウキの言葉にかぶせて、慶が「それから」と強く遮った。

「こいつに関しても」

と、おれを指さして、ムッとした顔で話を続ける。

「おれは一年以上、片思いをしながらこいつのそばにい続けて、それでようやく振り向かせたんだ。これも努力の結果だ」
「え、そうなの?!」

 樹理亜がビックリしたように叫んだ。

「浩介先生がグイグイいったのかと思ってたー」
「いや、違うよ」

 慶は引き続きムッとしている。

「こいつ、一つ上の女の先輩を好きになって、その相談をおれにしてきたりしてさ。おれがあの片思いの最中どれだけ悩み苦しんだか……」
「うわっひどっ」
「だ、だって、知らなかったんだしっ。もう、慶、その話は……っ」

 慶は最近、心療内科の先生と昔の出来事を振り返ったりしたせいか、やけに美幸さんの話をしてくるようになった。迷惑極まりない。

 樹理亜がひどいひどい言っている中で、ユウキがバンバンっとカウンターをたたいた。

「でも、それでも両想いになったんだからいいじゃんっ」
「………あ、確かに」

 樹理亜がポンと手を打つ。そうか、考えてみたら、ユウキは当時の慶とほぼ同じ状況ってことか……

「それで、それからずっと恋人なわけでしょ。ズルイじゃん。同性なのに。普通じゃないのに。ずっと続くなんて、ズルイじゃんっ」
「……………」

 ユウキ、泣きそうな顔をしている。彼女……いや、彼、か。彼も色々な経験をしてきてるんだろうな……
 ユウキは口を引き結んだまま、慶に掴みかからんばかりに詰め寄り、叫んだ。

「それに、あんた、職場にバレたのに、なんで今までと変わらないでいられるんだよっ」
「え、慶先生、ついにカミングアウトしたの?!」

 樹理亜が目をまん丸くした。樹理亜知らなかったんだ………

「…………あれ」

 何か違和感……

「目黒さん、知らなかったの?」
「カミングアウト? 知らなかった知らなかったー。慶先生も戸田ちゃんも教えてくれればいいのにー。いつしたのー?」
「えーと……いつだっけ」
「5月の連休明けすぐだよっ」

 ユウキが興奮したように叫んだ。

「それなのに、何事もなかったみたいに医者やっててさ……っ」
「…………」

 カミングアウトしたのは連休を明けて少したってからだ。
 連休明けすぐには、病院に「渋谷慶医師には男の恋人がいる」とメールがあっただけで……

 慶を見ると、慶は天井を見上げ、こめかみのあたりを人差し指でグリグリしながら、ため息をついていた。

「そっかあ………」
「な………なんだよ」

 ひるんだユウキに、慶はまっすぐに視線を送った。美形の真顔はこわい。

「なに……」
「病院にメールしたのは、君か」
「………」

 しまった、という顔をしたユウキ。存外素直な子だ。

「そのあとに、医療系掲示板に書き込みしたのも君だな」
「……………」

 慶の追及に、ユウキは下を向きながら、ボソッと言った。

「でも、その後、〇〇にスレッドたてたのはボクじゃないからね」
「そうか。まああれは、掲示板を見た誰かが立てたのか、病院内部の誰かが立てたりしたんだろうな」
「メール? 掲示板? 何の話?」

 きょとんとしている樹理亜に「後で説明する」と慶は答え、再びユウキに向き直った。

「気がすんだか?」
「……………全然」

 ユウキは激しく首を振ると、

「余計かなわないって思って、余計ムカついてる」
「君、完全に方向性間違ってるよな?」
「………だって」

 下を向いたままのユウキ。ようは単なる僻み。嫉妬。か。
 慶は腕組みをしたままユウキに言い放った。

「とにかく、おれがムカつくなら、回りくどいことしないで直接文句言ってこい」
「だったら……っ」

 ユウキはキッと慶を睨みつけると、

「樹理の前から消えてよ。あんたがいたら樹理はずっとあんたを好きでい続ける」
「それは……」
「それは違うんじゃないの?」

 思わず口出ししてしまう。

「いなくなったところで目黒さんは慶のこと好きなままだと思うよ? そこを振り向かせられる人がいるかどうかって話じゃないの?」
「でも……っ」
「それ以前に」

 慶が首を振りながらつぶやくように言った。

「いなくなろうがなるまいが、おれが目黒さんとどうこうなることは200%有り得ないしな」
「ひどっ慶先生ひどっ」

 樹理亜が笑いながら慶の腕をグーでパンチする。慶もつられたように笑い、

「いや、目黒さんだけじゃなくてね。おれはさ……」
 そして、すいっとおれを指さした。

「おれはこいつ以外無理だから」
「………」

 それから、おれを見上げ、優しい、優しい声で言った。

「おれはこいつ以外、愛せないから」
「………慶」

 ………慶。慶、慶……。

 慶の、真っ直ぐな瞳。何も恐れない強い光……。

 心臓が……痛い。


「きゃーーーもーーーかっこいーー」

 樹理亜が、顔を真っ赤にしながらキャアキャア言っていたら、まわりにいた子達も「何?何?」と集まってきた。ことの顛末を樹理亜が支離滅裂になりながら説明している間に、

「そういうところもムカつくっ」

と、言い捨て、ユウキはプイッと店から出ていってしまった。やれやれ、と席に座り直し、慶は野菜スティックに手を伸ばした。


「慶……」
「あ?」

 セロリをポリポリ食べながら慶が振り返る。

「なんだ?」
「おれも、慶以外の人は愛せないからね」
「…………ふーん」

 真面目にいったのに、慶は鼻で笑うと、

「お前のいうことは信用なんねえなあ。何しろお前は美幸……」
「もー! その話はなし!」

 頬を膨らますと、慶はケタケタ笑って、今度はニンジンをポリポリ食べ始めた。

「あ、おれもニンジン食べたかった」
「おお、これ最後の一本か。わりーわりー」
「わりーわりーじゃないよ。ちょうだい」

 無理矢理慶の口からニンジンを引っこ抜き、食べかけのところにキスをする。

「間接キスー」
「あほかっ。お前は中学生かっ」

 慶が笑いながらカウンターの下で蹴ってくる。その足に足を絡める。愛しい体温が伝わってくる。

「慶……おれ、今、すっごい幸せ」
「当たり前だ」

 ニッと笑い、カウンターの下で手をつないでくれる慶。

 今も、これまでも、これからも。ずっとずっと手を繋いで、二人一緒に生きていく。



----------------------


以上です。
こんな真面目な話、最後までお読みくださりありがとうございました。

「あいじょうのかたち」を書く上で、ポイントになる話がいくつかありまして、
今回の、浩介が子供を欲しくないと言うシーンはその中の一つでありました。

子供を持つか持たないか。
それは同性カップルでなくても、話し合わなくてはならない事柄ではないでしょうか。

慶と浩介は、二人きりで生きていく、という選択をしました。
老後のためにお金ためましょうね。
まあ、今、家賃格安で住んでるし、二馬力だし、普段贅沢もしないし、金貯まりそうな二人だなあ…。

ということで。次回もよろしければ、お願いいたします!

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風のゆくえには~ あいじょうのかたち28-1(浩介視点)

2015年10月10日 23時50分10秒 | BL小説・風のゆくえには~ 愛情のかたち

 睡眠薬を飲まされ、19歳の女の子と性行為をしているように見える写真を撮られてから一カ月が過ぎた。

 その写真を見てしまった後の慶の行動は、予想もつかないものだった。

 まず、その直後、おれは全身塩で洗われた。
 その後一週間は、まったくおれに触れてくれず……
 次の一週間は、毎日、セックスを強要(というと語弊がある? いや、あれは強要といってもいい気がする)。

 そして、最も驚くべきことに……
 その翌週にあった高校の同窓会で、ずっと隠していたおれたちの関係をカミングアウトしてしまった。約四半世紀越しのカミングアウト……。
 同級生達は、裏ではどう言っているかは分からないけれど、表向きはみな、快く受け入れてくれたので安心した。途絶えていた親交も復活して、今後はおれ達の家が溜まり場になりそうで、嬉しいようなちょっと迷惑のような感じだ。

 今まで、誰にも言えなかった二人の関係をたくさんの人に知ってもらえた上に、

『こいつはおれのもんだから誰にもやらねえよ』

 なんて、友達の前で言ってもらえて、もう、幸せすぎて何をどうしたらいいかのかわからない。


 慶は、誰もが振り返るほどの美形の持ち主で、皆に尊敬される医師であって、ファンクラブができるほど人気のある人なのに、実はものすごく嫉妬深い。おれに対する独占欲は半端ない。それがとてつもなく嬉しい。おれは愛されている。愛されている……。


***


「慶……朝ごはん……」
「ああ、昨日のカレーの残り食った。まだ寝てていいぞ?」
「ん……」

 布団の中から慶が出勤の用意をしているのをぼんやり眺める。
 土曜日の朝はいつもこんな感じだ。休みのおれを気遣って、慶は一人で静かに用意をしてくれる。

 スーツを着てる慶……なんてカッコいいんだろう……。ウットリしてしまう。

 時計をはめながら、慶が枕元にきてくれた。

「じゃあ、行ってくる。終わったら連絡するけど、一応、7時目安でな」
「ん。いってらっしゃ………」

 軽いキス、と思いきや、重ねた唇を強く吸い込まれた。舌が侵入してきて絡めとられる。

「……っ」
 昨日の夜も遅くまで愛を確かめ合っていたというのに、まだ足りない、とでもいうように体が反応してしまう。気がついた慶に、パジャマの上からそっと撫でられ、のけぞってしまった。

「もう、慶……っ」
「続き、帰ってからな」

 ニッといたずらそうに笑い、もう一度、今度は軽くキスをしてくれる慶。

「じゃ、行ってきます」
「………いってらっしゃい」

 ああ、もう、幸せすぎて、どうにかなってしまいそうだ。


 幸せな気持ちに浸りながら、二度寝三度寝して、昼前にようやくベッドから抜け出る。

 おれは毎週土曜日の午後、心療内科クリニックに通っている。通いはじめのころは、トラウマをほじくり返されてどん底に沈み込み大変だったけれど、今は泥沼から抜け出て、驚くほど体が軽い。

 元々は、おれと両親との確執をどうにかしたい、と思ってくれた慶の気持ちを汲んではじめた通院だった。
 でも、診療の中で、慶がどうしておれを好きになってくれたのか、慶がどれだけおれのことを愛してくれているのかを知ることができて、おれは生まれて初めて、心の底からの安定を手に入れた。

 両親のことは今でも関わりたくない、としか思えないけれども、それでも、思い出して過呼吸の発作が起きることはなくなった。それはすごい進歩だ。

 慶はおれの傷ついた心を守りたい、と思ってくれたらしい。それがきっかけで慶がおれに好意を持ってくれたというのなら、すべてのことがあるべきことだったのだと思えてくる。今のこの幸せは、あの苦しみの上に成り立っているのなら、それすらも受け入れよう。

 今はただ、ひたすら、今のこの幸せを誰にも壊されたくない、とだけ思う。


**


「そろそろ一度、お母様とお会いになってみますか?」
「………はい」

 戸田先生に言われ、渋々肯く。正直、憂鬱以外のなにものでもない。でも、手を打った方がいいということは分かっている。

「渋谷さんにも同席お願いしますか?」
「………いいえ」

 慶には迷惑をかけたくない。おれがどんよりしているのを見て、戸田先生は首をかしげた。

「ご無理なさらなくて大丈夫ですよ? まだ時間をかけて……」
「いえ、あの母がこの数か月何もしてこなかったのは奇跡なんですよ。何かされる前にどうにかしないと、また前みたいに彼の職場に押しかけたり探偵を雇って見張らせたりされたらたまらない。もうこれ以上彼や彼の家族に迷惑をかけたくないんです。おれがなんとかできるのなら何とかしたくてそのためならおれはなんでも……っ」
「桜井さん?」

 戸田先生に目の前で手を振られてハッとする。

「………すみません」
「いいえ」

 戸田先生は軽く首をふると、真剣な瞳をこちらにむけた。

「でも一つだけ言わせてください。お母様も変わろうとなさってますよ?」

 戸田先生……パンダみたいなメイクはあいかわらずだけど、やっぱり美人だな、とこんな時なのに思う。

「では……お母様の主治医とも相談して、日程を決めましょう」
「………お願いします」

 深々と頭を下げると、「あ、そういえば」と戸田先生が口調を変えた。

「来週ですよね? お二人の同級生の方とのお食事会」
「あ! はい! そうですそうです!」

 同窓会で再会した同級生二人に合コンの設定を頼まれたのだ。

「あの、見た目はおれみたいな感じでパッとしない奴らなんですけど、一人はメーカーで研究員をやってて、一人は役所勤めで……、性格その他には特に問題ないんですが、何しろ女性に縁がないというか何というか……」
「渋谷先生も全く同じことおっしゃってました」

 クスクス笑っている戸田先生。

「私も友人も楽しみにしてますので、よろしくお願いします」
「お願いします!」

 思わずおれも笑ってしまう。
 美人女医とのお食事会。会場は夜景の綺麗なオシャレなレストラン、らしい。そこに慶と一緒に行けるなんて最高だ。

 ほら、これからも楽しい予定がいっぱいだ。おれは今の幸せを守りたい。そのためなら、何でもしよう。


 そう思いながらクリニックを出たところで、

「浩介先生………」

 控え目な小さな声に呼び止められた。
 おれの中で今、会ってはいけない人物トップ3の一人………

「三好さん………」

 おれに睡眠薬を飲ませて、変な写真を慶に送りつけた張本人、三好羅々がポツンと立っていた。




------------


このまま書いたら長くなるので、いったん切ります。

お読みくださりありがとうございました!!
カミングアウトした同窓会の話はこちら→「カミングアウト・同窓会編」
になっております。ご参考までに……

次は、今回の続き・浩介視点28-2になります。
次回もよろしければ、お願いいたします!

---

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風のゆくえには~ あいじょうのかたち27(慶視点)

2015年10月06日 20時38分36秒 | BL小説・風のゆくえには~ 愛情のかたち

 浩介と三好羅々という19歳の女が裸で抱き合っている映像が頭から離れてくれない。

 写メが送られてきてから一週間、ふとした拍子にその映像を思い出しては吐き気がしていた。

 その写真は、眠っていて力が抜けた状態の浩介の体を無理矢理にもたれかけさせているものと、爆睡中の浩介の腕枕に勝手にのっているものなので、浩介の意志は全くないということは分かる。浩介は騙されて睡眠薬で眠らさせられていたのだ。だから浩介を責めてもしょうがない。

 でも、それでも、おれではない奴に触られた、ということは事実としてあるのだ。

 そのまま家に帰るのが嫌で、その日はホテルに泊まった。そして、あの女が触れたであろう浩介の洋服も下着もすべて処分した。あの女が触ったであろう浩介の肌を全部引き剥がしてやりたいけど、そんなことできるわけがないので、塩で洗う、という暴挙にでてみた。それでも気は収まらない。

 浩介には申し訳ないのだけれど、口を開くとそのことを責めてしまいそうになるので、ホテルから帰った次の日までは、ちょっと素っ気なく接してしまっていた。

 火曜日、休みで家に一人でいて、冷静になり……

「塩……痛いな……」

 浩介にしたのと同じように自分の腕に塩をぬってみて、ヒリヒリすることに気が付いた……。
 昨日も一昨日も、浩介は風呂から上がってくるの妙に早かったし、スポーツジムにも行かないのは、肌がヒリヒリして水に浸かってられないからなんじゃないか……。

「…………」
 申し訳ない、と思ったけれど、そのことを話したら、浩介のことを責めてしまいそうで、謝らなくては、と思いながらも、そのことは話せず……
 触れると痛いだろうから、触れないようにしつつ、なるべく普段通りにしながら、また数日が過ぎ……


 ちょうど一週間後。スポーツジムのスタッフさんと飲んで帰ってきた夜。

 酒が少し入っていたせいもあって、どうしても我慢できなくて、寝ている浩介を後ろから抱きしめた。一週間ぶりの感触。心地いい……。

「おれ、大人げなかったよな。あの日は頭に血がのぼってて、それで塩なんかで……ごめん」

 ようやく謝ると、途中から唇を重ねられた。一週間ぶりの唇……。

「全然痛くないよ? 確かに次の日まではちょっとヒリヒリしてたけど」

 優しく頬を触ってくれながら言う浩介。

 ……だったら、もう、どこ触ってもいいんだよな?

 ここも、ここも、あの女が触れたのかもしれないと思うと腹が立ってしょうがない。

「んんっ、慶……」

 その腹立ちのまま、首筋に痕がつくくらい強く吸いつくと、浩介がビクビクッと震えた。
 体中にしるしをつけてやりたい。あの女が触ったであろうところ、すべてにしるしをつけたい。
 こいつはおれのもの。おれだけのものなんだと。

「お前はおれのものだからな……」

 いいながら、肩に胸に腰に唇を這わせる。指の先から足の先まですべてに口づける。

「慶……大好き」

 うわごとのように言う浩介。そういえば、睡眠薬で眠らされている最中も言ってたな……。あの女、目の前で聞いていた。ざまあみろだ。

「浩介……」
「んん……っ」

 浩介の中心を咥えて、味わうようにゆっくりと舌を絡める。
 切なげに揺れる浩介の瞳。ほら、こんな目をさせられるのも、おれだけだ。


『独占欲が強くて嫉妬深くて束縛したがり』

 そう心療内科医に診断されたが、それはもう大当たりも大当たりで。
 おれは独占欲が強くて嫉妬深くて束縛したがりだ。

 浩介は誰にも渡さない。


***


 浩介の写真の衝撃が強すぎて、それまで散々悩んでいたはずの、カミングアウト問題が本当にどうでもよくなってきた。

 あからさまにおれとの接触を避けている職員もいるし、ことあるごとに嫌味をいってくる医師もいるけれど、でも、本当にもう、どうでもいい。

 一番関わりの多い看護師軍団は、ほとんど皆、カミングアウト前の状態に戻ってくれた。患者数にも減少はない。それで上出来だ。


「雑誌の取材、断っておいたからな」
「………」

 院長である峰先生に言われ、ゾッとする。取材? なんだそりゃ……。

「あれから、メールしてきた奴の書き込みはないみたいだけど、そこから派生して色々、まあ……」
「……ご迷惑おかけして申し訳ありません」

 頭を下げると、峰先生はカラカラと笑った。

「別にたいした迷惑じゃねえよ。それにちょっと宣伝にもなってるしな。知ってるか? 今、うちの病院、あの有名な掲示板でスレッド立ってんだよ」
「あー……」
「はじめは批判も多かったけど、途中から流れが変わって、今は、S先生見に行きたい、だの、受付の女の子が可愛いだの、結構いい感じだ」
「……………」

 実はこの「流れを変えた」のは、おれの妹の南と、息子の守君と、娘の西子ちゃん、西子ちゃんの彼氏てっちゃん、及びその周辺、の仕業らしい。
 おれは『気分悪くなるから読まない方がいいよ』という忠告に従って読んでいないから知らないのだけれど、本当に上手くいったんだな。

『こういうことはプロにまかせなさーい』

との南の頼もしい言葉に頼って正解だった。


 峰先生がふと表情をあらためた。 

「で、一番はじめにメールしてきた奴、やっぱり心当たりないか?」
「それが……」

 実は、先週思ったのだ。メールの犯人は、三好羅々なのではないか、と。
 話すのも胸糞悪いけれども、万が一、今後三好羅々が病院側に何かしてきたことにも備えて写真のことを報告すると、

「お前も色々大変だなあ」

 峰先生に苦笑気味に言われた。

「………すみません」

 あの女のせいで頭下げてると思うと本当に腹が立ってきた。19の女の子に対して大人げない? いや、相手がいくつだろうとムカつくものはムカつくのだからしょうがない。


***



 帰宅すると、もう晩御飯の用意ができていた。浩介は最近わりと帰りが早い。

「おかえりなさい。鮭が安かったから買ってきたんだ。ムニエルにしたよ」
「ん」

 ふわりと微笑む浩介に、今さらながら胸がきゅっと締め付けられる。
 手を洗ってうがいをした時点で、もう我慢ができなくなった。

「浩介」
「え……ちょっ」

 台所にいる浩介の腕を無理矢理ひっぱってリビングまで連れてきて、ソファに強引に押し倒す。

「慶? ご飯……」
「あとでいい」
「でも……」

 何か言いかけた唇を唇でふさぐ。
 この唇もあの女に触れられたのだろうか。この首は?鎖骨は?

「……っ」

 ビクっと震える浩介にはお構いなしに、唇を這わせながらシャツのボタンを外していく。
 この胸は、腰は……? そして……

「慶……っ」

 ズボンのボタンを外し、浩介のものに直接触れようとしたところで、

「ねえ、慶ってばっ」
「……なんだよ?」

 切迫した声に手を離すと、浩介は着乱れたまま、身を起こした。ジッとこちらを覗き込んでくる。

「慶……変だよ?」
「なにが」
「だって……昨日も一昨日もその前もしたよ?」
「悪いか」
「悪くはないけど……」

 浩介が眉を寄せる。

「慶……怒ってるの?」
「怒ってねえよ」
「でも……」

 浩介の指がツーッとおれの眉間から鼻、唇に落ちてくる。

「慶、こわい顔してる。最近、ずっと……」
「…………」

 普通にしてるつもりなんだけど、やっぱり表情にでてるのか……
 浩介が恐る恐るというように続ける。

「やっぱり……怒ってるんだよね? あの……写真のこと」
「……………」

 写真のことを話題にしたのは初めてだ。黙ってしまうと、浩介が悲しげに目を伏せた。

 やっぱりこういう顔すると思った。だから言わないようにしていたのに……。

 浩介がポツリという。

「おれ………どうしたらいい?」
「どうしたらって……」

 どうしたらも何もない。何もしようがない。おれの気持ちの問題だ。

「どうしたら許してもらえる?」
「許すって……お前別に何も悪くねえだろ」
「でも……」

 うつむく浩介……。

 ああ、自分が嫌になる。


「………ごめん」

 大きなため息と共に本音が出てくる。

「おれ、昔っから成長してねえな」
「え?」

 きょとんとした浩介の大きな手に手を絡ませる。昔から変わらない、大好きな手。おれの気持ちも昔から何も変わっていない。 

「高校の時もさ、お前がバスケ部の連中と仲良さそうにしてるの見るの、すっげー嫌だったし」
「………慶」
「美幸さんのことも、大っ嫌いだったし」

 美幸さんというのは、浩介が高校2年の一学期の間だけ片思いしていた一つ年上の先輩。ふわふわしている可愛らしい女性だった。
 あの頃のおれは、浩介と美幸さんが話しているのを見るだけで気が狂いそうになっていた。彼女がバスケ部キャプテンの田辺先輩と付き合うことになったおかげで、その気持ちは止んだけれど、もし、浩介と美幸さんが結ばれたりしていたら本当に狂っていたかもしれない。

「慶、それは……」
 困った顔をした浩介に、首を振ってみせる。

「まあ、それは昔の話だな……。今は、あの写真の映像が頭にチラついて、もうどうしようもない」
「慶……」

 浩介の額に、頬に、唇を落とす。

「どうしようもなくて……、お前はおれのものだと確認したくなる」
「慶………」

 ぎゅうっと強く浩介の頭をかき抱く。浩介の髪。浩介の腕。全部おれのものだって分かっているはずなのに……。

 どうして、こんなにも苦しいんだろう……。


「慶……おれは慶のものだよ?」
「……分かってる」
「大好きだよ」
「知ってる」

 でも、苦しい。
 映像が消えてくれない。

 ふと、思いついた。

「写真っていうのは、脳裏に焼きつきやすいのかもしれないな」
「あ、じゃあさ」

 おれのつぶやきに、浩介が明るい声をだした。

「写真、撮ろうよ」
「は?」

 写真?

「おれ達、二人の写真って全然ないじゃん。撮ろう撮ろう」
「写真って……」

 浩介は立ち上がり、自分の携帯を持ってくると、ストンとおれの横に再び座った。

「んーと……自撮りってしたことないからなあ……これかな? おおっこれだっ」
「へえ。画面側にもカメラ付いてるんだな……」

 今までの深刻な雰囲気から抜け出せてホッとしつつ、一緒に携帯を覗き込む。

「あ、ほら、画面に写ってる自分は見ちゃダメなんだよ。もうちょい視線上」
「って、シャッターどうやって押すつもりだ?」
「んーと……ここでこう押さえれば……、わっ何?!」

 いきなり大きな電子音がしたのでビックリして手を離した浩介。その瞬間にパシャリ、とシャッターが切られた。天井が写っている…。

「ああ、ビックリした……」
「自動シャッターってことか?」
「うーん……」

 色々いじってみて、浩介が「なるほど」と肯いた。 

「画面のどこかしらに触れれば3秒後にシャッターが切られるって仕組みみたい」
「へえ。よく考えられてるなあ」

 せっかくのスマホの機能、まったく使いこなせていないおれ達……。なんだか笑えてくる。

「んじゃ、あらためて」

 浩介がコツン、と頭を寄せてくる。小さな画面に二人の顔が並ぶ。

「……プリクラみたいだな」
「うん。懐かしいね」

 大昔に一度だけ、浩介に、どうしても、どうしても、と乞われて撮りにいったことがある。あの時も画面に写る自分の姿が恥ずかしくてしょうがなくて、仏頂面になってしまったけど……

「慶……笑ってよ」
「笑えねえ」

 顔が引きつる……

「笑って」
「だから笑えねえ……うわ、お前、何……っ」

 いきなり、頬に、耳に、こめかみに、キスの嵐。

「くすぐったいって……浩介っ」
「んー、慶、大好きー」
「だから……っ、え? うわっやめろっ」

 カシャリ。

「お前っ」

 勝手にシャッター押されてた。浩介が嬉しそうに画面の確認をしている。

「んーと……、わ。慶、かわいー」
「……げ」

 画面には、こめかみのあたりにキスをされて、くすぐったそうに首をすくめているおれの姿が……

「うわーなんだこれっ恥ずかしいっ削除だ削除っ」
「えーいいじゃーん。かわいいかわいい」
「かわいくねえっ消せっ」
「やーだーよー」
「お前……っ」

 いきなり後ろから抱きしめられ息が止まる。背中全部に浩介のぬくもり。耳元に浩介の息遣い。

「ねえ、見て。慶」

 あらためて、画面を見させられる。

「おれ、すっごい幸せそうな顔してるね」
「…………」

 本当だ。おれにキスしている浩介の横顔。幸せそうな笑顔……。

「慶と一緒にいるときのおれっていつもこんな?」
「………そうだな」
「幸せだね、おれ」
「…………」

 そうだ。そうだな……

「慶は……幸せ?」
「…………」

 画面の中のおれは、くすぐったそうに笑っていて……
 
「浩介」
「ん?」

 浩介の唇に、そっと触れるだけのキスをする。

「慶……」

 ふにゃっと笑う浩介。かわいい。
 頬に、耳に、額にキスをする。大好きな浩介がここにいる。ああ、もうそれだけで十分だ。


 勢いよく立ち上がり、振り返る。

「飯、食おうぜ」
「…………………は?」

 浩介が途端に眉を寄せ、嫌~な顔をした。

「ねえ、なんで今の流れで、どうやったらご飯食べようって話になるの?」
「へ? だって腹減っただろ?」

 言うと、浩介がブチ切れた。

「あとでいいって言ったの慶でしょ!」
「あーまあ、いいじゃねえかよ。先食おうぜー」
「もー!」

 浩介の頬が最大限に膨らんでいる。

「なんでそうなるの! 先にする!」
「なんでだよ。だいたい、昨日も一昨日もその前もやっただろー、今日はもういいよ」
「はあああああ?! 意味わかんない!!」

 浩介が叫び、おれの腕を引っ張った。そのままソファーに押し倒される。さっきの逆だ。浩介、本気で怒ってるっぽい……。

「今日もするし明日もするし明後日もするから!」
「何言ってんだお前……、ちょ……っ、あ」

 両手首を頭の上で押さえつけられる。
 浩介はキスをしながら片手で器用におれのYシャツのボタンを外し、脱がせる……のかと思いきや、腕のところでYシャツをとめた。そのまま、グルッと手首にYシャツをまかれる。

 これは……縛られた、ということ……?

 見上げると、浩介の攻撃的な目がそこにはあった。

「何も考えられないようにしてあげる」
「こう……」

 ゾクリとする。

 時々出てくる、浩介の攻撃的人格……。スイッチが入ってしまったようだ。

「……っ」
 首筋に唇が下りてきて、ビクッとなる。

「慶は我儘。慶は自分勝手。慶は……」
「んんんっ」

 浩介がブツブツ言いながら愛撫を続けてくる。手の自由が利かない分、体が敏感になっている気がする。

「おれは慶しかいらない。慶だけが欲しい」
「やってるじゃ……ねえかよっ」
「足りないよ。もっと欲しい」
「……っ」

 ゾクゾクゾクっと快感が足の先まで伝わってくる。

「全部、ちょうだい?」
「やるよ……全部。だから、お前も……」

 全部が欲しい。お前の全部がほしい。

 求めて、求められ、また求めて……。縛られたまま、貪りつくす。


 写真の女なんて、もうどうでもいい。
 写真の中には、浩介とおれの幸せな笑顔しかない。

 おれは、浩介がそばにいてくれれば、それでいい。



----------------------


い、以上です。
お読みくださりありがとうございました!
切るに切れず……そして、R18指定にならないよう、具体的な表現を避けたので、なんだかズルズルと……。
前半は、あいじょうのかたち26の慶視点バージョンでした。

慶は元々、とても嫉妬深い性質でして……
大好きな姉に彼氏ができた時にも、妹と母親に「暗黒時代」と名付けられたくらい、ものすっごい荒れました。
だから、特定の友達がいなかった浩介ってのは、慶にとってすごく居心地が良い存在でした。

そんな感じで。次は……
物語の中の時計を一ヶ月くらい進めたいので、一つ短編挟もうかなあ……。

→→挟みました。27と28の間のお話。『カミングアウト~同窓会編』。お時間ある方、28に行く前にこちらを先にお読みいただければと…

ということで。次回もよろしければ、お願いいたします!

---

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風のゆくえには~ あいじょうのかたち26(浩介視点)

2015年10月03日 13時07分17秒 | BL小説・風のゆくえには~ 愛情のかたち
 失態も失態。大失態……

 19歳の女の子に、一服盛られて眠ってしまい、その子と性行為をしているように見える写真を撮られてしまった……らしい。

 その写真が慶に送られてきたそうで、慶は仕事を早退して助けにきてくれた。写っていたソファーが、陶子さんの家のものだとすぐに気がついたそうだ。

 眠っていて記憶がないし、その写真はすべて削除してくれたらしいので現物も見ていないから、いまだに信じられない。でも、半端ない慶の怒り加減を見ると本当のことなんだと思う…。


 慶はものすごく怒っている。陶子さんのマンションから駅に向かって歩く間もずっと黙っていた。慶は本気で怒ると話さなくなるので余計にこわいのだ。罵倒されたほうがまだマシだ。

「……慶?」
 一番近くて、うちの最寄り駅へも一本で行ける駅への入り口を素通りし、歩いていってしまう慶。
 なんだなんだ?と思いながらついていくと、そのまま歩き続け、コンビニに入り、下着とYシャツを購入…。

「???」
 そして、コンビニを出て、歩きながら携帯をいじっていたかと思ったら、クルッと振り返った。

「今日帰らないけど、大丈夫だよな?」
「……え?」

 帰らない? 帰らないというのは……

「慶、どこ行くの……?」

 怒りのあまり、おれとは一緒にいたくないということだろうか……
 そうだよな……一服盛られて記憶がないとはいえ、他の女に触れられたおれなんて……

 地の底に落ちていく感覚にとらわれて、立っているのもやっとのおれに、慶が携帯の画面をつきだしてきた。

「ここ。今、予約取れた」
「え」

 画面に写っているのはホテルの予約完了を知らせるメール。

「ホテル……?」

 宿泊予定人数、大人2名。2名……。


「お前、今着てるもの全部捨てるからな」
「!」

 慶のトゲトゲした声にハッとする。さっきコンビニで買ってたのは、おれの着替えだったのか。

「全身、擦り切れるまで洗ってやる。覚悟しとけ」
「慶………」

 泣きたくなってきた。
 思いっきり抱きしめたくなった。
 でも、今は我慢……汚れたこの体で慶に触るわけにはいかない。

「塩買うか、塩。やっぱりお清めといったら塩だよな……」
「………」

 慶はブツブツいいながら歩いていく。

 塩……。痛そうだけど、もう、なんでもいい。慶の気が済むならなんでもする。

「あと、ズボンも買うから、そこ入るぞ。帰ったらそれも捨てるから安いのでいいな」
「う、うんっ」

 なんでもいい。慶が許してくれるなら……。


***


「………で?」
 あかねが、コーヒーのカップを持ち上げ、首を傾げた。

「慶君、許してくれたの?」
「……わかんない」
「わからない?」

 眉を寄せたあかねにコクコク肯いてみせる。

「前に目黒さんがおれに怪我させたときも、慶ものすっごい怒って大変だったけど、結局は、おれが目黒さんのこと助けたいって気持ちを理解してくれて……」

 しかも、今やおれよりも慶の方が頻繁に樹理亜と連絡を取りあっているので、ちょっと嫉妬してたりする。

「でも今回は……」
「んー……樹理が言ってたけど、かなり衝撃的な写真だったらしいわよ? あんた見てないんでしょ?」
「うん……」

 そんな写真を見た時の慶の気持ちを思うといたたまれない。おれだったら相手の女を殺しかねない。

「あれからこの話してないんだよ。こわくてできない」
「そりゃそうね……」

 あの日、塩で洗われながら(本当に塩一袋使った)、

「お前は隙がありすぎる。ちょっとは警戒しろ」

と、怒られたのが最後、この一週間、全くこの話題には触れていない。

「なんとなくギクシャクしてる気もするし……」
「うん」
「普通な気もするし……」
「どっちよ?」

 呆れたように言うあかねに、頬を膨らませてみせる。

「だから、わかんないんだって」
「あーそう……。ねえ、このことあってから、した?」
「………」

 ぐっと詰まる。人が気にしてることを………。

「……一週間しないことなんて普通だし」
「あっそう。してないんだ? できない雰囲気?」
「………」

 黙ってしまったおれに、あかねがひらひらと手を振る。

「ギクシャク解消にはスキンシップが一番手っ取り早いわよ? 明日日曜だし、今晩誘ってみたら?」
「………断られたら立ち直れない」
「その時はその時。あんたがどっぷり落ち込んだら、慶君助けてくれるでしょ。それはそれであり」
「他人事だと思って………」
「他人事だもーん」

 にっこりと笑ったあかねだったけれど、ふいに表情をあらためた。

「ララから連絡は?」
「ラインすぐにブロックしたからもうない」
「賢明ね」

 肯くあかね。

 あの子は慶の心を傷つけた。それはどうしても許せない。
 あの子の今後が心配……と、教師魂が疼きはするのだけれど、これ以上慶を傷つけることだけは絶対にできない。

「三好羅々にはもう二度と関わらないつもり」
「そうね。陶子さんもその方がいいっていってたわ」
「うん……中途半端に関わって申し訳なかったよ。……あ、そうだ」

 ふと、以前から気になっていたことを聞いてみる。

「三好羅々って、陶子さんとはどういう関係なの?」
「あー……」

 ちょっと躊躇してから、あかねが答えてくれた。

「姪っ子、らしいわよ。歳の離れた妹の子供って聞いてる」
「姪………」

 全然似てないな……。三好羅々に陶子さんみたいな一本筋の通った強さがあれば……。


 あかねはこの話題を続けたくないらしく、パッと口調を変えた。

「ねえ、お母さんの件はどうなったのよ?」
「あー……それね……」

 先週の土曜日は、この騒ぎで、心療内科クリニックの予約をすっぽかしてしまったので、二週間ぶりに今日行ってきた。そこで、内心複雑になることを聞かされた。

「なんか……あの人も通いはじめたらしい。心療内科」
「ふーん?」

 あかねは実母と縁を切っている。おれとあかねを結びつけたのは、親との確執という共通点なのだ。あかねには、慶にも話すことのできない本音を話すことができる。

「正直さ……おれ、今でも両親には二度と会いたくないって気持ちに変わりないんだよね…」
「でも、会いにくるかもしれないって怯えて暮らすのも嫌よね」
「そうなんだよね……。それに、また慶の家族に迷惑かけたら困るし」

 慶には絶対に言えないけれど……おれは両親が死ぬまでは日本に帰らないつもりだった。冷たいといわれようと、受け入れられないものは受け入れられない。
 でも、そのおれのわがままに慶を付き合わせるわけにはいかない。慶が帰国したことを喜んでいる慶のご両親を再び悲しませるわけにもいかない。

 なんとか、落としどころを見つけて、日本でも平穏に暮らせるようにならなければ。慶のために。

「まあ……とりあえず、自分の精神状態を安定させることが先決ね。でも、それはずいぶんいいんでしょ?」
「うん。おかげさまで。……でも、せっかく上手くいってたのに、この騒ぎでさ……」

 生まれて初めて、こんなに安定した精神状態でいることができていたのに……
 自分のガードの甘さにうんざりしてしまう。
 あの日、三好羅々から、「カレー作ったから食べに来て」と誘われマンションを訪れ、「樹理もすぐ帰ってくるから先に食べよう」という言葉を鵜呑みにしてカレーをいただき……気がついたら、ソファーに寝ていて、慶と樹理亜に心配そうにのぞかれていて……。

 まさか、カレーに睡眠薬が入っていたなんて……そんな変な写真を撮られていたなんて……
 思い出せば思い出すほど、あの日の自分を殴って止めたくてしょうがない……。

 どーんと落ち込んでいるおれに、あかねが明るく言う。

「まあ大丈夫よ。塩でお清めして慶君だって気がすんでるってきっと。今晩頑張んなさいよ」
「………」

 慶が帰ってくるまであと少し……。
 慶の好物の一つであるビーフストロガノフも作った。お気に入りのケーキ屋のケーキも買った。あとはなんて切り出すかだ……。


***

 慶は普通に「ただいま」と帰ってきた。
 そして、普通にご飯を食べ終わって、食器を片付けている最中に、あっさりと言った。

「これ片付け終わったらジム行ってくる」
「……………あ、うん」

 やっぱりおれと一緒にいたくないんだ……いやいやいや、慶がスポーツジムにいくなんていつものことじゃないか。いつも通りに過ごしてるだけだ……頭の中でぐるぐると色々な思いが回ってクラクラしてくる。

「あと片づけるからいいよ? いってらっしゃい」
 内心のぐるぐるを押し殺して普通の顔をして言うと、慶は「おー悪いな。さんきゅー」と言って、出ていってしまった。

「…………大丈夫」
 平日は、ジムは11時までやっているけれど、土曜日は10時までだ。いつもよりも早く帰ってきてくれる……。

 さっさと片づけて、風呂にも入り、読みかけの本を読んで待っていたけれど……10時を過ぎても帰ってこない……。

(何かあったのかな………)

 電話しようかな………うるさいって思われるかな……。

 そう思いながら携帯をみていたら、メールの着信があった。慶だ。

『浜中さん達と飲みに行くことになったから先寝てて』

「…………」
 浜中さんというのは、ジムのトレーナーさん。おれたちと同年代だと思われる女性。『達』ということは、他の若い女の子達も一緒ということだろう。

「………そうですか」
 浜中さん達と飲みに行くこともたまにある。だから特別なことじゃない。ことじゃないけど……。

「…………」

 さすがに落ち込む……。
 おれの定休日は土曜と日曜。慶は火曜と日曜。だから唯一、二人とも翌日が休みである土曜の夜は貴重なのに……。

 普段の日は、翌日の仕事に響かないよう、あまり夜更かししないようにしてるため、この一週間、何もしなかったのは特別なことではなく、普段通りのことといえば普段通りのことなのだ。
 でも、あんなことがあったあとなので、ちょっとは何かあってほしかった。でも、一切触れてもこなかった慶……。だからせめて、あれから初めての土曜の夜である今晩は、おれのこと気にしてほしかったのに……。

(いや……違うな)

 気にしてるからこそ、おれに触れたくなくて、帰ってこないってことなんじゃないか……?

(どうすればいいんだろう……)

 でも、もう、どうしようもない。起こったことは取り消せない。
 慶がやっぱり許せないというのなら………もうどうしようもないじゃないか。

 慶はやっぱり、他の奴に触れられてしまったおれに、触れたくないんだろうな……。

(………寝よう)

 ほとんどふて寝状態でベッドに横になったけれど、全然眠れない。今頃浜中さん達とどんな話してるんだろう、とか悶々と思ってしまい、ますます眠れない……

(慶………会いたいよ)
 触れたい。抱きしめたい。声が聞きたい。

(帰ってきてくれなかったらどうしよう……)

 そんな不安を胸に抱えたまま、どれくらい時がたったのだろうか……

「!」

 鍵を開ける音がして、ハッとする。 
 慶! 帰ってきてくれた!

「ただいま……」

 小さな声。それから時計を外す音、携帯を置く音。手を洗う音、うがいをする音……。すべてが愛おしい。布団の中で、慶のたてる音に耳をそばだてる。それだけで幸福感に包まれる。慶がいてくれる……。
 しばらくして、シャワーの音がしてきた。そしてドライヤーの音。歯磨きの音……。

「………」
 それから、足音も立てずにベッドの脇に気配が移った。じっと見下ろされている気配……

「……浩介」

 小さく、つぶやくように、名前を呼ばれた。今さら起きているなんていえず、寝たふりを続ける。
 すると、慶はベッドを迂回して、反対側からそっと布団の中に入ってきた。

 いつも右におれ、左に慶が寝ている。なんでそうなったのかは覚えていないのだけれど、若い頃からの定位置なのだ。

「…………」
 このまま寝ちゃうのかな……。慶、いつも即寝なんだよな……。さりげなく慶の方を向いて、今起きたアピールすればいいのかな……

 そんなことを心の中で思っていたら……

「!」

 慶の手が腰に回ってきて、背中からぎゅうっと抱きつかれた。

(慶………触れてくれた)
 心臓がつかまれたように痛くなる。
 愛しさが溢れて、涙が出てくる……

「…………慶」
「あ……ごめん。起こしたか」

 背中におでこをくっつけたまま慶が言う。

「ううん。起きてた」
「なんだ。だったら返事………、浩介?」

 上から顔をのぞきこまれ、あわてて背けようとしたけど遅かった。

「お前………泣いてる? どうした?」
「…………」

 優しい慶の声、涙をぬぐってくれる白い指………

「なんでもないよ」

 なんとか平静を装った声で答えたが、慶はハッとしたように触れていた手を離し、なぜかおもむろにベッドの上で正座した。

「なんでもなくて泣くかよ」

 慶の真剣な顔。目を合わせられない……。

「だからなんでもないよ」
「本当のこと言えよ」

 逃げられない瞳。真っ直ぐにこちらを見下ろしてくる。

 そして、慶は言った。

「お前、やっぱりまだ痛いのか?」
「だから………………え?」

 え?

「え?」

 痛い?

「痛いって………?」
「だから、触るとまだ痛いんだろ?」
「え……?」

 ……なんの話?

 おれも起き上がって、慶の真似をして正座する。

「なんの話?」
「なんのって……」

 眉を寄せたまま慶が言う。

「だから、塩なんかでゴシゴシ体擦ったから、触られるとまだ痛いんだろ?」
「……………はい?」

 なんだそれ?

「おれ、大人げなかったよな……。あの日は頭に血がのぼってて、それで塩なんかで……」
「…………」
「ごめん」

 正座のまま、頭を下げてくる慶……

「あの……」

 声が乾く。

「それで慶、この一週間、おれに触れてこなかったの……?」
「だってお前、痛そうだったから。まだ痛いなんて、やっぱり病院に……」
「………慶」

 言葉の途中の慶の唇をふさぐ。驚いたように離れようとした慶の頭を抱え込む。一週間ぶりの唇……

「こう……」
「ん………」

 ゆっくりとベッドに押し倒し、その愛おしい頬を囲って、おでこを合わせる。

「お前……」
「全然痛くないよ? 確かに次の日まではちょっとヒリヒリしてたけど」
「じゃあなんで……」

 慶が遠慮がちにおれの頬に触れてくる。

「じゃあなんでここ最近、風呂から出てくるの早かったんだよ?」
「………え」
「それにジムにも行かなくなったし」
「それは……」

 お風呂から出てくるのが早かったのは、慶との時間を少しでも長く取りたかったから。
 ジムに行ってないのは、ジムで他人のように接するのがつらかったから。

「なんだ……そうだったんだ」
 正直に答えると、慶はホッとしたように息をはいた。

「おれはてっきり、水に浸かると痛いからなのかと……」
「…………」

 顔を見合わせ、苦笑してしまう。

「ダメだな。おれ達。何年付き合ってんだって話だな。思ってることちゃんと言わないとだな」
「うん……」
「ごめんな」

 触れるだけのキス。心が震える。

 慶……慶。大好きな慶。


「あ、そういえばな」

 ついばむようなキスの嵐をとめて、慶が思いついたように言った。

「スポーツジムのスタッフには、おれたちのことバレてたぞ」
「え」

 バレてた?

「住所一緒だしな」
「そっか……」

 一応気をつかって、慶は丁目番地は棒線でつなぎ、マンション名も書いてないって言ってたから、おれは〇丁目〇番ときっちり書き、マンション名も記入したんだけど……意味なかったか。

 慶はおれの指を軽く噛みながら話を続ける。

「でも最近、おれたちジムの中で他人のフリしてたし、この一週間お前が来ないから、喧嘩でもしたのかって心配してくれててな」
「え……」

「今日の帰りにそのことで浜中さんに呼び止められて……まあそれで立ち話もなんだから飲みに行ったんだよ」
「…………」

 なんだかなあ……わかってしまえばすべて納得のいく話で……
 悩んでたおれ、何だったんだろう……

「気にしないで一緒にくればいいっていってくれてたぞ? だから明日一緒にいかねえか?」
「………うん。行く」
「でもくれぐれも人前でイチャイチャベタベタはするなってさ」
「なにそれ」

 笑ってしまう。慶も笑いながら再びおれの腰に腕をまわした。

「だから今のうちにイチャイチャベタベタしようぜ?」
「……ん」

 一週間分を取り戻すような、長い長いキスのあと、慶の唇がおれの首筋に下りてきた。

「んんっ、慶……」

 痕がついてしまいそうなくらい強く吸われ、足の先まで電流が走る。

「お前はおれのものだからな……」

 ささやくようにいいながら、慶の唇は肩に胸に腰に下りてくる。
 優しく包まれながら、おれは幸福に浸る。

「慶……大好き」
「ん………」

 土曜の夜はゆっくりと更けていく……。


-------------


以上です。長くなってしまいました。……って、いつものことですね。
お読みくださりありがとうございました!
何でも話せることがいいってわけではありませんが、大切なことはちゃんと話しましょうって話でした。

まあ、そんなこといいながら、慶さん、本心は言ってません。
本当はララとのこと、まだまだムカついてます。最後のキスマークも、「お前はおれのものだからな」ってセリフもそこからきてます。
でも浩介には言いません。言ってもどうしようもない話だしね。

そんな感じで。次は慶視点ですかね。
次回もよろしければ、お願いいたします!

---

クリックしてくださった数人の方々、本当にありがとうございます!
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風のゆくえには~ あいじょうのかたち25(樹理亜視点)

2015年09月30日 09時44分25秒 | BL小説・風のゆくえには~ 愛情のかたち

 渋谷慶先生は、すごく綺麗な顔をしている。中性的で天使みたいな男の人だ。
 いつもは穏やかで優しいけど、怒るとこわい。ものすごくこわい。今日はそのことを再認識した。
 そして、恋人の桜井浩介先生のことをすごーく愛してるんだなあということも再認識した。

**

 毎週土曜日の午後一は、心療内科クリニックに行っている。
 いつも通り、クリニックの帰りに買い物をしてからマンションに戻ろうとした途中で、携帯に着信があったことに気がついた。

 確認して驚く。ものすごい着信数だ。相手は全部、慶先生。

「何……うわわっ」

 見てるそばから鳴りだしたので、驚いて取ると、

「目黒さん、いまどこにいる?」

 慶先生の切迫した声。

「マンションの入り口……え?」

 走ってくる音がして振り返ると、慶先生がすごい勢いでこちらに向かって走ってきていた。イケメンは何をやってもイケメンだ。かっこいいなあ……なんて呑気なことを思ったけれど、慶先生はそれどころじゃなかったらしい。怖い顔をしたまま、

「家入れて」
「えええ」

 力強く腕を掴まれ、引きづられるようにしてエレベーターに乗せられる。

「ど、どうしたの?」
「…………」

 あたしの質問には答えず、ギリギリと歯ぎしりをしている慶先生……。

 頭の中、ハテナだらけのまま、急いで鍵を開ける。

 慶先生は玄関を開けるとすぐに、ズカズカと中に入っていってしまった。猫のミミがビックリしたようにこちらに向かって走ってくる。

「ただいまミミー、慶先生……」

 言いかけたのと同時に、リビングからララの悲鳴が聞こえてきた。

「ララ?!」
 ビックリしてミミを抱き上げようとして気がつく。男物の靴が、もう一足……誰だろう。

 おそるおそるリビングをのぞき……

「????」

 ますます頭の中が?だらけになった。

 下着姿で突っ立っているララ。あいかわらずのガリガリが痛々しい。
 そして、ソファーで寝ている浩介先生……は、半裸状態。
 慶先生はそんな浩介先生の脈をとり、おでこに手を当てたりしている……。


「あのー……」
 
 これはどういう状況で……

「………なんなの、これは」
「!」

 あいかわらずの忍び足の陶子さんが、いつのまにあたしの後ろに立ってつぶやいたので、ビックリして振り返る。

 なんなのって、あたしが聞きたい。


「ララ、答えなさい。いったいどういうことなの」
「どういうことって……」

 ララが乾いた笑みを浮かべている。

「陶子さんが言ったんじゃないの。好きな人とエッチしなさいって。だからしてただけだよ」
「え?! ララ、浩介先生としたの?!」

 うそ! 浩介先生、浮気?!

 浩介先生、良く寝てる……こんだけまわりで話しても起きないってどんだけ図太いんだ。

「ララ、そんなウソは……」
「ウソじゃないもん」
「何を飲ませた?」
「!」

 慶先生が浩介先生の脱げていたシャツのボタンを閉め終わると、すっと立ち上がった。
 無表情にララを見下ろしている。イケメンの真顔……こわい。

 そして無表情のまま、何か薬の名前を羅列しはじめた。一つの名前の時にララが眉を寄せたのをみると、

「どのくらい飲ませた?」
「飲ませてないよっ」

 ギッと慶先生をにらむララ。

「浩介先生は疲れて寝てるだけ。だって、何回もしたんだもん!」

 げ。マジか。

 うわ~~とミミの頭をなでながら、これからはじまる修羅場に備えてそおっと退避する。

 ララが得意げに顎をあげて言葉を続けた。

「もう、浩介先生ったら激しくて~こんなに優しそうなのに、エッチの時になると……」
「どのくらいの量を飲ませたかって聞いてんだよ!」
「!」

 突然の慶先生の怒声に、私もララもビクッと跳ね上がってしまった。でも、ララは負けじと睨み返した。

「だから何も飲ませてないし。私が浩介先生とやったのが悔しくて認めたくないからってそんな……」
「んなホラ話、どうでもいい。質問に答えろ。量は? 何時に飲ませた?」
「だからっ」

 ララがヒステリックに叫ぶ。

「何も飲ませてないっただエッチしただけっそれだけ……っ」
「陶子さんっ」

 パチンっとララのほっぺが陶子さんに叩かれた。それからバスロープをバサッとかけられる。呆然としているララ……。

「ん………」
 このタイミングでようやく浩介先生が身じろぎをした。慶先生がはっとしたようにしゃがみ込み、浩介先生の頬に手をあて、覗き込む。

「浩介?」
「慶……」
 
 うっすらと瞳をあけた浩介先生。慶先生を認めるとふわっと笑い、両手を伸ばして慶先生を胸に引き寄せて……

「慶……大好き」

 つぶやくと、また、くかーと寝てしまった……。なんて幸せそうな寝顔……。

 こんな状況なのに、ホッコリしてしまう。ララはますます呆然としている。


 慶先生がそっと浩介先生の腕から抜け出てきて、ララを睨みつけた。

「1時くらいってとこか?」
「……だから、薬なんて飲ませてないっ。激しくしすぎて寝てるだけで……」
「激しく? 激しく何をしたんだ?」

 慶先生の体から怒りのオーラが立ち上っているのが見える……

「そんなの決まってるじゃない。セック……」
「こいつ勃った?」
「え?」

 ララもあたしも耳を疑った。何を言い出すの先生。

「何を……」
「勃たなかっただろ? 勃つわけねーよな」
「そんなこと……っ」

 ララがカッとなったように言い返す。

「どういう意味? 私が相手だとできないとでもいいたいわけ?」
「それもあるけど」

 慶先生、無表情のまま、とんでもないこと言いきった。

「こいつ、昨日倒れるまでやって、今朝も無理矢理抜いたから、まだ勃つわけねーんだよ。10代20代のころならまだしも、今はもう、んな元気ねーよ」
「……………」

 …………。
 先生たち、一体どういう性生活送ってるんですか……

「で、1時ごろか? 量は?1錠?」
「…………ララ」

 うつむいてしまったララを、陶子さんが促すと、

「そうだよ!」
 ララは叫んで自分の部屋に駆け込んでいってしまった……。

 シーンとした中で、ミミがようやく「みゃー」と鳴いた。空気を読める猫・ミミ。今まで鳴くのを我慢していたらしい。


「……ごめんなさいね」

 陶子さんが青ざめた顔で慶先生に頭をさげている。

「……あの、2つお願いがあります」

 慶先生、真面目な顔で陶子さんを振り返った。

「まず、こいつのこと、もうしばらくこのまま寝かせてもらいたいのと……」
「それはもちろん」
「あと、たぶん、彼女の携帯でも写真を撮られてると思うんです。データを削除してもらえますか」
「………なんてこと」

 陶子さんが力が抜けたようにその場にしゃがみこんだ。

「どうすればあの子………」
「陶子さん……?」

 今まで見たことのない弱々しい陶子さんの姿……。 一体全体、陶子さんとララってどんな関係なんだろう?


 その後、陶子さんは店の準備に行ってしまった。いつもはあたしも行くんだけれど、ララを見張っておいてほしいと頼まれたので、浩介先生が起きるまでは慶先生とお茶することになった。ちょっとラッキー。

「目黒さん、お願いがあるんだけど」
「なになに?」

 慶先生の憂いを帯びた目にキュンキュンなる。
 ワクワクしながら、そのお願いとやらを待っていたら、浩介先生の携帯電話を差し出された。

「写真のデータ確認してもらえるかな? もし写ってたら……」
「オッケー消す消す」

 データを呼び出してみたら、10枚ほどララが自撮りしたと思われる写真があった。裸の浩介先生がララにのしかかっている写真なんて、よく見れば不自然なんだけど、パッと見はドキッとしてしまう。浩介先生の腕枕にいるララの写真は、事後に見えなくもない。うーん。とても浩介先生にも慶先生にも見せられない……。

「削除、削除、削除……はい、終了。……と?」

 削除し終わって、浩介先生が撮ったらしい最新の写真が出てきたんだけど……

「うわーかわいい!」

 あまりの可愛さに悲鳴をあげてしまった。
 そこに写っていたのは、慶先生の寝顔。浩介先生の左手をギュッと握り占めて、口元に抱え込んでいる、無防備な寝顔。かわいすぎる!

「え? なに? ……げっ」
 覗き込んだ慶先生が、げっと声をあげる。

「なんだこれ。いつ撮ったんだよ……」
「んー、今朝の3時25分だって」
「………」

 頭を抱え込んだ慶先生。
 いいのかな、と思いながら、見ていって………笑ってしまった。

「なんか、すっごいいっぱいあるよ。慶先生の寝顔の写真」
「………あほだな」

 慶先生、顔、真っ赤。

「先生、愛されてるねえ」
「………」

 慶先生、頭をかきながら、寝ている浩介先生をちらっと見た。その視線の柔らかくて愛おしそうなこと!

「愛してるんだねえ……」

 かなわないなあ、と思う。
 早く私も、2人みたいに愛しあえる人と出会いたいなあ……


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以上です。
お読みくださりありがとうございました!
浩介さん、隙ありすぎです。でも引きこもりの女の子に、カレー作ったの。どうしても食べにきて。樹理もいるから。って言われたら、行かないわけにはいかないでしょー。

そんな感じで。次は浩介視点。
次回もよろしければ、よろしくお願いいたします!

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とうじうじ思っていたので、クリックしてくださった方の優しさが余計に心に沁みました。
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